産活(二人目)

2013年08月14日

HSP!?

この8月で夫と出会ってちょうど丸5年になります。
5年前、「結婚して結婚生活のグチの一つも言ってみたいもの」と思っていた私は、今や
ひとたび親となったからには避けて通れぬ厄介なコミュニティー(PTA)活動の渦中にあり、
願いはしっかり叶えられているようです
そのPTA活動最大の行事、夏祭りが無事終わりようやく遅い夏がやってきました。
これが人生に必要な経験かと問われれば、すぐにそうとは言い難い経験の連続でしたが、
得たものは確かにあり、今回は引き続きその一部始終を以下の治療レポートにてお伝え
したいと思います。


(凍結胚移植後判定日)
D29、今回もまたホルモン補充しているにも関わらず数日前より茶オリがあり、妊娠は無い
だろうと感じつつ判定日となった。
というか仕事と夏祭り準備に追われ、治療どころではないという心境だった。
検尿後、診察室に呼ばれると先生は
「うーん、ダメですねぇ・・・一瞬ラインが現れたかと思ったんですが・・見えませんね〜。」
と検査薬を目線の先にかざし穴があくほど見つめながら申し訳なさそうに言った。
「では、またAIHでお世話になるかもしれませんので、その時は宜しくお願いします。」
と頭を下げ診察室を出たが、もはや治療に未練はなく「ようやく終わった。」という安堵の
気持ちに満たされた。
ハードな仕事もPTAも無かったらいつまでも治療を止められなかったろうと思うと、これで
良かったのだ、と思えた。
もちろん、この心境に思い至ったのは忙しさだけではなくこれまでの治療結果やわが身の
老化を実感など複合的なものだが、治療どころではないと本気で思える今は、我ながら
相当めいっぱいなのだと改めて感じるのだった。

帰宅すると夫は結果を聞くでもなく、私も何も言わなかった。
私の帰宅を寝ずに待っていたトラちゃんが愛しく「今までありがとう」という気持ちだった。

(ホルモン補充移植周期リセット)
D34と遅めのリセット。
いざリセットすると「日程があえばAIHでも・・」という思いが過ぎったが、今後の夏祭り準備
のスケジュールを考えると到底無理だった。
数日後には事前予約の食券の集計、印刷、配布の作業が控えている。
バザー用に集められた品の値札づけも手伝わなくてはならない。
幸いこの作業は少人数でやるので、全体打ち合わせよりはよほど気が楽だった。(しかし
実際にやってみるとそれはそれで何かと大変だった

(LHサージ待ち)
D10で保育園の個別懇談会があった。
最近のトラちゃんはほぼ毎日パンツを濡らしてくるため、まずその話から切り出してみた。
すると先生からは
(先生)「以前よりもおしっこを長く我慢できるようになったせいかもしれませんね。」
と意外な答え。
「確かに家でも、モゾモゾしておしっこをしたいんだなーと一目でわかる時にトイレに誘う
と『したくないもん』と言って遊び続けることがよくあるんです。多分トイレに行くのが面倒に
なってきたんだと思います。」
と言うと先生は
「だんだん人間らしくなってこられましたね〜。
そのうち恥ずかしいと思うようになれば、お漏らしは無くなりますよ。」
と笑顔。
そういう捉え方もあるのだな、と思った。

また保育園での普段の様子を聞いたところ
「トラちゃんはとても利発なお子さんなので、クラスのお友達には良い刺激を与えてくれて
いる存在です。
朝の会(ホームルームみたいなもの?)ではいつも率先して前に出てきて、おうちでの出来事
なんかをスピーチしてくれるんですよ。
ちゃんと自分の意見が言えて、とても頼もしいです。
それから時々『こんな時はどうすればいいかな?』っていう道徳みたいな時間を設けているん
ですけど、自分の意見が他の皆の意見と食い違っていても、ひるまず主張されますね。
しかもそれが大人が考えるような答えで、驚かされるんですよ。
そんな時、皆は『えぇ〜っ!?』という反応をしますが、私は心の中で『トラちゃんいいんだよ!
それで合ってるんだよ!』って応援しつつ、皆のいわゆる"子供らしい"意見も否定は出来ない
のが苦しいところなんです・・・。
とにかくトラちゃんの将来がとても楽しみです。」
と言っていただいた。

また近頃は「トラちゃんね、悪いことしてないのに○○ちゃんはフン!ってするの。」などと言って
くるのでそれについて尋ねてみると、
「もちろん3歳なので時々遊びの中で小さな衝突はありますが、それは日常的に誰にでも
見受けられることです。
トラちゃんは比較的誰とでも満遍なく遊んでおられてとても楽しそうですよ。」
とのことだった。
トラちゃんに小さなトラブルを聞かされては、「もうそんな経験をしてるのか・・」と胸を痛めて
いた母だったが、先生の顔色を見る限り問題は無さそうなのでホッとした。

最後の通院からわずか2週間だが、治療をしていたのがもう随分昔のことのような気がする。
しかしもうしばらくは自己タイミングで・・という気持ちは残っていて、D11から排卵検査。
ところが検査薬は真っ白のままで、それはD21まで続いた。
もしやD11より早く排卵が済んだのか・・と思い始めた矢先のD22に薄っすらとLH反応。
翌D23もまだ薄く、D24に濃くなるのかな?と予測。
しかしD24にはラインが消え、慌ててその晩夫とタイミング。(後にこの反応は排卵ではなく
LHが高くなっているせい、つまり閉経が近い症状だということが判明)

(自己タイミング後)
LHサージ自体が怪しかったので、タイミング翌日より久しぶりに基礎体温を計測。
するとLHサージ後数日経っても体温は36.5度前後と中温域を出ることはなかった。
ネットで調べるとホルモン補充周期後LHサージが出ないという話には多数HIT。
私の場合は単に更年期症状かも。

(夏祭り前日)
夏祭り前日は夫も巻き込み、夕方6時より屋台の準備開始となった。
何かと口出しの多い女性役員は「私が上の子の時にやった時は、3時に集合して夜の10時
までかかったんですよ6時集合で本当に大丈夫なんですか?」と私達執行部を攻撃して
きた。
しかし誰もが簡単に仕事を早退できるわけでなし、しかも早退した全員が10時とやらまで
びっしり仕事詰めになるとは思えず、その意見はあえて無視。
集まりやすい最短の時間ということで6時に決めたのだった。
そんないきさつもあり、「絶対に10時前に終わってやる!」と心に誓いながら作業を行った
結果、夜8時には解散することが出来た。
机の搬入やテントの設営には男手が欠かせないと考え、執行部が夫婦総出で協力したの
が良かったようだ。
予想外に早く準備が終わったとはいえ、既にこの時点で疲労困憊だった。

