2017年11月13日

アリとキリギリス

PTA某委員会の会合があるたび思うことがあります。
それは "早めに立候補して良かった"ということ。

というのも、委員会は2学年ごとに分かれて集まり意見を調整したのち全体審議へ、というパターンが多いのだが、我々1、2年生委員は自ら立候補したメンバーばかり。
低学年で立候補ということは、"後々大変な目に遭わぬよう早めにやるのが吉"と腹を括った人々であり、「アリとキリギリス」で言うならアリさん的人々。
中にはキリギリス的教訓を上の子で学んだというメンバーもいる。
なので皆さん協力的で、何をやるにもスムーズなのだ。

たとえば行事への参画で、"各グループ○個ずつ提案を"という時などは、最少動員・最少拘束時間とすべく活発に意見交換がなされるあたり、いちいちゴネまくる人がいた保育園PTAとは大違い
あの夏祭りの悪夢のように楽な役の奪い合いなんてものもない。
そんなオトナな人が多いのは、率先して立候補した人ばかりが揃ったからじゃないかと。

もちろん運もあるし、小学生の親ともなれば平均年齢が上がっているというのもあるでしょう。
しかし小学校PTAのお役目は、トラちゃんの園みたいに1人1回の就任義務があるわけではないので、同じ立候補と言っても中身が違う。
それは、6年間での委員就任率が3割程度という微妙なリスクでもヘッジしようというアリさん達ならではのことだと思うのです。

その証拠に、学年が上がれば上がるほど各委員への立候補者は減り、やむを得ずくじ引きでの人選となるらしく、高学年委員の中には一度も会合に現れないとか、「上の子でも逃げ切ってきたので全然わかりませーん」みたいなキリギリス達が続出なんだそうで・・
私はそれを聞いただけでもさっさとやんなきゃって思いましたが。

しかしそういったアリさん達に下支え?され、ずっと逃げ切ってきたことを武勇伝にしているベテランママさんが多いのも事実。
彼女らに物好きと言われようが器用貧乏と蔑まれようが、私にアリ以外の生き方は出来そうにもないのでした。



■PTAワールドを描いた小説「七人の敵がいる」のその後。
続編が出ていたとは知りませんでした!



2017年11月07日

初仲人!?

過去記事でも触れましたが、私のライフプラン(というほどでもないが)の一つに、"お見合いおばさんをやりたい"という密かな願望があります。
もちろんその道のプロになりたいとかではなく、一度でいいからご縁を取り持ってみたいというか。

思えば、母に無理やりお見合いをさせられていた頃はお見合いおばさん(つまり仲人さん)が大嫌いで、"縁談をお世話するのは名誉なこと。リタイア後は仲人をやりたい"と語る友人のお母さんの言葉がまったく理解できませんでした。
しかし不覚にも40歳直前で自ら結婚相談所の門を叩きイバラの婚活道を歩む羽目となり、仲人さんらの尽力もありようやく成婚に漕ぎ付いた結果、「私もいつか彼女らのように・・」と憧れを抱くように。
その後時々「このブログを読んで婚活を始め、結婚が決まりました!」という嬉しい報告をいただくようになり、何か使命めいたものを感じ始めたという・・。
もっとも女性は歳を取るとお節介になり、誰かに縁談話の一つも持ち掛けたくなる生き物のようで、単に老婆心が出てきただけかもしれません

ともあれ理想にはほど遠いながらも伴侶を得、超高齢出産の結果ママ友ワールドに七転八倒し、それでも一人でも多くの人に結婚を勧めたいのは、"何でも経験した者の勝ち"だと思うから。
・・なんて書くと「人生勝ち負けじゃありません!」と言われそうですがこんな私でも辛い破局や婚活を経験したおかげで日々小さな幸せを発見できることを思うと、「自分以外の誰かのためにエネルギー使うのもそう悪くないよ」と伝えたくなるのでした。


そして実は今、縁談を一つ抱えています。
縁談というと大げさですが、ようは前職場の後輩に現職場の同僚男性を紹介したというわけ。
あまり詳しく書けませんが、女性は大卒キレイ系37歳、男性は高卒ガテン系32歳。

