2013年03月

2013年03月26日

七人の敵がいる

更新が遅くなりました。
このところ元々不調だったところへ個人的な試練が続き、冴えない日々を過ごしていました。
これほど継続的な不調は始めてのことで、一時は記事のネタを書き留める気力もなかった
ため、今回はネガティブ感満載の乱文となってしまうことを先にお詫びしておきます。
(現在は不調のピークを過ぎ今後の打開策を試行錯誤しているところですので、今しばらく
様子を見守っていただけたら幸いです。)

以下、治療レポートと近況です。

(移植後黄体補充)
年明けからの冬季うつ傾向はあまり改善していない。
聞けば、E子もそしてレイキつながりのE子の友人も同様に沈んでいるのだという。
私もその友人もE子という親株の影響下にあるせいだろうか?
しかし最近は、無理やりではあるが事あるごとに「ありがとうございました」と唱えるように
したところ、自然と感謝の念がわき起こるようになってきた。
世間にはこれを「ありがとう教」と批判する人もいるらしく、私自身それを実行するなんて
つくづく追い詰められていると思うが、実際「ありがとう」を意識することで生きるのが楽に
なったという話はよく聞く。
「追い詰められた時にこそ真我が開ける」というのは真実かもしれない。

胚移植後、時々下腹部がシクシクするためなるべく温かくして安静に・・と思うが、こんな
時に限ってトラちゃんは朝晩おんぶや抱っこをねだり、「トラちゃんくつしたはいてないん
だから、おたーしゃんもはいたらだめーっ!」などと反抗期パワー全開で理不尽な要求を
してくる。
普段トラちゃんに大甘の夫は珍しく「トラちゃん、お母さんはお腹が痛いんだよ。そんなこと
言っちゃダメだよ!」と叱ってくれた。
夫も今回でラストチャンスかもという思いがあるのだろう。(でも結局靴下は脱がされおんぶ
をするのも私。)

移植後4日目、D20で黄体補充のプロゲデポー注射のため通院。
看護師さんに「大事にしてね」と言われたが、そろそろ着床期と考えその晩は夫と仲良し。
出来ることはやりつつも「結果は天に委ねるのみ」だとしみじみ思う。

(移植後5日目)
保育園のPTA総会があった。
今思えばこれがこの先約1ヶ月に渡る試練の始まりだった。
年長組で会長になるリスクを避けたいというのは皆同じで、次期年少組(つまりトラちゃん
の組)は役員定数に対し約2倍の立候補者があったらしい。
抽選の結果わが家は運よく?次期役員メンバーに当選。
嫌なことを1年先送りせずに良かった、と思ったのも束の間、いざ当選すると昨年TVドラマ
にもなった小説「七人の敵がいる」の冒頭シーンがフラッシュバックした。
小説では小学校が舞台だったが、主人公は保護者役員会を皮切りに学童保育の父母会、
自治会・・・とどんどんPTAワールドに引きずり込まれていくのだ。
現に周囲の先輩ママ達は皆同じような経験をし愚痴をこぼしているので、自分もこれが
スタートラインかと思うと気持ちが萎えた。
ネットにはPTAがらみのお悩み相談は不妊治療情報なんかの数倍は転がっており、「誰も
が引き受けたくない長がつく役を決める場に赴くと、人の嫌な面を期せずして垣間見ること
となる」なんて書かれているのを読むと、出欠覧への記名を躊躇してしまった。
翌朝、食卓の上に一晩放置された出欠用紙を見た夫が「僕がやってもいいよ?」と申し出て
くれた。
しかし思えば婚活時代「一度ぐらいは結婚して結婚生活の愚痴など言ってみたいもの」と
望んだのは当の私なのであり、やはりここで逃げるわけにはいかない。
「ここは私が通るべき道」と腹をくくり、私が出席することにした。