(夏祭り当日)
一般役員が朝8時集合のところ、私達夫婦はトラちゃんを実家へ預け7時に保育園へ。
当日でないと出来ない食材の搬入や仕分けを行っているとあっという間にお客を迎える時間
となり、役員らとお客双方の応対に追われた。
ことに「ハサミはどこにありますか!?」「ゴミ袋が見当たらないんですけど!」などといった役員
からの質疑攻撃にはかなり参った。
もちろんハサミやゴミ袋は前日に私が準備し、所定の位置にセッティングしたのは間違いない。
しかし人の入り乱れる中、誰がハサミやゴミ袋を持ち出したかなんて私がいちいち追跡して
いるわけではないのだ。
最初のうちは「これも責任者ゆえの宿命」と思い、聞かれるたびにそれらを探し飛び回って
いた私だが、一つ一つ真面目に応対していると身が持たないということに気づき、それ以後
は「さっきまであったはずなんですけど、どこへ行きましたかねぇ〜?」とムーディー勝○(古っ!)
並みに「右から左へ受け流す」ことに決めた。
そしてこれぞPTA役職者の極意、と悟った。
これまでもずっとそうだったが、一人ひとりの文句や意見をいちいち真に受けるから疲弊する
のだ。
いや、PTAだけではない。
思えば私の人生は、あらゆる場面で色んなものを受け流せない人生だったのではないか。
仕事も人間関係も婚活もそう。
受け止めることで得られた学びは多いのだろうが、やはりそこにはストレスも伴うのだ。
特に鈍感力に乏しい私は、意識して「受け止めないで受け流す」ことでもう少し楽になれる
のではないか・・・?
目の回る忙しさのさなか、新境地を開いた思いがした。

その後、食事はおろかトイレへ行く暇もないまま夏祭りはお開きとなり、後片付けを終え保育園
を出たのは夕方4時のことだった。
帰り道、祭り好きなノーテンキ夫は「やっぱ焼き物はお祭りごとには欠かせないな〜。これは大変
でも継続していかなくちゃダメだな。」などとほざき、私の反感を大いに買っていた。
妻の苦労が他人事だからそんなことが言えるのだ
自分への唯一のご褒美は、トラちゃんのお迎えを夫に任せその足でマッサージサロンへ行った
ことだった。

数日後、E子と話す機会があった。
E子は
「私もまさにその受け流せないタイプだよ〜。
そうそう、最近知ったんだけど私らみたいな人って、HSPっていうある意味病気みたいなものなん
だって。
正しくは病気ではないんだけど、HSPという先天的な遺伝特性を持っていて、これはもう自力では
どうしようもないらしいよ。
"繊細すぎる"でググってみると沢山情報が出てくるから見てみて。」
と言い、一冊の本を貸してくれた。
本のタイトルは「考えすぎない生き方」。
同じように敏感すぎて生きづらい人生を歩んでいた著者が散々悩んだ末にたどり着いた答えを
綴ったものなのだとか。
私らのような人間は、とかく"乗り越えられない試練はない"とか"人生に起きることには全て意味
がある"とか考えがちだが、あえてそういう思考から離れ、物事はただ淡々と起きていると考えた
ほうがいいよ・・・という内容らしい。(実は忙しくてまだ読めていない)
受け止めないことを意識し始めた私にとって、偶然とは思えぬタイムリーな本だった。(・・とつい
引き寄せとか思ってしまうのがダメ?)
さっそくHSPについて調べてみると、まさに私のことだと思い当たる節がありあり。
「考えすぎない生き方」、お盆休みにじっくり読んでみたいと思う。

(自己タイミング周期リセット)
D29、熱帯夜で寝苦しい朝だったにも関わらず体温は36℃前半。
もしや今さら排卵!?と思ったらそうではなくリセットだった。
色は茶褐色、しかも私にしては短く4日ほどで終了し無排卵だったのだろうと確信する。

(再びLHサージ待ち)
前回周期の反省から、今周期はD10で排卵検査。
すると何と!みごとにクッキリ陽性反応が出た。
おそらく前回もD10あたりでLHサージが済んでいたのだろう。
D9から検査すべきだった・・と反省しつつその夜タイミング。
翌朝も陽性反応が出ていたため、その夜も連続で夫に頑張ってもらう。
しかしD10やD11では早発LHサージ間違いなしであり、あまり期待できそうにない。



そんなわけで、2011年末より開始した高度治療はこれにて終了です。
満足のいく結果は得られなかったものの、内なる二人目願望と折り合いをつけるためには
必要な活動期間だったと思っています。
現在は自己タイミング2周期目の結果待ちですが、この先は通院することもないと思います
ので、治療レポートは今回をもって終わりにしたいと思います。
これまで長々とおつきあいいただき、ありがとうございました!

さて、最近は心身ともにハードな仕事のせいでプライベートでも気持ちの余裕がなく、ブログ
更新の情熱がそがれつつあるというのが正直なところです。
治療が終了となり、今後のブログの方向性を思案しつつ、短い夏休みを満喫したいと思います。





「考えすぎない生き方」〜人生の出来事に深い意味なんてない〜 
考えすぎない生き方 (中経の文庫)
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HSP関連の本
ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。
著者:エレイン・N. アーロン
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2013年07月06日

PTA地獄

更新が遅くなりました。
前回記事のショッキングな出来事は序章に過ぎなかったようで、その後泥沼PTAワールド
に延々ハマっています。
原因はトラちゃんの保育園で毎年開催される「夏祭り」。
それはバザーに屋台、ゲームコーナー・・・とまさに縁日さながらの一大イベントで、しかも
主催は保護者会という、役員泣かせの行事
子供一人につき一回必ず役員をするというルールは、この夏祭りの人手確保のためにある
と言っても過言ではなく、とりわけ執行部メンバーには重〜い負担がのしかかります。
最近はその負担の重さからバザーや夏祭りを廃止にする園は多いらしく、わが保育園も
役員経験者からは毎年「夏祭りを廃止または縮小してはどうか?昔と今では保護者の立場
が大きく様変わりしているのだから」という意見が出ている様子。
しかし「子供達が楽しみにしているから」というタテマエの元、(本音は保育園に感謝の意を
示すデモンストレーションでしかないと思うが)「自分の代で廃止する」と宣言できるほどの
勇気ある会長はいまだ存在せず現在に至る・・・というわけです。

先月から始まった夏祭り準備の打合せは毎回すったもんだの嵐で、これが噂のPTA地獄
という感じ。
打合せの前日ともなると胃が痛み、携帯メールが着信するたびドキッとする日々に「一年
限定だから」と自分に言い聞かせる一方で、「小学校でもまた同じような目に遭うかも・・」
と思うと気が滅入ります
今回はその一部始終を以下の治療レポート内にて時系列でご紹介したいと思いますが、
心折れそうになりつつもfee_drageeは「これも自分に必要な人生経験。トラちゃんのお陰
でまた一つ成長させてもらっている」と、果敢に?問題に挑んでおりますので、将来母親に
なることを夢見る皆様には、どうかこれを読んで未来への希望を見失われませんようにと
お願いしておきます。

(新鮮胚移植後判定待ち)
毎日のデュファストンに4、5日おきのプロゲデポー注射で黄体補充しているにも関わらず
移植後一週間目ぐらいからごく少量の茶オリ。
これはずっと続いたが量が増えることは無かった。

判定日直前、役員会が召集された。
今回の目的は8月に行われるPTA主催「夏祭り」の担当決め。
くじ引きか何かでグループや責任者を決めるのかと思ったら、執行部会計=屋台リーダー
という裏ルールがあるらしく、気づけば私は屋台の総責任者になっていた。(どうりで誰も会計をやりたがらなかったわけだ)
これが悲劇の始まりだった。
グループごとのメンバーが決まるとさっそく各グループに分かれて打合せ開始。
ここで私はハタと気づいた。
鼻息荒くスピーチセミナーに通い出したりした私だが、よく考えてみると人前で話すことなど
より、人生で最も経験値が低いのは「司会進行」であり自分に最も足りないのは「リーダー
シップ」だった
それもまだ互いに名前と顔も一致せぬ、しかも密かに牽制し合う人々のリーダーとは・・・
しかしそれに気づいたところで打つ手はなく、冷や汗をかきながらおそるおそるの進行と
なった。