いきなりハードル高っ てかんじでしょうか。

いや実際、わが職場に彼女募集中の20〜40代男子は両手じゃぜんぜん足りないくらいいるのです。
何しろシフト勤務のガテン職場なので。
そして私が白羽の矢を立てたのは、38歳の松潤でも40歳のキムタクでもなく32歳の彼だった。
何となく、彼女と彼はフィーリングが合いそうだと思ったのです。
もう一つの理由は、女性が真剣交際を希望しているのに対し、32歳の彼が同じく真剣交際希望で非常に真面目な男であること。
それを裏付けるように、彼は「5歳も年上の高学歴女性はさすがに厳しいかな・・」という私の懸念をものともせず「ぜひお会いしたいです!」と大乗り気。
さっそく食事デートを取りつけたそうで、まずは第一関門突破といったところです。(両者とも仲人的な橋渡しや立会は不要とのことで、私は携帯番号とラインの交換だけ仲介しました)

このご縁、果たしてどうなりますやら。
オバサンの心はもはや、"月下氷人"(つまり媒酌人)として披露宴名簿に名を連ねる妄想へと飛んでいます〜


さて、取りとめのない記事が続いていますが、愚痴ネタがないわけではなく。
昨年の経験から、2学期は運動会さえ乗り切れば平和が訪れるものと思いきや、今年はモヤっとなる出来事がまだまだ継続中です。
主な原因はというと、やっぱり毒ママ親子。
その時の感情を都度スマホにメモってはいるものの、ドラマチックであればあるほど身バレのリスクに縛られるというジレンマ。
さらには更年期特有の気力低下も手伝って、どうも記事をUPするまでに至らないのです。(結局お流れになったネタも数知れず
これについてはブログスタイルの更なる見直しを模索しつつ、折を見てぼちぼち吐出したいと思っています。

ちなみに"子の年齢が上がるにつれ母親同士の関わりは薄れる"という公式にわが家が当てはまらないのは、近所に同級生女子がやたら多いことと学童通いをしているという、のっぴきならない接点のせい。
特に私は"人より10倍気付き"、"人より10倍得る情報が多い"というHSP気質で、良くも悪くも接点が増えた分だけ感受性もフル稼働というわけです。
私みたいな者は、心の安定・自分保護の観点からストレス要因となる接触を避けるのも一つの手なんだそうで、ご近所との断絶は無理でも、学童以外にトラちゃんの居場所(と言っても結局習い事ですが)を作るのもありかな・・などと思うこのごろです。

「習い事ばかりでかわいそう」というのはもはや昔の考えで、今や習い事は子供の大切な居場所の一つ。
"現代の子供や若者は居場所が多いほどリア充"という統計も発表されているようです。

特集 若者にとっての人とのつながり(内閣府)






鈍感な世界に生きる 敏感な人たち
イルセ・サン
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2016-10-22



2017年10月27日

子供の貧困

今回は少々まじめな話です。

いつも当ブログのアフィリエイト経由でショッピングをしてくださる方、まことにありがとうございます
当初お気に入りの本や商品の紹介ついでに、ブログ利用料がペイできればとの思いで貼り始めたアフィリエイト。
実際に収益も月に0円だったり数百円だったりと、利用料とほぼ同等(or赤字)で推移してきました。(なぜに有料版かというと、古い読者の方はご存知かと思いますが当ブログが一時炎上しかけたことがあり、有料版の機能の一つであるアクセス解析を利用したかったから。しかし一般的に有料版は、グーグルアドセンスを貼りたい人が利用するサービスだったようです。そんなことも知らず使っていました

ところが2年ほど前にライブドアブログが完全無料化。
そこで現在は、アフィリエイト収益にささやかな気持ちをプラスした額をこちらに寄付させてもらっています。

NPO法人 キッズドア 日本における子供の貧困 サポーター

寄付を思い立ったのは、国内の子供の貧困に関する特集番組を見たのがきっかけ。
番組では、シングルマザー家庭の不登校の中学生がクローズアップされていました。
うろ覚えですがその内容はというと、

