2018年10月

2018年10月31日

中間反抗期到来!?

,梁海です。

我が子の反抗的な態度にいちいち驚いていた私も、近頃はすっかり耐性がついてきた。
先日の親子レクでは、母親に対して最近のトラちゃんそっくりな物言いをする女子らを目の当たりにして、「みんな同じだなー」とホッとしたもの。
大人から見るといつまでも素直な子が良い子に思えるものだが、発達という観点では、特に女子は素直すぎるのもまずい気がするので、多少の反抗は感受性が豊かになってきた証拠と受け止めるべきなのだろう。

もっとも、中間反抗期と言ってもトラちゃんはまだまだかわいいほう。
たとえば誰かに、「△△ちゃんってちょっと性格悪いよね?」などと同意を求められると、トラちゃんは相変わらず「わかんない」と答えている。
これまでは我が子ながら上手だなーと感心していたのだが、どうやら本当に「わかんない」ようなのだ。
というのも、トラちゃんは3年生にして学校で嫌なことが何ひとつ無いのだと言う。
些細なことに傷ついては、苦手なことや苦手な子を増やしていた私とは大違いなのだ。
そのスルー力こそが、ひとりっ子ゆえの自己肯定感の高さなのだろうか。

しかしとある育児サイトによると、
『女子はプレ思春期の到来と共に先を想像する力がついてくる。
また自分と友達との差異に気づいたり、不安を感じ始めるのもこの時期。
女子特有の排他的グループが形成されるのは、その不安から逃れるためである。』
とあり、悩みが出てくるのはこれからなのかもしれないが。

そのスルー力をキープして欲しいと思う反面、気づけばどのグループからもあぶれていた、なんてことにならぬよう、女子はもうちょい敏感なのが生きやすいかも・・?などとブレまくる母なのでした。








2018年10月25日

中間反抗期到来!?

最近、トラちゃんの変化を感じることがよくある。
まず思いつくのはピアノ。
ずっとYouTubeの耳コピー頼みで(YouTubeほんと助かってます!)、あれほど譜読みを嫌がっていたトラちゃんが、気付けば自力で楽譜を読んでいるではないか。
ピアノの先生も何か感じたようで、「トラちゃん急に理解力がついてきましたね。」などと言う。

また、これまでは宿題の日記にダメ出しをすると「ぜんぜん変じゃないっ!これでいいの!!」と反発していたのに、最近は「ねぇ、ここに自分の気持ちが入ってないから直したほうがいいよね?」と意見を求めてきたり。

考える力がついてきたのか、はたまた理性の芽生えなのか・・いずれにせよ人間らしくなってきたのは喜ばしいが、その分だけ潜在意識の扉が閉じていくのかと思うと、焦りにも似た寂しさを感じる。

良いことばかりではない。

学年だよりの行事予定表で、もうすぐ持久走大会があると知り、「持久走大会、がんばってね!」と声をかけたところ、こんな返事が返ってきた。

「1週間も前からプレッシャーかけないでよ

これまでなら「うん、がんばる」と目を輝かせて答えてくれたのに、あの無邪気なトラちゃんはどこへ・・・

またこんな場面も増えてきた。
たとえば週末の習い事でのこと。

「ねぇ、この後○○ちゃんと遊んでいい?」

「この後XXに行くから、今日はダメだよ。」

するとトラちゃんはとたんにふくれっ面になり、しばらく(と言ってもせいぜい3分)口を聞いてくれなくなるのだ。
これがプレ思春期に始まるという"中間反抗期"なのだろうか。
もう家族より友達のほうが大事なのはわかるのだが・・・。

いっぽう同じような状況で、素直に引き下がる子もチラホラいる。
過去記事で触れた、遊びに餓えていないタイプの子がそうだ。
どちらが良いとかではないが、そういった子に比べればトラちゃんはより女子らしいというか、"人は人、自分は自分"という切り分けが苦手な私の「女脳」をしっかり引き継いでいるようだ。

一見穏やかに見えて、家では喜怒哀楽が激しく急にプチっと切れたりするところもまさに私似
その辺は潜在意識にしっかりダウンロード済かと思うと、後悔と反省しきりなのでした。(△砲弔鼎)



8歳で切りかえる子育て そこで気づけば思春期がラクに! [ 植松紀子 ]
8歳で切りかえる子育て そこで気づけば思春期がラクに! [ 植松紀子 ]




2018年10月19日

遊びをせんとや生まれけむ

,梁海です。 

近所友達と距離を置く決心をしたのは先の授業参観でのこと。 
とあるママさんから、FちゃんやHちゃんを含む女子数名のネガティブな噂を聞いたのがきっかけだった。
そのママさんは、親の顔も知らない子らの突撃訪問をボヤいていたが、とりわけFちゃんチェックを不快がっていた。
私は"Fちゃん被害者の会にようこそ"と言いたくなるのを抑えつつ、やがて我が子がこんな風にやんちゃな子らとひとくくりで噂されるのは、まっぴらご免だと思った。

そもそもこの先大切にすべきは近所友達よりクラスメートではないか。
昔と今とでは違うかもしれないが、私の時はそうだった、というかそうなった。
ただでさえ人間関係が難しくなる時期、家が近いというだけでどう見ても異質な同級生に消耗するより、気の合うクラスメートに目を向けよう。
ーこれが近所友達とその母親達に煩わされてきた3年目の結論だった。

とはいえ実家はそうそう頼れない。
両親の体調にもよるが、放課後を頼めるのは週1日かせいぜい2日。
となると残りの日は、下校後直行してお迎えまで居残りOKの塾を探すことになるが、幸運なことにトラちゃんのクラスメートは塾が密集する方面に住んでいる子が多い。
中には塾へ寄ってから帰宅する子もいる。
クラスメートと一緒に下校や通塾をすれば、早帰りの日は遊べるし週末の約束をすることだってできる。
もしかすると自宅とは違う方面に下校することで、近所友達とは違った友達の輪が広がるかも!?
・・などと希望がわいてくるのだが、問題は当のトラちゃん。

トラちゃんは、4年生になったら放課後は毎日近所友達と遊べると思っている様子。
その意向を汲んで一日くらいは自由にさせてやるべきか、いや知らぬが仏で近所情報をシャットアウトしたほうが本人のためかと思ったり。
悩ましいところだが、その時々の交遊関係や周囲の動向を見て判断することになるだろう。


さて心を決めたとはいえ、親がこんな風に交友関係をコントロールしていいものかという迷いは依然としてある。
都会では家の格や学力に見合った教育環境を与えるべく、幼稚園からお受験が繰り広げられていることを思えばこれぐらいはどうということもない気もするが・・・。
おそらくどの道を選んでも、これで良かったのかという迷いや後悔はずっと続くのだろう。
子育てには正解がないと言うが本当だな、とつくづく思うのでした。