18:00という無配慮な集合時間にイラだちを覚えながら会場に到着すると、まずは園長先生
から「小学校の役員になると、保育園よりうんと大変だと聞きますので、ここは練習と思って
がんばってくださいね。」と励ましだか脅しだかよくわからない挨拶。
続いて現会長から本日の目玉の議題である執行役員決めについての説明があった。
ネット情報に違わずわが保育園も長がつく役員を決める際には毎回すったもんだがあるよう
で、そのすったもんだの歴史を感じさせる「執行役員決めのルール」が幾つも存在していた。
もちろんこういった類のものは進んでやりたい人などいないのが普通で、私だってそう。
その後組ごとに分かれて話合いとなったため途中経過はよくわからないが、次期会長への
立候補者はなく、次期年長組役員の中からあみだくじで選出となったようだった。
その過程で相当モメたらしいことは年長組の席から漂う空気感でよくわかった。

ここで会の進行は無情にもたった今決まった次期会長にバトンタッチ。
次期会長はまだ心の整理が出来ていないといった様子で表情が硬く、早いうちに役員に
なれて良かった、と心から思ってしまった。
そんな光景を目の当たりにしたせいもあるのだろうか、いざ次期年少組(つまりわがクラス)
の中から会計を一名選出せよ、という段になるとあみだくじはどうも違う・・という気持ちに
なった。
と言うのも、「子供1人につき必ず1回役員をする」というルールがあるにも関わらず、聞く
ところによると過去に一度も役員をしていないのに新役員に立候補しなかった次期年長組、
つまり、あわよくば役員をしないまま卒園しようという考えの保護者が数名いたというのだ。
(もちろん個別に立候補要請の案内はあるので確信犯)
その、自分だけは逃げ切ろうというその考え、私にはとうてい理解できないものがあった。
年長組から漂う空気感といい、次期会長の顔色といい、会長があみだで選ばれた理由が
わかった気がした。
そりゃー私だって役員は嫌だし避けられるものなら避けたい。
少し前までは夫に任せようと思っていたくらいだから。
しかし保育園に子供を預かってもらっている親の気持ちとして「子供がお世話になっている
のだから、請われれば引き受けます」という気持ちがあってしかるべきと思うのだ。(とは
言え自分が年長組メンバーだったら会長に立候補できたかどうか・・・)
ともかく、そんな裏事情を聞くと「大役をあみだで決めるってどうよ!?」という思いが沸々と
わいてきた。
せめて役員全体から選ぶならともかく、これからも長いおつきあいとなる同じクラスの役員
ママわずか3名の中から会計を選べなんて・・・!
もし自分が当選くじを引いたら、(次期会長のように)敗北感ありありで非常に気分が悪い。
運よく他の誰かが当選しても、なんだか私の犠牲者みたいで気が引ける。(あみだくじが
公平と言う人もいるが、私はどうもそんな風に思えない。)
そして大役を逃れて内心喜んでしまう自分のダークサイドを見るのも嫌だし、そんな風に
見られるのも嫌。
そもそもこんな究極のボランティア、その場でくじ引きではなく事前に立候補または個別
交渉がスジでは・・・?
そんなことを考えているうちにわがクラスも「じゃああみだにしましょうか」という空気に。
とその数秒後。
「私、やります。」と口が勝手にしゃべっていた。
顔を上げると、ママAさんは申し訳なさそうな表情を浮かべ、ママBさんはラッキー♪と
ばかりに手をたたいていた。

その後役員全体の中からその他の執行役員を選出。
急に静まり返り皆が己の気配を潜めようとする中、現会長が「あみだくじやジャンケンは
最終手段にしましょう。ぜひ立候補を。」と進言。
私と同じ考えなのだと思うと嬉しくなった。(できれば総会の冒頭で進言してほしかった)
途中、多少のすったもんだ(役の取り合いとか遠慮し合いとか)はあったもののほとんどの
役は一応立候補の形で決定。
中には過去に執行部を2度経験しているという殊勝なママもいた反面、「○○ちゃんママと
同じ役ならやりますけど・・」という、連れショ○女子みたいな人もいた。
しかし三役に次いで仕事が大変と噂の広報1名がどうしても決まらず、「じゃぁ残った人で
ジャンケンを・・」となったその時、先ほどの同じクラスのママAさんが「私、やります。」と
手を挙げた。
「世の中捨てたモンじゃない」と感じた瞬間だった。