日本における子供の貧困率は、今や6人に1人とも7人に1人とも言われる。
特にシングルマザー家庭の貧困は深刻で、母親の貧困と多忙からまともな食事を与えられず、主な栄養源は給食のみという子も増えている。
そしてそういった家庭の子供は、周囲との生活格差に気づく年頃になるといじめを受けたり不登校に陥ったりするケースが多い。
たとえば、
学校や部活帰りにコンビニやファーストフード店で皆が買い食いをする時、貧困家庭の子は友達が飲み食いするのをただ見ているだけ。
ゲームやスマホはもちろん持っていない。
友達とつるむのは楽しいけれど、一緒に行動しようと思うとみじめな思いをする場面は避けられない。
あるいは部活にかかる費用が捻出できないため、部活そのものに参加できない子もいる。
児童扶養手当や学費の免除はあっても、政府は部活費や交際費まで支援してくれるわけではないのだ。
そして中学生というと、人間関係も勉強内容も一気に高度になり、家庭に問題が無くとも色々あるお年ごろ。
友達いない、つながれない、学校楽しくない、勉強わからない、勉強したってどうせ進学できない・・そうして次第に彼らは不登校になっていく。
貧困から抜け出すには高等教育を受け定職に就くことだが、貧困家庭の子供が不登校になるとリカバリーがきかず、その連鎖からなかなか抜け出せない。
昨今の頑張っても報われない・弱者排除という社会構造の問題もあり、貧困の子供達には地道な支援が求められている。
・・という趣旨だったかと。

同じ日本人に生まれながら、やれ習い事だ中学受験だと騒ぐ一般家庭とは対局にある彼ら。
そんな彼らにわずかでも手を差し伸べたい衝動に駆られるのは、人の親となったせいでしょうか。


学校どころか今日食べる物も無い子供達が世界に大勢いるのは知っています。
日本にも食うや食わずの時代がありました。
しかしそういった絶対貧困(右を見ても左を見ても皆貧困であるということ)よりも、現代日本の相対貧困(自分だけ買い食いできない、部活ができない)のほうが気になってしまうのは、彼らがより身近な存在であることと、自分の過去とちょっと似ているせいかもしれません。

もっとも私のケースはまだまだ貧しい家庭の多かった昭和40年代、しかも実母が過度の吝嗇家だったせい。
わが家は貧困層ではなかったと思うけど、それでも母親に大切にされていない感覚を刷り込まれるには十分だった気がします。(過去記事
私でさえそんななので、貧困家庭の子供が「どうせ自分なんて」と希望を失いがちなのはよくわかる。
近年は各地で食事の無償提供や家庭教師ボランティアなど草の根支援は広がってきてはいるものの、そういった経済支援よりも、やる気を失った子供の心の支援が最も難しいと番組は伝えていました。

ところで、子供の貧困で思い出すのが小学校時代の同級生。
貧困とおぼしき祖母と2人暮らしだった彼女は、私が知る限り私服というものを持っておらず、土日も一張羅の体操服で街をふらつき、当然くさい・汚いという理由でいじめられていました。
今思えば、友達いない、習い事も行かない、勉強もしないで時間を持て余していたのだと思います。(本人が何も言わないのをいいことに、教師らはいじめを見て見ぬフリ。)

彼女と同じクラスだった時の宿泊学習のことは、今でもよく覚えています。
リュックサックを持たない彼女は、使い古しの紙バッグ(和菓子店でもらえるようなやつ)で来たのです。
彼女がおやつや着替えを持ってきたかどうかまでは記憶にありません。
そして野山散策の途中でポツポツと雨が降り出した。
当然、元よりボロの紙バッグは破れ、使い物にならなくなった。
助けようにも当時はスーパーのレジ袋なんてものはない時代で、代わりになるものがない。
破れた紙バッグを胸で抱えて「大丈夫大丈夫」と強がりを言う彼女の顔と、お嬢様大学を出たばかりの新米担任がただオロオロしていた姿は今でも忘れられません・・・

その彼女は卒業前にふいにいなくなり、伝え聞いた話では遠縁だか施設だかに引き取られていったとか。
しかし後になじめずに、地元に戻ってきたという風の噂も聞いたような。
彼女は今、日本のどこかで幸せに暮らしているでしょうか・・。

キッズドア渡辺代表のブログ


さて貧困で思い出すのが、「喝!」でおなじみ、元プロ野球選手の張本勲氏。
貧困家庭に育ち広島で被爆した彼は、民族差別を受けながらも母親に楽をさせたい一心で右手の障害を隠しプロ野球選手になったそう。
彼の人生ストーリーは涙なしには読めません。
野球をやっていなければヤクザになっていたろうと彼は語っています。