まずは屋台で出すメニュー決め。
過去の例を参考にしながら今年のメニューを決めていくのだが、タコ焼きをやった前例が
無いというのに(焼き時間が長く効率が悪いためと思われる)「うちの子はタコ焼きが大好き
だから絶対外せない」と言い張る人(そんなに好きならご自宅でどうぞというかんじ・・・)
またかき氷の味を決める段では、例年どおりレモン、イチゴ、メロン、ブルーハワイの4種類
で大方の意見は一致していたのに、突然「ブルーハワイなんて嫌!あんな不自然な青色!」
と言い出す人。(着色料という点ではどれも同じだと思うのだが・・・自分が青を買わなきゃ
いいだけでは?)
一応「ブルーハワイは例年最も売上げが多いのですが」と言っては見るが、そういうツワモノ
は、ブルーハワイを取りやめるまでうるさいのだった

さてようやくメニューが決まり、それぞれの見積担当を決めこの日はようやく解散・・・と
一息つく暇もなく、翌日には食材の見積り担当者が「○○スーパー(毎年夏祭りで世話になって
いる地元店)が今年からはこの値段では出せないと言ってきた。
店主と言い合いになって気まずくなってしまったので私はもう○○スーパーには行きたくない。
この仕入値で出来る店を探して欲しい。」
という電話攻撃
その店を見限ってしまうのなら、他を当たるのはあなたの仕事では?と思うが、彼女はどうしても
私に動いてもらわねば気が済まないといった様子だった。
自分は決して動かず、他人を自分の思い通りに動かそうとする人、というのはまさに会社でよく
目の当たりにする光景。
そして外部よりも内部対策に頭が痛いというあたりも会社と同じだ・・・と思うと気持ちが萎えた。
結局その翌日は仕事そっちのけで、あちこちの店に電話をかけまくるハメとなった。

(判定日)
体温はかろうじて高温域だったが、今にもリセットしそうな気配を感じつつ判定日を迎えた。
「うーん、陽性でませんねぇ・・・
分割の状態は悪くないと思ったんですけどねぇ・・。
もしかして生理、きてます?」
「来そうな気配ですがまだです。」
「そう、じゃぁ次は・・・(カルテをめくりながら)あ、2個凍結できてますね。
胚盤胞になってます。
次回でもその次でも戻せますので、生理2日目までに来てください。」

6個採卵したとは言え、今回移植した卵以外は見た目が良くなかったので、胚盤胞2個凍結は
意外だった。
今日が最後の通院かと覚悟していたのだが、生き残ってくれた2個の卵に最後の望みを託す
こととなった。

(リセット)
D40でリセット。
クリニックで明日から一日おきに4枚貼るようにとの指示でエストラーナテープを貰った。
つまりホルモン補充周期ということになる。

その後二度目の打合せがあった。
二度目になると私も多少学習して、攻撃的な発言をするのは決まって2人目、3人目の子供
を持つ親だということがわかってきた。
どうやら、役員一回目の私や会長(会長さんも一人っ子親)に先輩風を吹かせたいらしい。
しかもそれは良い意見が出ない時に「参考までに前はこんな風にやりましたよ」という助言
ならまだしも、決してそんなおだやかなものではない。
ほぼ全員一致で「今年はこれで行きましょう」と話がまとまりかけるや否や「私が以前やった
時はそんなことはしなかった!」と言い張り場を崩しにかかる。
とにかく、素直に同意が出来ないのだ。
これは何なのだろうか!?
私などよりうんと長く親業をやっている人の「私が絶対」という姿勢には戦慄を覚えた。
もっとも、リーダーが男だったらこんなにモメることはないのだろう。
女が女に素直に従えないのも会社とおんなじだなとため息。
もちろんそんな人は少数派で、協力的な心ある人も数名見つけられたことは収穫だった。

(家事育児フリーDAY)
忙しいさなか夫に家事育児フリーDAYをもらい、ヒーラーHさんが出店している占いイベント
にE子と共に訪れた。
この日Hさんはタロット占いで出店しており、私とE子も占ってもらった。
E子はいつものように家族のことを占ってもらったらしく、「ズバリ当たってた」とカードの
威力に感動していた。
私はPTA問題は一年限定なので良しとして、仕事の行方を占ってもらうことにした。

(Hさん)「では、『私は今後仕事でどんな状況になるでしょうか』と念じながらカードを好きな
だけ切ってください」
とHさんに言われその通りにする。
その後Hさんがカードを数枚めくり順に並べた。
「今、feeさんは上司も周囲の同僚も助けてくれない状態ね。
このカード(どんなカードだったか失念)は孤立無援を意味するんですよ。」
「まさにその通りです。」
「でもね、確かに状況は大変なのに、最悪のカードが出ていないんですよ。
大変だけど、なぜか大丈夫な状況なんです。
feeさんは乗り越えられる、ということだと思いますよ。
これとかこれ(これもカード名失念)が出ていて本当に最悪だと、ほんとに最悪のカードが
現れるんですよ〜。」
「今が最悪じゃないとはあまり考えたくないんですが・・。
もうこれ以上しんどいのは勘弁です
「そうですよねぇ・・・。
じゃ、今後はどうなりたいと思いますか?」
仕事は生活があるので簡単には辞められないので・・・
社内で移籍の可能性があるかどうか、ぜひ知りたいです。
元々、移籍希望はずーっと出し続けてるんです。」
「では『移籍できますか』って唱えながらカードを切ってください。」
真剣にかなりしつこく何度もカードを切る私。
Hさんは再びカードを数枚めくり、リーディングを行った。
「結構近いうちに何か話はありますね。
でもfeeさんは思い留まります。
"動かない"カードが出ています。
あまりいい話ではなかったからなのか、それとも今の仕事が良くなるからなのか・・もしか
してそれ以外の何かの理由で動けなくなるのかもしれません。」
軽くショックだった。
今ならば変化できそう、と思っていたのに。
仕事が最高に辛いと思える時でないと、転職や移籍で後悔するのはセオリーなのだ。
しばらくしたら、もう一度Hさんを訪ねてみようと思った。

さてE子に夏祭り準備の一部始終を話すと、百戦錬磨のE子は激しく同情をしてくれた。
「PTAやってると、仕事を2つ掛け持ちしてる気がするでしょ〜?
しかも子供が絡んでいるから、母性本能というか防御本能が働いてとにかく疲れるよね。
私もスポ少の会長をやってた時は『いったい何の修行なんだ!?』って思ったよ・・・。
でもね、そんな風にやたら要求を出してくる人っていうのは、自分では相手より立場が上だと
思ってるけど、実は心の底で相手がウワテだと思ってる証拠。
だから『はい、おっしゃるとおりですね』って大人対応をするしかないね。
一年の長丁場だし、もしかすると小学校に入ってからもおつきあいが続くわけだし。
今はしんどいだけだと思うけど、長い目で見れば一歳でも若いうちにこれを経験できたのは
良かったんじゃないかな。
免疫がつくという意味で。
これが小学校に行ってからだと、親の職業とか家庭の事情なんかがますますバラけてきて、
今よりもっと『ぎゃっ』という目を見てたと思うよ〜。」
E子の話はいつも説得力があった。