その後会がお開きとなり、駐車場に向かう道すがら「後悔してません?」とママAさんに声を
かけられた。
核心を突かれた私は「うーん・・もちろん好き好んでやるわけじゃないですけど、ただあみだ
はちょっとね・・・」と言葉を濁すしかなかった。
帰宅後、どっと疲労感が押し寄せたのは言うまでもない。

その夜は頭の中でさまざまな思いが巡りなかなか寝付けなかった。
選択肢の中のおそらく「正しいほう」を選んだと思うので執行部になったのはまぁヨシとして、
それよりもああいう場に行くと病的に消耗してしまうのは何故だろう?
そう言えば保育園で集まりがあるたびいつも思うことがある。
保護者たちってなんであんなに強い!? なぜあんなに濃い!?(もちろん全員ではないが)
私よりひと世代も下の人ばかりだからそんな風に感じるのだろうか?
伸び代のない40代で産んだ私と違って、彼女らは若くして子供を2人、3人と育ててきて
いるから??
長年会社組織でもまれてそれなりに気苦労を重ね、たとえば「パートさん」よりは世間慣れ
しているつもりでいた私は、子供が生まれてからというもの、たびたびその鼻をへし折られ
自分の勘違いに青ざめている。
みんなどこで成長(成長、という言葉が適切かどうかわからないが)してきたのだろう!?
私、どこで負けたんだろ!?(負けという表現も適切かどうかわからないが)
私が20年以上培ってきたことって単なる勘違い!? 
会社というある意味安定した枠組みの中で長く働き、自由気ままな独身生活を送っている
間に、人々は世の荒波や結婚生活を通じて「世渡り術」を着々と身につけていたのか、と
思うと、自分が定年後家庭や地域で無能人間と化すモーレツオヤジ社員のように思えて
くるのだった。
しかし自分のことはまだいいのだ、我慢すればいいだけだから。
何より、こういう私の虚弱体質がトラちゃんに知らず感染してしまうのが怖い。
子は母を見て育つのだ。
トラちゃんさえいなければ易きに流れ、仕事的にも人間的にもこれ以上成長しなくてもいいや、
とさえ思えるのに・・・。

翌日、胸のつかえが取れないまま会社へ行くと、あまり居心地が良いとは言えない職場
なのに、この日ばかりは「会社は極楽だぁ〜」と心から思った。(これは貴重な気づきだった)
過去に保育園会長や小学校のPTA役員を歴任してきた同僚は
「feeさん偉いっ!!
そういう気持ちの人が多いと、すごく運営がしやすいんだよねー。
人間ってだいたい2種類に分かれるものでね。
たとえば『小学校の6年間で二人に一人が役員をやる計算です』って言われたら、『じゃぁ
一度はやらなくちゃいけないな』って腹をくくる人と『何が何でも逃げ切ってやる』って思う人。
で、そこそこ前向きな前者らは低学年で進んで役員をやってしまうでしょ。
そしたら高学年になるにつれて後者の人達の中から役員が選ばれることになるんだよね。
高学年のほうが何かと大きな行事が多いのに、矛盾だよね〜。」
と言っていた。
なるほど似たような状況がわが保育園でも起きている。
個人的には役員選出は立候補制が基本だと思いたいが、そんな矛盾点も出てきてしまう
のであればくじ引きも悪くないのかな、と思った。

また育児の大先輩でもあるE子に一部始終を話すと、こんな返事が返ってきた。
「心中お察しするわぁ〜。
私もそういう場ではいつも苦手意識に満たされて消耗したし、その感触を忘れるために
すごーく時間がかかった。
そういう時って仕事に助けられるよね。
ただ私の見てきたケースで言わせてもらうと、そういう場で強い態度を取る親の子よりも、
静かにご奉仕のみするような親の子がいろんな意味で優秀だったわ、如実にね。
会社が本番と思ってる私やfeeと、PTAが本番と思っているような連中、どちらが正解とは
言えないけど、一つ言えることは世間には自分の苦手意識を刺激してくる連中が必ずいる
ってこと。
私も、その最たるものがPTAであり運動会でありスポ少だった。
いまだに苦い記憶だし、子育てに何の確信もつかめていない私からアドバイスできることは
あまり無いけど、人それぞれ超苦手分野はあると割り切ること、そして逃げなかった自分を
褒めること。
立候補したんだから『何も引け目に感じることはない』と思うことにする。してしまう。
苦手を克服したい気持ちは立派だけど、修行を引き寄せかねないから修行と思わないこと。
でもそのAさんなんかはいい意味で引き寄せだと思うよー。」