もうひとり、貧困からの成功者といえばロック界のスーパースター矢沢栄吉氏。
先の同級生と同じで、生活保護を受給している祖母に育てられた彼は給食費と教科書代が免除だったそう。
給食費免除の子は給食係の裏を通ってこっそり牛乳とパンを貰う列に並ばねばならず、その物乞いみたいな扱われようは何よりの屈辱だったと言います。
その屈辱はやがて大金持ちになってやるというモチベーションとなったわけですが、彼もまた一歩間違えばチンピラだったと語ります。



キッズドアはお金でなく、物品で支援することもできるようです。(但し寄付金控除対象団体ではありません)


レイキのセラピストいわく、"陰徳で運気アップ"するとのこと。


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2017年10月23日

はいからさんが通る

「はいからさんが通る」をご存知でしょうか。
私のマンガ人生のファーストコンタクトでありバイブルです。
たしか連載当時は「キャンディ・キャンディ」と人気を二分する大人気マンガで、アニメ化や実写化、舞台化もされました。

弁士調で語られるこのマンガは少女漫画というよりは劇画?風。
当時トラちゃんくらいの年齢だった私は、大人も知らないような難しい日本語やブラックユーモアの数々をこのマンガから教わりました。



はいからさんと同じくらい好きだったのが、「アラミス'78」
’78というくらいなので、今から40年近く前の作品です。
「はいからさん」が少女フレンド掲載だったのに対し、こちらは少女フレンドのお姉さん雑誌、別冊少女フレンド掲載で、小学生が読むにはややオトナな内容。
かなり背伸びして読んでました。
しかし万人受けしなかったのか、長期連載はされませんでした。



そしてアラミスと甲乙つけがたいのがこちら、「紀元2600年のプレイボール」
(紀元って何〜!?と親に聞いた記憶があります)
「はいからさん」同様、ナンセンスなギャグあり、シリアスあり。
高校野球ファンにはたまりません。(作品の舞台は中等野球ですが)




昔の本や漫画は独身時代にほとんどヤフオクで売ってしまった私ですが、この3作品だけは手離せず、本棚に残してあります。

ところで最近、ネットサーフィンをしていて偶然知ったのですが。
これらの作者大和和紀さんは42歳で結婚、2度の流産を経て妊活後45歳で出産された高齢出産ママさんなのだそう。
これには驚きました。

というのも、出産されたのはもう25年も前のこと。
当時は今のような高度不妊治療はなかったと思うので、45歳初産は本当にすごいことだと思います。(元中日ドラゴンズ落合夫人が"42歳命がけ初産"でマスコミを騒がせたのが30年前なので。)

大好きだった漫画家が自分と同じ晩婚晩産と知りすっかり嬉しくなった私は、今また「はいからさん」を1巻から読み返しているところです。

・・にしてもトラちゃんももう2年生。
最近は「ちゃお」などを読むようになったので、あの大量のマンガ、売らなきゃよかったと今さら後悔です



娘さんの子育てエッセイ「はいからちゃんがやってきた」
2歳から預けた都心の保育園はバリキャリ高齢出産ママさんばかりで、5歳児クラスのママさんは何と全員40代だったそう!
今ならわかりますが20年以上前の話なのでびっくりです。

こちらは残念ながら絶版のようで、中古本を入手するしかないようです。


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2017年10月13日

場違い

ご近所づきあいの最大行事、区民運動会がありました。
いつも似たような顔ぶれのこの運動会、なんだかんだ言ってわが家が毎年参加しているのは単に出てと頼まれたら断れない性格だから。
と言っても私達夫婦に声がかかるのは"風船割り"とか"大玉運び"とか、頭数さえ揃えばいいお気楽競技。
よって顔を出したところで株が上がるわけでも顔なじみが増えるわけでもなく、結局"無理して出なくても良かったんじゃ・・?"となるのがお決まりのパターンなのです