翌日はスピーチセミナーだった。
この日のスピーチネタはもちろん夏祭りのこと。(皆さん時事問題とか高尚なスピーチをする
中、PTAネタばかり話している私
出番終了後、主婦の受講生からは「私も過去に大変な思いをしてきましたので心中お察し
します。頑張ってくださいね。」と激励され、先生には「feeさんはこの一年間、PTA役員をする
ことによって素晴らしく成長されると思いますよ。楽しみにしていてください。」と力強いお言葉
をいただいた。
他人に言われると「そうなのかな」と思えてくる。

(内膜チェック 
D9。
内膜は6.7ミリとやや薄いため、エストラーナ6枚に増量となった。
ホルモン補充周期は卵胞が育たないはずなのだが、私は(エコーで見る限り)いつも卵胞が
育っているように見える。
帰宅後ネットで調べると、1割ぐらいの人(FSHが高めの人?)は卵胞が育ってしまうそう。
育ってしまった場合は移植中止になるとか、移植前にHCGで強制排卵させるとか、また一方
では特に問題ないとか諸説あり、よくわからなかった。

仕事は相変わらず息をつく暇もなく多忙でトラブルも多発しているが、PTAの仕事をしていると
本当に会社の仕事のほうがよほどマシだと思ってしまう。
これを気づかせるための修行だったのか、とすら思えてくる。
会長さんは決して悪い人ではないのだが、私がノーと言えない性格であることを既に読んでいる
のであろう、自分でやったほうが早いのにと思うような仕事でも私に振ってくる。
言い易い人のところに仕事が集中するのもこれまた会社と同じなのである。
おかげで帰宅後も打合せ議事録作成だのメールだので家事育児はますますおろそかになった。
PTAの仕事が立て込んでいる日は夫とトラちゃんに実家へ行ってもらい食事と風呂までお世話
になり、私はパンをかじりながらシャワーもあびずにPCや携帯メールとにらめっこ。
特にお願いメールは(実際お願いばかりなのだが)言い回しにとても苦心をする。
婉曲に、しかし確実に任務を引き受けてもらうため、慣れない絵文字を駆使して何度も打ち直し
をしているとあっという間に時間が過ぎてしまうのだ。
「了解しました♪」とすぐ返事をくれる人、質問を投げかけ返答を求めているにも関わらず一切
返事をよこさない人(男性役員に多い)、そしてここでも必ず何か一つ刺し返してくる人がいた。
それは打合せ時にいつも強気な発言をする人とほぼ同一人物だった。
何とかして私を弱らせたいのだろう。
あるいは手を出したって素直に握手はしませんよ、ということか。
しかし私はE子の教えどおり「そうですね、その辺は会長さんに聞いてみますね。」と返すしか
ない。
こんな下らないことで煩わせて申し訳ないと思いつつも「こんな意見がありました」と会長さん
にメールすると「その件は私が確認済みです!」と即答。
その返答の早さと文章の短さから、会長さんの苛立ちが手に取るようにわかった。
なるべく会長さんの気持ちに寄り添っているつもりでも、彼女は彼女なりに抱えているものが
あって、私に当たりたいこともあるだろう。
少し前まではいちいち「会社とおなじだ・・」とゲンナリしていた私だが、この頃には「仕事で
シュラバを経験していて良かった〜」と思うようになっていた。
仕事をしていなかったら、こんなお役目は到底こなせず今頃は討ち死にしていただろう。

(内膜チェック◆
D15。
エストラーナ6枚貼りでさぞ内膜は厚くなっているものと思ったら7.5ミリとあまり成長して
いない。
これも年齢のせいか。
先生は
「7ミリ超えたので良しとしましょう。
移植は5日後ですから、それまでにもう少しは育つでしょう。」
とのこと。
今回も明らかに卵胞が育っているのが見え、先生は無言で卵胞サイズを計測。
22ミリと今にも排卵しそうなサイズだったが先生はそれに関しては何も言わず。
その後プロゲデポー注射があった。
これで高温期に突入したことになる。
帰宅後、念のため排卵検査薬を使ってみたがLHは全くの陰性だった。

前々から嫌な予感がしていたのだが、手帳を見ると移植日は親子教室の日だった。
おそるおそるトラちゃんに「お母さん、お仕事でどうしても行けないの、ごめんね。かわりに
お父さんが行くからね。」と伝えると、もう何でも物のわかるトラちゃんは号泣
「トラちゃん、ママと遊ぶって決めてたの〜。先生にもママが来るってお話ししたの〜」と
おいおい泣かれ、こちらまで涙(最近はなぜか「ママ」に定着)
トラちゃんの切ない思いを知り、罪悪感で一杯だった。

(凍結胚移植)
D20でBTとなった。
排卵が心配でD15より排卵検査薬を使い続けてみたが、結果は陰性のままだった。
ホルモンコントロールのせいでLHサージは起きないのかもしれない。
今回は凍結胚盤胞を2個同時移植することにした。
1個ずつのほうが可能性は高まるような気もするが、この後は夏祭りが控えているし胚移植
も結構な費用がかかる(しかも助成無し)ため、一度で済ませることにした。
夏祭り準備でパニック気味の今なら結果NGでもすっぱり諦められそう、という思いもあった。

この日は夫に親子教室の参加をお願いし、ギリギリまで仕事をしてクリニックへ。
「この2個を戻しますよ。
1個は小さいのでダメかもしれませんが、もう1個はきれいな胚盤胞です。」
写真を渡され見ると、確かに1つは小さく、1つは見本のようなきれいな胚盤胞だった。
移植は数分で終了、1時間ほど休みプロゲデポー注射の後帰宅となった。

翌日は地元のお祭りだった。
平日なので黙っていようと思ったのに、この日保育園はお祭りの話で持ちきりだったようで、
トラちゃんは帰宅するなり「○○ちゃんも△△君もおまつり行くって言ってた。トラちゃんも
おまつり行く〜!!」と要求。
もう何も隠せないお年頃である。
そこでこの日は夏祭りの下見を兼ねて屋台のジャンクフードで夕飯を済ますことにした。
露店が立ち並ぶ通りに到着するやいなやトラちゃんは「およよほしい〜! およよ!」と
叫び私と夫を店に引っ張って行った。
何かと思ったらそれは「ヨーヨー」のことだった。
最近は大きくなったらミニーちゃんではなく「プリキュアソードになる〜」と言うトラちゃんは
当然プリキュアソードのヨーヨー(今どきのヨーヨーはゴムではなくビニール製)を所望。
私が幼い頃はどんなにおねだりしても決して買ってもらえなかった縁日のバカ高いおもちゃ
を、望めば即買ってもらえるトラちゃんはつくづく幸せものだ、と思う。
その後道すがら、何人もの同じ組の女の子とすれ違ったが、皆何らかのプリキュアグッズを
買ってもらっていた。
これまで、同級生のママ達に作り笑顔をするのが億劫で街で出会うのが憂鬱な私だったが、
PTA活動に鍛えられたのだろうか、この日は苦もなく挨拶を交わし立ち話までするほどに
成長(??)していて自分でも驚いた。

(判定待ち)
移植後4日目、D24で再度プロゲデポー注射。
前周期同様、このあたりから茶オリが見られるが判定日を待つしかない。
幸い、多忙なお陰で体調を気にする暇もない。