E子はいつも私の心に寄り添い、的確な言葉をくれる。
今回も彼女の話を聞くうちに少し心が軽くなった。
キャリアウーマンで社交的で、強豪スポ少の保護者会長までやってたE子でさえあの空気は
大の苦手だったのだ。
そしてみんな苦手意識とつきあいながら、確かに成長してたんだ。
ならば人より出遅れている私が苦手意識を感じるのは当たり前。
ここはとりあえずE子の言うように、逃げなかった自分を褒めよう。
そして自分の選択を否定しない。
この結果で良かったのだ、と思った。

(移植後7日目)
朝からノドが痛いと思ったら、夕方には悪寒があり38度の熱が出た。
ここ数日トラちゃんが咳をしていたので「うつったかな」と思い風邪薬を飲み就寝。
翌朝になっても微熱があったが、仕事を大量に残してきたためとりあえず会社へ行かねばと
思い出社するも、頭は朦朧とし体の節々は痛み悪寒がほてりに変わってきた。
止むを得ず午後から早退しその足で医者へ行くとインフルエンザA型の判定が出た。
自分の仕事も心配だが、夫やトラちゃんにうつっているのではないかと不安

(移植後8日目)
翌朝になるとタミフルのおかげで随分体が楽になっていた。
インフルエンザの高熱にさらされると卵が半年分ほどダメになってしまうと聞くが、予防接種
をしていたお陰か、熱が38度台を超えることはなかった。
職場に電話をすると、最低3日は休むようにとの指示。
とは言え決算期だし、例の成果報告会が目前に迫っているのに何も準備ができていないので
明後日には出社すると言ってはみたが、「来なくていい」と言われた。
新婚旅行以外で仕事を複数日連続で休むのは入社以来これが始めてのことだった。

(判定日)
移植後10日目。
着床の気配はなく、妊娠検査薬を使わずにこの日を迎えた。
体調は回復していたが会社へ行けないので、珍しく日中にクリニックへ。
到着すると、診察の前に検尿があった。
採尿の際、うっすら茶オリを発見し今回もダメだったことを確信。
診察室に行くと
「うーん、陽性、出てませんねぇ・・・。
凍結した卵も無いし・・・次、どうしましょうかねぇ。」
と先生に言われ、残る1個の受精卵は凍結まで持たなかったことを知った。

「これでもう3回採卵したことになるんだねぇ・・。
どこかでいい卵が採れればいいんだけどね・・・。」
平日の午前中で閑散としていたせいか、先生はカルテをめくりながらいつになくのんびりと
親身に語りかけてくれた。

「あのー・・たとえば薬を使わずに自然で採卵するといい卵が採れたりするものですか?」
「それがいいって言う医者もいるけどね、僕はそうは思わないね。
1個だけしか採れないんじゃねぇ・・そもそも卵管さえ通ってるならAIHやタイミングとおんなじ
ことでしょ?
卵にとっては卵管の中が一番いいんだから。」
「そうですね・・・。
じゃぁ次は人工授精でお願いします。」
「うん、feeさんはちゃんと自力排卵するからそれがいいかもしれませんね。
AIHもIVFも妊娠率は変わらないと思いますよ。
じゃ生理9日目か10日目にまた来てください。」

というわけで次回はAIHとなった。
高度治療はこれでひと区切りかな、と思うと後ろ髪を引かれるよりも安堵の気持ちのほうが
大きいのが意外だった。
ただ、クロミッドを飲んだ次の周期は妊娠しやすいと聞くので次のAIHに期待をしたいと思う。

(リセット)
D29、周期28日目でリセット。
私のインフルエンザは誰にもうつることなく終息しホッとしたのも束の間、数日後には例の
成果報告会、そして保育園のクラス別懇談会と私にとって苦手な行事が目白押し
しかし3日も休んだせいで仕事は溜まりまくり、報告会のプレゼンシート作りがはかどらない
焦りと不安も手伝って、憂鬱感は最高潮だった。
それでも苦しい時の神頼みでレイキのトレーニングだけは欠かさず行った。
「すがるものがあってよかった」とつくづく思った。