なんてったって、区民運動会はマッチョファミリーの晴れ舞台。
テントの中心を陣取るのは、アスリートばりに全身キメキメのマッチョファミリーとその仲間達。
その中にはもちろんお世辞ママ一家も含まれている。
かたやマッチョとほど遠いわが家は、居心地の悪さを感じつつもテントの隅で静かに出番を待つばかり。
しょせんマッチョファミリーらを引き立てるサクラでしかない。

閉会式後の懇親会だって、居心地がいいものではない。
メインテーブルで町内会長はじめ地元名士を囲んで盛り上がるのはやっぱりマッチョファミリー。
それ以外のテーブルも、子育て世代はほぼ仲良し同士で固まってしまう。
わが家はというと会話のできるご近所さんと相席できればマシなほうで、頼みの綱のトラちゃんは子供席に行ったきり親の所に来やしないから、最悪夫婦でサシ飲みの羽目となる。
もっともメインテーブルに混ざれと言われたところで無理なので、わが家はサクラがお似合いではあるが・・。

そして今回、今さらではあるがその居心地の悪さの理由がやっとわかった。
これまでは年季が浅いせいとばかり思っていたけどそうじゃない。

はっきり言ってわが家は"場違い"なのだ。

たとえばスポーツを通じて得た自信や社交性、あるいは地縁血縁、子供繋がりetc。
そういったものをひっくるめて"ムラ社会適応能力"みたいなものだとして、わが家はそのどれもが欠けている。
中にはこれと言った繋がりの無さげな県外転入組もチラホラいるが、彼らは存在感があるのでよく目立つ。
もちろん彼らなりに馴染む努力をしているのかもしれないが。

というか、そもそもそういう能力に長けた人が集まる場なのに、中途半端なこころざしで修行のように参加するから妙に浮いてしまうのだ。
その証拠に我が家みたいに影が薄く、薄いままの存在でいたい人はたとえ地元民であっても来ないし、ひとたび顔出しすると後々面倒なので敢えて顔出ししないと言うマッチョファミリーも少なくない。
もとより来る人より来ない人のほうがだんぜん多いイベントなのだ。

がしかし。
影の薄い家族でも子供が2人3人といれば自然認識されていくけど、わが家はそうはいかない。
我が家と地域とのつながりは結局、一粒種のトラちゃんだのみ。
年老いてからいきなり社交的になれるはずもないから、せめてトラちゃんが小学生のうちは顔出ししないと老後の居場所がなくなってしまうんじゃ・・?
などと案じては、来年もこの場に居るであろう痛い自分を想像するのでした。


ところでかつての職場で、同じ新興分譲地に仲間同志で家を建てるというのが流行った?ことがありました。
まだ独身を謳歌していた私は彼らを冷ややかな目で見ていたけれど、今ならあれは賢明な選択であり羨ましいとさえ思えます。
プライベートで気まずくなれば仕事に支障を来しかねないリスクはあるものの、うまくやればこれほど心強いことはない。
私だって、トラちゃん繋がりのママさん達と上手に付き合っていく自信はいまだに無いけど、同僚の奥様方となら何とかなりそうな気がする。
それでなくともマイルドヤンキー率の高いお土地柄。
何かと面倒な町内会や子供会行事、さらには学校行事にも気ごころの知れた同僚ファミリーがいれば、たとえ影の薄い高齢一人っ子母でも幾分か気が楽だったろう。

そんな選択肢も、同世代の同僚らと足並み揃えて結婚すればあったかもしれないと思うと、これもまた晩婚の仇だな、と思うのでした。

2017年10月07日

女は愛嬌

トラちゃんの同級生女子を見ていると、そろそろ思春期?といった感じのおませタイプもいれば、まだまだ無邪気な園児タイプもいて、同じ2年生でもずいぶん違うものだと感じます。
もちろん生来の気質もあるし、早い子は3年生で初潮という話も聞くので、バラつきがあって当然なのですが。

そしてトラちゃんは言うまでもなく園児タイプ。
トラちゃんは精神年齢も身長も低いので、分不相応?にかわいがられて役得だな、と思うことがよくあります。
たとえば先のスポーツ教室では、ギャラリーの見知らぬママ達が「かわいい、かわいい」を連発。
体格としぐさ(落ち着きの無さ?)から、1年生と勘違いされたものと思われます。
また私とは目を合わせようともしないのにトラちゃんには話しかける、なんてママさんもたまにいる。
これはひとえにトラちゃんの人望で、もしトラちゃんが私の子供時代みたいに辛気臭い子だったら私の立場はもっと悪かったと思うので、我が子には随分助けられていると思います。