D27で三度目の打合せがあった。
この日は仕入れと本番当日の役割分担を決めた。
仕入れは店の数も食材の量も多いため、とにかく協力してやらないとこなせない。
心ある人は「あ、それ私やりますね!」と幾つも仕事を掛け持ちして請け負ってくれる一方で、
だんまりを決め込みただの1つもやると言わない人がいたのには少々驚いた。
最初は「大人しい人なのかな」と思ったがそうではなかった。
その彼女は、私が「では当日の配置決めをします」と言ったとたん「私、食券担当で!」と真っ先
に手を挙げた。
任意の仕事は完全スルー。
そして強制の仕事は一番ラクチンなものをいち早く狙う、そんな人だった。
彼女が仕入れに協力しないことは皆が認識しているのに、それを気にしないほどに図太い
からこそ成せるワザなのか・・・。
限られた人数の中に、こんな"使えない"人が頭数に入っているとハッキリ言って迷惑。(これも
会社とおなじ・・)
彼女とは上の学校へ行っても二度と一緒に役員をやりたくないものだ、と思った。

その後は彼女に続けとばかりに、他の人も「私、かき氷やります!」などと積極的というよりは
役の奪い合い。
当然、希望を優先すると人員配分は偏った。
しかし多少偏っても、不本意な仕事より自分で選んだ仕事をやってもらったほうが気分よく仕事
をしてもらえると思い目をつむる。
私を含め三役は誰もやりたがらない地獄の「焼き係」に入ることとなった。
もう一つ驚いたのは、ここでもまた「○○さんと同じ係がいいです。」という小学女子の連れ○ョン
みたいな人がいたことだった。
しかしたとえ連れ○ョンレベルでも協力しない人よりはよほどマシ、と思えてしまう私なのだった。


そんなわけで、現在最後の判定待ちです。
次回の記事を投稿する頃には、大きなヤマ場を終えホッとひと息ついている頃だと思います。
この一大行事から解放された時の解放感を夢見ながら、もうひと頑張りしてみます





トラちゃんはいつの間にかひらがなを覚え、一人で絵本を読むようになりました。
最近はバムとケロシリーズと、「あらしのよるに」シリーズのガブとメイがお気に入りです。
バムとケロのもりのこや
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2013年05月24日

スピーチセミナー

会社で新しい業務に就いてはや2ヶ月。
もっと家庭に重心を置きたいと願うのとは裏腹に、現実はますます仕事に傾いていくのが
辛いところです。
嫌なことにも多少慣れてきたとはいえ、日々命を削っているような気がするのは変わらず、
時々「会社に尽くすのが私の生まれ持った使命だとしたら、婚活をしたのは間違いだった
のか!?」とさえ思ってしまうことも・・・

しかしそんな時、しまじろうのこどもチャ○ンジに変わり4月から取り始めたポ○ー(月額
980円ととにかく安い!)の保護者向け小冊子の中に、あるコラムを発見しました。
それは私の愛読書、"遺伝子シリーズ"の著書である村上和雄氏のコラムで
「紆余曲折を経ても最終的にはうまくいく、いわゆる『運のいい人』は、『未来』の心配
ばかりしたり『過去』をクヨクヨ考え過ぎたりせず、『今、この瞬間』に目を向ける生き方を
している。ひたむきに今を生きる人は遺伝子にも後押しされます。
というのは、逆境もマイナス状況も一つの環境であり、それがひどい状態であればある
ほど眠っていた遺伝子のスイッチがONになり、内なる能力が発揮されるからです。」
というものでした。
「ピンチはチャンス」と人に言われてもなかなかそうは思えないのに、「ピンチの時こそ
遺伝子スイッチONになるチャンス」と言われたらストンと腑に落ち、少し頑張ってみよう
と思えるから不思議
これがもし村上氏のコラムでなかったら目にも留めず速攻ゴミ箱行きだったと思うので、
これも引き寄せなのかな、と思うのでした。
ちなみにこのコラムは毎月村上氏がコーナーを担当をしているようで、トラちゃんだけで
なく、私も教材の到着が楽しみになりました♪

そんな中、またしてもショッキングな出来事がありました。
それは保育園の役員会でのこと。
「仕事のプレッシャーに比べたらPTAなど屁のカッパ。」と守りを緩めたのがまずかったか、
そこを狙ったようにグッサリ刺されました。
これはもうブログネタにするしかない!と思ったのですが、後にこの事件は予想外に多くの
人が知る展開となってしまい残念ながら詳細レポートをお伝えすることができません
とはいえ概要を少しだけご紹介すると、それは「たとえ相手(私)を犠牲にしてでも自分さえ
助かれば」という、人のダークな部分をあからさまに見せられた事件で、これから一年間
役員メンバーと平和にやっていこうと思っていた私の出鼻を大きくくじいてくれました。
その後しばらくはダメージから立ち直れず
「なぜこんなに弱りきっている時によりによってこんな人が目の前に現れるのか
これも引き寄せなのか!?」
と天を恨みたい気持ちでした。
やさぐれそうになる私に友人E子は
「『泥を吸っても蓮の花』っていうように、どんな時も決して悪に屈しちゃあダメ。
嫌な人に遭って嫌な人になっちゃあお終いよ!
グッサリやられてかさぶたが出来たところは必ず強くなるんだから、これで一つまた強く
なったと思おうよ。」
と慰めてくれました。

一つだけいいこともありました。
この事件をキッカケに(必要に迫られ)とうとう「スピーチセミナー」への参加を決意したの
です。
かつて見学だけして尻込みしていたスピーチセミナーに、ショックの勢いまかせでデビュー、
というわけです。
見学をした当時はセミナーのレベルの高さにたじろいだ私でしたが、今回参加してみると
それはもう面白くて。
崖っぷちに追い込まれるとこうも見方が変わるものか、と思いました。

そして驚いたのは、私が自己紹介をするより先に私に語った講師の先生の言葉でした。
「人間、目の前にハードルがないと努力しない生き物ですからね。
ハードルは成長のチャンスです。
いつも目の前にハードルがある人は経験豊富なので当然成長するんです。
ちょっとだけ無理をして頑張る、するといつしか無理が普通になるんですよ。
一つ自信がつけば、それをキッカケに性格まで変えられます。」
と。
先生は単純にスピーチのことを言ったのだろうけど、先の村上氏のコラムにも通じるものが
あり、まるで私の状況を見透かしたかのような言葉でした。

セミナーは、まず最初に発声練習、文章の音読練習、その後一人ずつ3分間スピーチを
行うという流れ。
スピーチのテーマは自由で、難解な時事問題を話す人もいれば家族や趣味のことを話す
人も。
生徒の顔ぶれは私より年配の人のほうが断然多く、女性6割、男性4割、いずれも話下手
な人々と言うよりは得意の弁舌をもっと磨きたい人の集まり、といった印象。
職業も皆さまざま(インテリ多し)で、普段聞けないような話が聞けるのはこのセミナーの
醍醐味と言えそう。
が、元々弁が立つ人々の集まりゆえ、スピーチの感想を言い合う段になると集中砲火を
浴びる人もいてそれがちょっとコワイ
でも先生が言うには、これが人前でとっさに自分の意見を述べる訓練、ひいては人の話を
真剣に聞く訓練になるんだそう。
言われてみれば、それらは普段の生活ではあまり練習できないことなので確かに有難い。
また「読み書きの力を磨くとスピーチ力も磨かれる」とのことで、ライティングとスピーキング
は別物と思っていた私としてはブログ継続に一つ励みが加わりました。