(成果報告会)
D7。
とうとうこの日がやって来た。
気休めのつもりで出勤前に5分だけレイキして出社。
予想どおり本番は準備不足がたたり、ところどころつっかえながらのプレゼンとなったが
何とか出番は終了。
いつものことながら他の発表者の意気込みには圧倒されっぱなしで、ここでもまた「私、
いったいどこで負けてしまったんだ!?」と、保育園と同じ劣等感を味わうこととなった。
保育園のことならば「それは私が仕事中心の生活をしているせい」と自分に言い訳が
できたのに・・・。
「ここでもか」と思うとめまいがした。

報告会が終了し職場に戻っても、期待していたほどの開放感は無かった。
ここ数日、自分の弱点をまざまざと見せ付けられたせいで「ヤマ場を乗り越えた」という
安堵感より「これからどうするのさ、自分」という焦燥感が強かった。
が、よく考えてみると報告会(あるいは保育園)という場がなければそんな自分の弱点を
思い知ることもなかったわけで、それを知らずに過ごすよりは良かった。
やはり試練は必要があって起きているのだな、と思う。
そう言えば、昨年の今頃も同じ思いに満たされ「スピーチセミナー」なんかを見学してきた
のだった。
今年はPTAの件もあるし報告会は毎年続くし、本気でセミナーに参加したほうがいいの
だろうか、と思った。

この日、残業をしていると一通の社内メールが届いた。
開いてみると、私が新人の時にかわいがってもらった大先輩Mさんからのものだった。
私は気づかなかったのだが、Mさんは今日の報告会の場で私のプレゼンを聞いていたと
いう。
今や課長にまでなっている彼女に私の情けない姿を見られたと思うと恥ずかしかったが、
結局このメールがキッカケで一度食事でも、という話に発展した。
お互い職場が離れメールや年賀状のやり取りはしていたものの、Mさんに会うのは実に
20年ぶり!
嫌な試練の中にひとついいこともあったと思える出来事だった。

(報告会翌日)
D8。
保育園のクラス別懇談会があった。
この懇談会、子供の保育園での様子を先生から教えてもらえるいい機会なのだが、その後
決まって保護者同士の意見交換の場が設けられており、これが私はどうも苦手。
というのも出席者(主にママ)の中には常に子供の自慢話「だけ」する人、「うちの○○ちゃん
はこんなこともできて、あんなこともできて・・」と延々語る人がいて、自己アピールが苦手な
私は少々疲れるのだ。
「うちの○○ちゃんの話は皆さんも興味シンシンですよね!」とばかりに熱弁されると、心の中
でつい毒づきそうになる自分に嫌悪するし、何より、彼女らの話を聞いていると「あの人達と
自分の温度差は、やはり育児と仕事の重心のかけ方の違いから来ているのだろうか?」とか
「そんな風に語れない私って、子供への関心が薄すぎ!?」などと考えてしまう。
ちなみに今回私は「家で娘が自分でご飯を食べようとしないので困っています」という自虐(?)
ネタを話したのだが、子供の悪いところや悩みを発言した親は私ただ一人だった
なるべく比較しないように、みずから線引きしないように・・とは思いつつ「自分よりひと世代
も若いママ達って『愛され世代』だから自分(や自分の子供)を卑下なんてしないのかなぁ〜」
と思わずにいられなかった。

さて一連の修行?がやっと終わりかと思いきや、このストーリーには続きがあった。
懇談会がお開きとなり、帰り際ふと隣の教室を見ると、隣のクラスのママ達の輪の中に昨日
の報告会の出席者の顔を発見したのだ。
その彼女はクールな美人で報告内容も素晴らしく、事業部長らが手放しで褒めていたので
よく覚えているのだが、報告会後の茶話会の席でかなりお高くとまっていて、「わ、この人、
ちょっと苦手・・もうご一緒したくないかも。」と感じた人だった。
昨日の今日でこれは私に何を見せようとしているのか、とドキドキしながら保育園を後に
したが、その胸騒ぎはしばらく収まらなかった。