もっとも、無愛想な子より愛想のいい子のほうがかわいげがあるのはみな同じ。
私だってそう。
いつだったか、話の流れで「おかあさんはトラのお友達の中で誰が好き〜?」とトラちゃんに聞かれたが、とっさに思い浮かんだのは愛嬌のある園児タイプばかり。
何番目かにYちゃんが思い浮かんだものの、いかにもひねてるHちゃんやFちゃんはかすりもしなかった。
同じように、トラちゃんはとっつきにくい高齢母の子というハンデを差し引いても、ママさん受けは結構良いんじゃないかという妙な自信がある。

いっぽう、最近気になるのがトラちゃんの学童友達Uちゃん。
Uちゃんは顔立ちが綺麗なのにちょっとへそ曲りなところがあって、「その服かわいいね」とか「お絵かき上手だねー」とか話しかけても、素直に笑顔を見せてくれた試しがない。
ほとんどの場合、ムスッとして「別に〜だし。」とか「どうせ〜だから。」とか。
2年生らしからぬネガティブモードな口答え(へりくつ?)を言うのだ。
それは母親の普段の口調がそうなのか、あるいはもうプレ思春期なのか・・?
とにかくいつもそんな風なのであまりかわいいと思えず、話しかけるのをためらってしまう。
そしてつくづく思うのだ。

何を置いても、 ”女は愛嬌” に尽きるなと。

そのUちゃんはパパもママも多忙なようで、学童のお迎えはいつもおばあちゃん。
上に高学年のお姉ちゃんと下に小さな弟がいる。
勝手な憶測だが、Uちゃんのへそ曲りは真ん中っ子特有の愛情不足のサインのようにも見える。
このままだとUちゃんは、やがて女友達に煙たがられてしまうんじゃないか。
いや私が心配することじゃないんだけど、どうも私の子供時代と似てるような・・・。
(とはいえ私は根っから小心者ゆえ友達のママに口答えなどできなかったが)

わが身を振り返ると、私に対して無関心か全否定しかなかった母の態度がこの生きづらさの原因だと感じるので、その連鎖を断ち切る意味ではトラちゃんにきょうだいがいなくて結果オーライだと思っている。
私も母の子ゆえ、これ以上忙しかったらとても笑顔ではいられなかったと思うから。
2人目待ちの頃は、どんなに雑に育てたとしても子供の数が多いほうが幸せと信じていた私だが、今は子供にとってはそうとは限らず、母親の力量によりけりだと思う。

そんなわけで、トラちゃんには「女は愛嬌が一番だよ!」と教えつつまずは自分から、と思うのでした。



ところで、Uちゃんのママには一度だけ会ったことがある。(もう顔も忘れたが)
あれは去年の夏だったか、近くの公園に遊びに来ていたUちゃんが友達と一緒にわが家になだれ込んできたことがあり、そこへUちゃんママが迎えにきたのだ。
その時のことは忘れもしない。

外からUちゃんを呼ぶ声が聞こえたので玄関に出て行くと、ポーチの少し手前に若くて綺麗なママさんが立っていた。
Uちゃんのママだということはすぐにわかった。
しかし彼女、挨拶はもちろん会釈もしない。(まじで)
少し離れたところからただひたすら「U! U!! 帰るよ〜!」と叫ぶだけ。
こちらは「こんにちは〜」と言ったので、私が目に入らなかったとは思えないんだが・・。

面識がない人とはたとえ家の敷地内であっても挨拶不要というマイルールなのか?
それとも、私が家政婦にでも見えただろうか?
あるいはわが家を児童館か何かと勘違いしてるとか

冗談ではなく、そう思わずにいられないほどの衝撃だった。
子供をわが家へよこしても後で何のフォローもないママさんはザラにいるけど、サシで鉢合わせて無視とは・・
私自身まだ毒ママらの免疫がついていなかった頃のことで、しばらくひきずった記憶がある。