そんなわけで事件が肩を押してくれた形となり、また一つ新たなプロジェクト(?)開始です。
「あの事件はこのセミナーに参加するために起きたのだ」と思えるほどの心の整理はまだ
出来ていませんが、この際、転んでもただでは起きない精神でセミナーを楽しみつつスキル
アップを目指したいと思います。

そしてもうひとつ。
もう二度とやることはないと思っていた高度治療を再開しています。(でもおそらくこれが本当
に最後)
そのキッカケは私にも定かではありません。
針のムシロの会社にPTAといった難問を自分の中心に置きたくないという深層心理の現われ
なのか?
それとも妊娠という万に一つの可能性に現実逃避を求めたのか・・・?
ともあれその経過は以下のとおりです。

(ピル周期リセット)
プラノバールを飲み終え4日目にリセット。
ピル周期はいつもキッカリ4日後リセットでわかりやすい。
今周期はもし半日休めそうならAIH、それがダメなら自己タイミングと考えていた。
ところがリセット3日目、仕事をしている最中になぜか急に「今日クリニックに行けばIVFに
間に合うかも?」と思い立った。
夫に「急にクリニックに行きたくなったから何か適当に食べていて。」とメールをすると夫は
特に驚いた様子もなく「OK」の返事。
連休を挟んでのIVFは昨年末の時のように断られるのでは・・と思うもダメならそれも運命
と思いクリニックへ。
「一周期お休みでしたね、今回どうされましたか?」
「今日で生理3日目なんですけど、もう一度採卵をして結果が出なければこれで治療
を終わりにしようかと思うんです。」
「そうですか・・。
最後と覚悟されてるんなら、ちょっと強い刺激をしてみます?
(カレンダーを見て)どっちみち今からだと連休があるから低刺激は難しいな。
点鼻薬を使う方法になるけどいい?」
「はい、お願いします」

ということで年齢的にもうありえないと思っていたショート法を再びやってみることに。
その後フォリルモンP300を注射。
しかし問題は毎日打たなければならない注射だった。
今の仕事量では連日の注射通いは到底無理。
となると自己注射だがペンタイプの自己注射を毎日、それも300単位となるとかなり高額
になってしまう。
どうしたものか・・と看護師さんに相談すると、「普通の注射器で打つ勇気がおありでしたら
やり方をお教えしますよ」と言われた。
少し躊躇したものの背に腹は変えられず、さっそく注射器の説明を受けた。
点鼻薬もこの夜から開始となった。

(自己注射開始)
翌日D4から自己注射開始。
まず注射器に吸引専用の針を取り付け。
アンプルに入った生理食塩水を注射器で吸引後、薬のアンプルに注入し粉状の薬を溶かす。
薬のアンプルは2本あるので、先の溶液を再び吸引し他方の薬のアンプルに注入、同様に
溶かしてから再び吸い上げる。
そして本番用の針に交換し夫にバトンタッチして注射となるのだが、これらの工程の途中は
薬をひっくり返しやしないかとドキドキだった。
注射はお腹の脂肪に打ってもらうとは言え、結構痛い
が、慣れると「これで往復2時間とガソリン代・高速代が浮くならもっと早く習えばよかった〜」
と思えるようにまでなった。
注射器の扱いにはすぐ慣れたが、小心者ゆえ自分で打つ勇気は最後まで出なかった。

(卵胞チェック)
D7、D13、D15で卵胞チェック。
D7からは注射の量は250単位になった。
途中鼻カゼを引き、点鼻薬(ブセレキュア)が効かなかったらどうしよう・・と気が気でなかったが
D15のチェックでは「大きいもので17ミリ、小さいので13ミリで大小合わせ4個くらいは採れそう」
とのことだった。

(HCG注射)
D17の20時キッカリにHCG注射。
これも自己注射にしたが、20時はトラちゃんの起きている時間なので悩んだ。
そこでトラちゃんお気に入りのプリキュアのDVDをかけ、夢中になっている隙に夫婦でトイレに
籠り注射、という作戦を立てた。
作戦は大成功、これで自己注射から開放されると思うとホッとした。

(IVF)
D19で採卵となった。
レイキを入念にやった後クリニックへ。
待合室で呼ばれるのを待っていると、雑誌コーナーの棚に有名なブログ本「シアワセノカタチ
〜39歳からの不妊治療」が置いてあるのを発見。
まるで自分の本を見つけたかのようにドキっとした。
というのもありがたいことに時々当ブログも書籍化の打診を受けることがある。(もちろんその
対象は治療ネタではなく婚活編)
しかしこのブログは私の心の日記でもあるため、書籍化となれば今までのように自由に日々
の出来事を綴れなくなることを恐れすべて丁重にお断りしてきた。(実際のところ出版に協力
する時間などない)
もし書籍化を承諾していたら、この本のように「39歳からのオミアイ道」なんてタイトルで全国
の結婚相談所の一角に置かれたかも知れない・・と思うと背筋が寒くなった。
いやそれどころか、私の性格ならアマゾンや普通の書店に自分の本を発見することだって
きっと耐えられない。
つくづくお断りして正解だと思った。

採卵はもう慣れたもので手術台に上がってもあまり緊張せず、「あの快眠がまた味わえる♪」と
喜びを感じるほどだった。
採卵の麻酔の深い眠りは本当に快適なのだ。
今回も麻酔が効いてきたなと思った次の瞬間ベッドの上だった。
結果は採卵数6個。
先生が言うには「小さめのも採れたんですが、旦那さんの(精子の)状態はとてもいいので
4個ぐらいは受精するんじゃないですかね。」とのことだった。
この歳で6個は我ながら良く採れたものだと思う。

(IVF翌日)
この日はトラちゃんの遠足だった。
親子遠足でないのは助かるが、弁当作りはやはり悩む。
一度でもキャラ弁を作ると毎年期待されどんどんエスカレートしてしまうと聞くのでキャラ弁
はやめ、ちょっとだけデコったプチデコ弁を作ることにした。
ところがトラちゃんは遠足用に買ったキティちゃんのピンク色の弁当箱を却下。
いつもご飯を入れている保育園用のアルミの弁当箱を持っていくと言い張り、おかずの彩り
に苦心する。
服も同様で、写真に残るからとラブリーな服を準備したにも関わらず、姪っ子のお下がりの
どぎつい色柄のズボンを履くと言って聞かない。
結果、服装はヤンキー系、リュックサックはパステルカラーのマイメロディというアンバランス
ないでたちで喜び勇んで登園して行った。
帰宅後トラちゃんに「お弁当で何が一番美味しかった?」と聞いたところ「おにぎり!!」の返事
そういえばマクドナルドのハッピーセットのドリンクもミルクをオーダーするという、食べ物に
関しては全く保守的なトラちゃんなのだった。
たかが弁当一つとは言え遠足は私を母親らしくしてくれる行事で、この母の姿を見てうちに
来たいと思う奇特な子がもう一人いないものか・・と本気で思うほど疲れた

(受精確認)
採卵後2日目、D21で受精確認。
クリニックに電話したところ「4分割が4個、2分割が2個。形の悪いのもありますけど今日でも
明日でも移植できますよ。」とのことで明日の移植を予約。