保育園を出ると、その足でかかりつけの耳鼻科へ。
インフルエンザ後どうも喉の調子が悪く、AIH前までにこれを完治させたかった。
花粉やらPM2.5やらが飛び交う季節柄、耳鼻科は患者で溢れ返っていた。
しばらく本を読んで診察を待っていると、一人の女性が隣の席に座った。
見れば先ほどの懇談会に同席していたママAさん(広報に立候補した人)で、お互い偶然を
驚きながらも懇談会の話やPTAの話で盛り上がった。
そういえば耳鼻科に向かう車の中で「今日はAさんと話せなくて残念。話したかったな。」
と思った記憶が確かにある。
また、報告会が近づくといつも「昔の先輩Mさんのように自分に自信がある人は、プレゼン
なんてちっとも苦じゃないんだろうな。」とMさんを懐かしんでいたのだが、その思いがMさん
との再開を引き寄せたようにも思える。
ただの偶然と言われればそれまでだが、このところ弱りきっていた私は「ネガティブな感情が
苦手な人を引き寄せ、ポジティブな感情が会いたい人を引き寄せた。」と思わずにはいられ
なかった。

(AIH周期診察 
D9で卵胞チェック。
LHの検尿があった。
「20ミリだから意外と育ってるね〜。
でもLHサージがまだなので、明後日もう一度チェックして日を決めましょう。」
とのこと。
クロミッドを飲んだ翌週はいい卵が育つという先入観があるせいか、エコー画像に映る卵が
いかにも「いい卵」のように見えた。

気がかりな行事はすべて終わったというのに、まだ気持ちが晴れ晴れしない。
不調のピークはインフルエンザと共に過ぎ去ったと思ったのに、むしろ問題を知った今の
ほうが気が重い。
そんな調子なので職場での人間関係もややギクシャクしたものを感じていた。
というのも、一人だけ心を開いてくれない後輩(女性)がいるのだが、職場の誰に対しても
そっけない態度なのであまり気にしないようにしていたのに、最近どうも彼女のことが気に
なって仕方がないのだ。
無口な彼女は何を話しかけても「はい」「いいえ」だけで会話が発展せず、仲良くしようにも
取り付く島を与えてくれない。
私が意識するせいか、私が彼女の席に近づくと相手も身構えているような気がした。
というか妙な確信を感じていた。
このことがどうも気になり、これまでの偶然の現象も合わせてE子に相談すると
「普段レイキをやっている人は"上"と直につながっているから、ネガティブな思いはとことん
ネガティブに実現しやすくなり、その逆もまたそうなんだって。
その彼女、会話はないのにfeeとネガティブな感情のキャッチボールをしてしまってるんだね。
最初にボールを投げたのがfeeかどうかはわからないけど、気になるならfeeが断ち切るしか
ないよね。
でも私なら"親しくても腹六分"でそんな人とは必要最小限の接触に留めるだろうに、和顔施の
努力をするfeeは偉い!」
と言っていた。
やっぱりか、と思った。
放つエネルギーと同等同質のエネルギーが返ってくる、つまり引き寄せの法則なのだ。
謎の鍵を解くヒントを一つ得た思いだった。

浮かない顔をしている私を見かねた夫からは
「結果に感謝するのも悪くないけど、レイキは未来に対して『うまくいきました。ありがとう
ございました。』って言うほうが効くんだよ。
それ、実行してる!? してないでしょ。
僕は仕事で毎日実行してて、これまで何度も助けられてるよ。
明日から一週間、試しにやってみるといいよ。」
とアドバイス。
要はアファメーションのことを言いたかったらしいが、夫はそんな言葉は知らないので
聞きかじりの知識と自分の経験で語ってくれた。
確かに、未来に対してのアファメーションが出来ていなかったと思った。
もっとも夫のスピリチュアル体験はといえば「発注しなければ在庫が無いと思っていた
部品が、『会社に1個ありました、ありがとうございました』って唱えたら、本当に会社に
偶然あった」とかそんなレベル。
私が抱えるものとは次元が違う、と思いたい。