ちなみに私は、たとえなりゆきでもトラちゃんがよその家に上がったと知れば、行事の時にそのママさんを必死に探し出してお礼を言うタイプ。
知らないフリなんて気持ち悪くて出来やしない。
そうやってペコペコしてばかりだと下に見られがちだけど、常識的なママさんにダメ親認定されるほうがよほどリスキーだと思うので。

あのシーンを思い出すと、Uちゃんのへそ曲りは愛情不足うんぬんよりも単にあのママのコピーなんじゃないの!?と思いたくなるのでした。

2017年10月02日

大台突入

授業参観と運動会が終わり、またひとつ歳を取りました。
誕生日は今や雀の涙と化した生理中に迎え、果たしてこれを閉経年齢1歳更新としていいものか・・??
特に気が若いつもりはないけれど、ほんの10年前は婚活中だったことを思うと何ともフクザツ。
そして同じ10年後は還暦かと思うと、晩婚の仇がじわじわと身に染み入ります。

さて夏休み明けイベント第一弾は授業参観。
こちらは夏休みの作品展も兼ねており、市展に選ばれた作品以外は保護者が持ち帰るというしくみ。
今回はちょっと頑張ったよねと思っていたトラちゃんの作品は、ズラリと並ぶ大作に埋もれれば平々凡々。
金銀はもちろん赤い札も貼られないのは上には上がいるからに他ならず、「入賞してる子って、幼稚園出身の子か親が教師の子ばっかだよね?」と囁き合うママ達の遠吠えについ頷く私。
しかし入賞しようものなら彼女らの口撃(?)で撃沈必至だったと思い直し、この作品展って運動会の時にフリー参観とかじゃだめなんだろか?と本気で考えてしまうのでした。

そして昨年は勝手がわからず右往左往していた運動会。
今年こそは落ち着いて観ることができるだろうという予測は外れ、やっぱり心中おだやかではいられませんでした。

それでなくとも親子が集まる場では、わが子よりも外野ばかりが気になる私。
夫は撮影エリアに行きっぱなし、祖父母はトラちゃんの出番にチラリと顔を出すのみという状況下、親密なママ友も子守をする幼児もいない私は、そこかしこに群れをなすママ達の井戸端会議を延々眺める羽目に

その井戸端会議は要務連絡などではけしてなく、群れて安心感を得たいという自慰行為に過ぎないことはわかってる。
がそこはギャラリーの多い運動会。
いつにも増して声高らかにおしゃべりするそのさまは明らかに周囲の目を意識したものであり、言うなれば無言のマウンティング。
やっとプチ鬱から脱却できたのにこの光景でまたもや落ち込みそうになるも、群れないママも僅かながらにいたのが不幸中の幸いでした。

その中の一人は、園時代から密かに憧れている素敵ママさん。
と言っても彼女が群れないのは私みたいに人づき合いが苦手だからではなく、誰とも等しく距離を置く孤高の人だから。
下手にすり寄ってウザがられたくはないので、すれ違いざまに軽く挨拶するのみだったけど、彼女の凛とした姿には救われる思いでした。(この素敵ママさんについてはまたいつか記事にします)



ちなみに今回トラちゃんは色別リレーの選手には選ばれず、興味走1位、100m走3位の成績。
両親のDNAからすると快挙!と言いたいところですが、実はどちらもくじ運が良かっただけのこと。(今年も出走グループ決めはくじ引きだったらしい)
なのに本人は足が速くなったと思い込んでいるあたり、かわいいというかおめでたいというか
もっとも、色別リレーに我が子が出ないとどこか味気ない運動会なのも事実で、まぐれでもう一度くらい選手に選ばれないものかと思ってしまう母なのでした。



■かけっこが速くなる・姿勢が良くなる・O脚防止という魔法の足パッド。
とても気になります・・・
つけるだけで姿勢もよくなり、足も速くなる 魔法の育足パッド 大山式ジュニア for kids つけるだけで姿勢もよくなり、足も速くなる! 大山式 (主婦の友生活シリーズ) [ 大山良徳 ]
つけるだけで姿勢もよくなり、足も速くなる 魔法の育足パッド 大山式ジュニア for kids つけるだけで姿勢もよくなり、足も速くなる! 大山式 (主婦の友生活シリーズ) [ 大山良徳 ]

■更年期なんて本当に怖くなさそうな、いつも若々しい横森さんの近著。


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