(ET)
D22で新鮮胚移植。
8分割になった1個移植することになった。
いつものように受精卵の写真を貰ったが、8分割が4個、4分割が2個で移植する1個以外は
お世辞にもいい卵には見えなかった。
凍結胚は期待できないな、と覚悟する。
リンクさせていただいているどくさまさんのサイトによれば、体外受精の中では簡単に思われて
いる移植には実は極意(奥義?)のようなものがあって、その技術差が結果を大きく左右する
のだというが、この先生はどうなのだろう、とふと思う。 

(黄体補充)
D25、D29でプロゲテボー(黄体補充)注射。
これは通いだった。
しかしD29の注射の翌日、茶オリを発見しショック
着床出血には早すぎる。
プロゲテボーとデュファストンで黄体補充しているのに内膜が維持できないとは・・。
結局この茶オリはずっと続いた。

この日クリニックのHPを見ると、前年度の治療成績が載っていた。
患者当たりAIH妊娠率約15%、同IVF30%前後はほぼ世間並み。
患者の最高齢は47歳、私より高齢の人がいてちょっと心強い。
しかしAIH、IVFでの妊娠(胎嚢確認有)最高齢は妊娠時42歳。
43歳以上はゼロだった。
しかもIVFで妊娠した人は9割以上が採卵2回目までに妊娠・・・。
表やグラフの数字を眺めるうちに「これが現実なんだな。」とじみじみ思った。
世間にはもっと良い成績を公表するクリニックもあるし、実際身近に43歳以上の出産も聞いた
ことはある。
しかしこの成績は「確かに。」と思わせる実感の持てる数字だった。
私もトラちゃんを妊娠したのは41歳、産んだのは42歳。
胎嚢までなら41歳の前半で2度妊娠した。
かのUさん(久しぶりに登場!)も自分が携わったお産の最高齢は42歳ぐらいと言っていた。
おそらく42、3まではある程度の人は妊娠が出来るのだろう。
それまではチャレンジする価値あり、と言えるかもしれない。
色々と熟考し納得の上で始めた不妊治療ではあるが、45歳でまだやってる私ってやはり相当
無謀だな〜と改めて感じさせられたのだった。


そんなわけで当たって砕けた予感がしつつ現在判定日待ちです。
自己注射とは言え久々の治療と仕事のかけもちはしんどいものがあり早く治療が終わらない
かなーなどと思い始めているこの頃です。





最近、晴れた日の朝はトラちゃんと歩いて保育園へ行っています。
セロトニン効果で抑うつ解消を期待しています。
歩けば脳が活性化する (WAC BUNKO)
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海苔だけで手抜きに見えないデコ弁が
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2013年04月23日

天中殺!?

この4月よりトラちゃんは年少組に進級しました。
少し前までは保育園での朝のお別れの時に名残惜しそうなそぶりをすることが多く、時には
玄関まで追いかけてくることもあったのに、進級してからというもの保育園に到着するや否や
バイバイもせず一目散に教室へ走って行くように。
これが親離れの始まりか・・と一抹の寂しさを感じつつ先生に「進級したらなんだか以前より
保育園が楽しそうなんです」と報告すると、先生は「年長さんの部屋に集まるようになって
(年少以上は縦割り保育の時間帯がある)戸惑うお子さんもいるんですけど、トラちゃんは
お兄ちゃん達と遊ぶのがすごく楽しいみたいですよ。」と教えてくれました。
またおしゃべりが上手になった分、保育園での出来事を詳しくレポートしてくれるようになり
嬉しい反面、「○○君がたたいてくるから嫌なの」などと衝撃告白される場面も増加
内心ドキドキしながら「そうなの〜?でも○○君、本当はトラちゃんと遊びたいんだと思うよ」
と答えながらも「親子ともども修行だな」としみじみ感じるのでした。

そんなトラちゃんも家庭では反抗期まっただ中。
「おたーしゃん大好き」を連発してくれる日があるかと思えば、朝から自分の思い通りに
ならないと大声で泣きわめく日も。
一人天下のトラちゃんにはすっかり舐められたもので、たとえば「ご飯だよ」と言っても1度目
は完全無視、2〜3回言うと「だってトラちゃん、今遊んでるんだもん」などと口ごたえ
しまいには「もうご飯あげない!」とか「そんなことを言う子はお外に出て行きなさい!」などと
つい叱るハメに・・・
どうしたものかと質問サイトを見ると、「『親の言うことを聞かない子』というのは、逆に言えば
『自分も普段聞いてもらえてない子』とも言える。自分を受け入れてもらえない子は人を受け
入れることも出来ないもの」とありドキリ。
親子の信頼関係を築くのに最も重要なこの時期、飴とムチの使い分けに頭を悩ませてしまう
このごろなのでした。

さて、先月のAIHの結果はD24でリセットし残念な結果に終わりました。
数日前から体温が下降し覚悟はしていたものの、D24とはあまりに早すぎるリセット
これがD27とかD28であれば次もAIHを・・となったかもしれませんが、高温期をキープでき
なかったことは次の卵が期待できないことを意味しており、今周期はピル(プラノバール)で
卵巣を休ませています。
そのピル周期が終わったら次はどうしよう・・と考えていた矢先のこと。
(以下、マイナス思考全開の記事となっていますが、心の日記と思ってご容赦願います)

3月も末のある日、職場で新年度人事異動が発表されたのが事件の発端でした。
終わりなきコストダウンを旗印に、年々過酷な労働環境を強いられるわが職場は、今年度は
マイナス2名の人員で行くとのこと。
そしてその2名の中に、前回記事でお伝えしたあの苦手な後輩の名前があったのです。
一瞬、「私の心の底にある思念が天に通じてしまったのか!?」と思ったものの、仕事はキチンと
こなす子ゆえ「いなくなればいいのに」などとは考えたこともなく、彼女の異動は寝耳に水。
しかも最近はようやく彼女のことが気にならなくなっていたところなのに・・。
と、私はあることを思い出しました。
それは人間関係におけるお決まりの方程式。
「憎まれっ子世にはばかる」のことわざ通り、苦手な人というのは自分が相手を気にしている
うちはどんなに強く願ったところで目の前からは決して消えてはくれないもの。
ところが不思議なことに、気にならなくなった瞬間、その相手はいとも簡単にどこかへ消えて
しまう、つまり「問題視しなくなったとたんに消え去っていく」ものなのだ。
そんな現象を過去に幾度と無く経験していた私は、「これってもしや、彼女の問題はもうクリア
しましたよ、というお知らせでは?」という結論に思い至ったのでした。

しかし過去の経験上、それで万事OKということはまず無くて。
ほとんどの場合、古い問題が消えたとたん次なる新たな問題、しかもよりハイレベルなやつが
手を変え品を変えやってくるのであり、今回も例外ではありませんでした。
後輩の異動は新たなる苦難の予告編だったのです。
人員削減の火の粉は私にも大きく降りかかり、私は一瞬にして2人分の仕事(そのうち1人分は
元々の自分の仕事、残る1人分は後輩と共に異動となった管理職の男性の仕事)を引き受ける
ハメに(正確には了解した覚えなどなく、強制)
しかも追加となった職務の「そのポスト」は、いわゆる"クレーム・トラブル処理班"の責任者。
それはあたかも、「誰かがその役目を負う限り、他の人はそのポストから逃れ続けられる」という
PTAの会長職のような・・・。
明らかに「誰も引き受けたくない仕事の押付け」。