翌日はMさんとの食事会だった。
私が入社した頃既にシングルマザーだった彼女は、仕事への取組み姿勢が他の女性社員
とは格段に違い、今や管理職の地位についている。
しかも当時小学生だった息子さんは外科医として活躍、既に結婚し7歳の子供(つまり彼女
にとって孫)までいるという!!
私と彼女は10歳も違わないというのに・・・。
私が報告会の愚痴をひとしきり言うと
「あんなの、自分が日々やってることを話せばいいだけだから楽勝じゃん。
まぁ確かに北○鮮のアナウンサーかと思うような勢いで語る人もいたから、feeちゃんがビビる
のも仕方ないか。
あーいうのは慣れだよ、慣れ!
ウチの息子なんてずーっとクラス会長してたから、人前でしゃべるのだけはほんと達者だよー!」
と笑っていた。
慣れと言われても、凛々しいMさんを見ていたら「それはやはり母の血でしょう」と思わずには
いられなかったが、トラちゃんが同じように母の血統を受け継いでいるとは考えたくなかった。

(AIH周期診察◆
D11で2度目の卵胞チェック。
ふたたび検尿。
「22ミリなのでいつ排卵してもおかしくないんだけどLHがまだ薄いね・・。
明後日は休診日なので明日AIHやっちゃいましょう。」
ということでAIHの日程が決まった。
HCGを家で自己注射させてくれればもっとタイミングが合うのに・・と思うが仕方がない。
帰宅後、就寝前に排卵検査薬を使うとまだLHは薄く、夫に「明日の夕方にAIHをしたいのだ
けど午後から仕事を休めない?」と聞いたが「明日は絶対無理」と言われ撃沈

この夜、育児サイトを見ていた時に「子供の頭の良し悪しは母親で決まる」という記事を発見
した。
それは「その父賢にして、その子の愚なるものは稀(めずら)しからず。その母賢にして、その
子の愚なる者にいたりては、けだし古来稀(まれ)なり」・・・つまり「賢い父の子が必ずしも賢い
とは限らないが、賢い母の子は皆賢い」という名言があるほどで、昔から人々は母の血統に
着目していたというのだ。
先輩Mさんの記憶も新しい私はやっぱりか、と思った。
Mさんだけではなかった。
そう言えば今年の大河ドラマの主人公八重とその兄は非常に聡明な人物だったそうだが、何
より2人の母が非常によく出来た人だったと正月の番宣でさかんに言っていた。
野口英世や福沢諭吉など後世に名を残す偉人も母が立派だったという話をよく聞く。
今年はいつになく職場に受験生の親が多く、特にここ数ヶ月は彼らの愚痴を聞かされ続けて
いた私は、この話にトラちゃんの行く末を案じてしまうのだった。

(AIH当日)
朝の時点でLHサージはまだ出ていなかった。
となると、朝AIH後にHCG注射で強制LHサージ→今夜は体力的に夫が無理なので明日の夜、
早めのタイミングでダメ押し、という流れでいくしかない。
夫は私のお腹と採精容器に「がんばれよ〜!」とレイキをかけて出勤。
朝イチでクリニックに行くと、今日は採卵の人が多いらしく1時間ほど待たされた。
明日のタイミングも生かしたい今となってはHCG注射は遅いほうがありがたい。
結局10時過ぎにAIH(未排卵、23ミリ)、10時30分頃にHCGとなった。

(AIH翌日)
予定どおりAIHの翌日にダメ押しのタイミング。
ネット情報によると、HCG注射の後40時間ぐらいで排卵するようなので本当は帰宅後すぐに
でも・・と思うが現実にはそうもいかず、結局いつも通りトラちゃんを寝かしつけた後の沙汰と
なった。
ギリギリ間に合っていることを祈りたい。

先日の夫とE子のアドバイスを元に、会社では「危ない」と思ったら即心の中で感謝を唱える
ことでネガティブな感情が続くのを阻止、家ではレイキをする際にとりあえず明日の幸せを
アファメーションしてみたところ、一番しんどかった時に比べれば気持ちが随分マシになった
ように思う。
Mさんと再会し元気を分けてもらったことや、時間薬が効いてあのヤマ場の記憶が薄れつつ
あるというのもあるかもしれない。
例の後輩女性の横を通る時も「いつもありがとね」と心の中で無理やりつぶやくように心がけて
いたら、珍しく向こうから朝の挨拶をされ驚いた。
久しぶりに体重計に乗ってみるとなんと-2kg!!
もう戻れまいと思っていた数字に戻っていてビックリ。
そういえば最近は制服のウエストが緩かったような。
インフルエンザのせいかそれとも心労か・・・!?と思い夫に話すと「実は僕も最近、体重が落ちて
きた」と言う。
単にここしばらく手抜き料理だったせいかも。

(AIH後判定待ち)
最近はヨガ教室の後、わずかな時間ではあるがE子とファーストフード店でお茶をしながら情報
交換をしている。
前述の母の血統の話をしたところ、幼児教育に明るいE子は
「親は皆、子供をいい大学に行かせたいとか言うけれど、家の構造に例えると大学なんていくら
でも取替えがきくカーペットみたいなもの。
コミュニケーションや社会のルールの基本を学ぶ保育園や幼稚園時代こそ、やり直しがきかない
基礎工事だと言われているんだよ。
大学なんてその気になればいつでも入り直せるけど、保育園は二度と入れないんだからね。
基礎がしっかり出来ていない家にどんないいカーペットをひいたってダメ。
トラちゃんの将来を案じるなら、くれぐれも今を大切に過ごしてね。」
と諭された。
まったくその通りだと思った。
もしかすると私が抱える悩みも、独身が長すぎたとか仕事に重心をかけ過ぎてきたとかじゃなく、
幼児時代にまで遡ったところに原因があるのかも・・とふと思った。
かつて自分が通った保育園(トラちゃんの保育園に私も通っていた)でこの歳になり苦手克服を
迫られるというのも因果な話だが、私がこんな調子では今が大事なトラちゃんにとっていいはず
がない。
何とか上昇せねばと思った。

そのE子は最近、ヒーラーHさんの紹介でRさんというスピリチュアルカウンセラーに会ってきた
のだそう。
自称本の虫なのに本を手に取れなくなるほど不調だったというE子は、Rさんのカウンセリング
を受け色々と開眼したことがあったようで、私にもカウンセリングを受けるよう勧めてくれた。
レイキマスターでもあるRさんは、レイキ以外にもペンデュラムを使ったダウジング(潜在意識
を開く)やインナーチャイルドセラピーなどを得意としているらしく、まさにザ・スピリチュアリスト
というかんじ。
少し前の私なら遠慮したかも?と思うような人物だが、このネガティブスパイラルからの脱出を
目指し悪戦苦闘中という絶妙なタイミング、そしてE子がRさんに言われたという「病んだ心で
レイキするよりカウンセリングを」の言葉がまるで自分に言われているかのように感じ、次の日
にはRさんに会ってみようという気持ちになっていた。
Rさんのサロンが私が通うクリニックと番地しか違わないほどすぐ傍だったという偶然にも因縁
めいたものを感じた。(何せクリニックは自宅から1時間半の遠方なので)
E子によると、カウンセリングの時間が限られているため話したい内容をあらかじめメールして
おくといいとのことで、現在頭を悩ませながら文章を練っているところだが、自分の内なる問題
だけでなくトラちゃんを育てる上でも何かヒントを与えてもらえるのでは・・・?と期待をしている。


そんなわけで胚移植は残念な結果に終わり、現在AIH周期の判定待ちです。
今回は余剰凍結胚が得られなかったため高度治療目的での通院はもう無いかな、と思いつつ
クリニックから完全に離れる前に、通院がてらぜひ一度Rさんを訪問したいと思っています。
そしてテクニカル面としては、PTA執行部を引き受けたこともあり、ここはやはり話し方セミナー
でも受講して場数をこなし度胸をつけようか・・などと考え中です。
某小町掲示板では「PTA役員をするとママ友ではなく友人ができますよ」というアドバイスを
発見し一筋の光を得た思いですが、いやはやまさか「お見合い道」が「PTA道」と直結していた
とは・・・
あらためて目の前に開けた新たなステージに感無量(?)です。



★「母親たちのつながりに依存するPTAという組織、『本当の敵』はどこにいる?」
七人の敵がいる (集英社文庫)
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まさかわたしがPTA!?
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