命令を聞いた瞬間、「天中殺!」という言葉が思い浮かび頭を殴られた気がしました。
周囲の誰もが「いくら上位方針とは言え、女性にやらせるなどありえない・・」と私に言いました。
中には「女は仕事に何も問題がなくても家庭との両立でいっぱいいっぱいなのに・・あまりにひどい
仕打ちでfeeさんにかける言葉がみつからない。いっそパワーハラスメントで訴えてみてはどうか」
と一緒に涙してくれた同僚女性もいました。
しかし、誰もが保身に精一杯のわが職場では他人をフォローする余裕は元々なく、仮に反論でも
しようものなら「じゃぁお前がやれ」となりかねないため、表立って戦ってくれる人など皆無。
当初、同情的だった職場の空気は時間が経つにつれ「feeさんには気の毒だけど、あれが自分で
なくて良かった」的雰囲気に・・・
そんなわけで私はコスト削減という大義名分のもと、意味不明の、もしあるとすれば「彼女を任命
するという決定ならさほど良心が痛まない」とか「彼女ならかわいそうな目に合わせてもいいんじゃ
ない?」的発想で、まさに人柱にされたのでした。

さすがにその夜は涙ながらに夫に訴えました。

かつて私は何度も同じような目に遭ってきたけれど、今回ばかりはひどすぎる。
私がいつもいつもそんな役回りをさせられるのは何故?
この人生を私が選択したと諦めるしかないわけ?
「そのポスト」の補佐メンバーには私よりベテランの社員が男女合わせて5人もいる。
責任者にされてはたまらんとばかりに、彼らが「下位業務」に群がり仕事を抱え込もうとする中、
私は補佐メンバーでもないのにその周辺業務に携わる一員としてくそまじめに責任者を支え、
痛みを分かち合ってきた(つもり)。
人として正しいほうを選び続け、自己犠牲を続けてきた結果が「これ」

仕事量が多いだけなら全然耐えられる。耐えてみせる。
問題は職能無視、役職無視のこの人事。
「そのポスト」は、私の倍ぐらい給料を貰っている男達でさえ手に負えないというのに。
年季と専門性で言えば私より「そのポスト」に近い候補者が5人もいるのに何故私?
新たに男性を選任すると恨まれるのが恐いから女の私を選んだとか・・・?
コストダウンの狙いって、実はそこ!?

悲しいかな成果主義一辺倒のわが社には成績評価の尺度に「業務の難易度、苦痛度」といった
モノサシはなく、ましてや「頑張り度」や「誠実度」なんてものもない。(そういった意味では人事
制度の整っていなかった昔、上司の判断で適当に成績をつけられていた時代のほうが、まだ
正当な評価だった気がする。特に女性は。)
評価が高くなるわけでも、忍耐手当てがつくわけでもない「そのポスト」はまるで「終わりの無い
罰ゲーム」。
「そのポスト」の歴代メンバーの中には、重圧に耐えかね辞職していった人もいる。
心を病んでしまった人も知っている。
罰ゲームからいち早く抜けんがため怠慢を続け、「そのポスト」から運よく外された人もいたけど
それってどういう意味?
何故、自分を犠牲にできる正直者だけが延々罰ゲームを・・・?

宇宙の法則でも何でもいいから、私が納得できる説明をして欲しい。
罰ゲームを一度も経験することなく会社人生を終えることができる大半の人々。
罰ゲームに耐えかね、泣く泣く会社を去った人。
心を病んで人生を台無しにしてしまった人。
怠慢のおかげで罰ゲームから下ろしてもらえた人。
利用価値アリ、と見て「そのポスト」周辺に繋がれ遂には生贄となる私。
それぞれ、どんな因果が・・・?
私、前世でよほど凶悪犯罪でも犯したんだろうか。
それともこれって、容姿や運動神経の違いみたいなものとして受け入れるしかない・・・?
(容姿にも運動神経にも恵まれない私は、それらに恵まれた人と人生トータルで幸福度が同じ
とは到底思えない)

人はおそらく「feeさんだから」と無責任な言葉を無神経に言う。
事実、私よりうんとベテランの補佐メンバーの女性には
「年季が入ってても私は別。
feeさんと違って私なんか全然ダメだから・・・。」
と面と向かって言われた。
正直、悲しかった。
そうやって人を特別扱いしてみせて、実は自分を特別扱いして。
「私なんて」と言うだけで責任から逃れ、自分を永遠に甘やかせることが出来るのだから。
彼女に悪気は無いのだろうけど、これまで培ってきた何かがプツリと断ち切られた気がした。

・・・ともかくこれまでにも色んなピンチやドロ沼があったけど、「給料は我慢代」と自分に言い
聞かせここまで耐えてきた。
でも今度ばかりは本気で会社を辞めることを考えないといけないかもしれない。
あの職場に、これ以上の我慢の末に「なりたい自分」などいない。
冗談ではなく覚悟しておいてほしい・・・。


私の嘆きの一部始終を聞き終えた夫は静かに言いました。
「お母さん(私のこと)の気持ちは置いといて、事実だけ言うと、頼りやすい人はどうしても
穴埋め役として更に頼られてしまうんだよ。
頼みにくい人より頼みやすい人につい言ってしまう、それは世の中の道理だからしょうがない。」
(いつも夫はこんな感じ女心がわからない)

「私が知りたいのはそういうことじゃなくて
やらされる本人、つまり私にどんな学びやご褒美があると?
たとえば、会社でもう何年も笑えない私と、毎日笑える人との差は??
この状況から逃れる方法は会社を辞めるしかなくて、楽をして笑ってる人は一生会社に居られる
という、そこにどんな意味が?
これがバブル期なら、『あれが人生の転機でした』って転職や起業もできたかもしれないけど・・
今はせいぜい近所のスーパーのレジ係だよね?
それとも、コンビニ経営でもすればいい?」

「そう言われたら・・・今は『徳を積んでいる』、としか言えないよ。」

「私が、まだ徳を積み足りないと?」

「そこは人と比べても仕方がないよ。皆それぞれ違う人生なんだから。」

「私、人生に起こるだいたいのことは『学びなんだ』と思ってやってきたけどさすがに今回は
そうは思えない。
そう思える日が来るとも思えない。」

「慰めにはならないかもしれないけど・・この前テレビでサッカーの本田選手が言ってたよ。
『僕が怪我をした時、皆さんはかわいそう、とかこれでもう本田も終わりだ、って思ったでしょうが
僕は、このピンチは神様がくれたまたとないチャンスだと思った』って。
彼は『起こった事実を受け入れることが大切』だと言ってたよ。
すぐに受け入れるのは難しいと思うけど、物は見方一つなんじゃないかな。」

翌日、E子に相談をするとやはり同じような答えが返ってきました。
「今はひたすら辛いと思うけど、この事件の意味がわかる日が必ず来るよ。
きっと、これは何かのキッカケなのだと思う。
人生に不要なことは決して起こらないんだから。ことfeeならなおさら。
それまでは『天に貯金』と思おうよ。
でも、だからって納得できないのはよーくわかる。
ただ、万が一会社を辞める結果になったとしても、辞める前に傷病休暇でも何でも取りまくって
からにしないとダメよ!
私たち今まで20年以上、会社には散々滅私奉公してきたんだからね!」
と・・・。

それから約1ヶ月。
同僚らが手出ししてくれることといえば以前と変わらずごくルーチンな「下位業務」のみ。
心の痛みをわかちあえる人はおらず、あまりの孤立無援に泣きたくなる日もあります。
疲れ過ぎて翌朝目が開けられないこともしばしばで、家でパソコンを使う時間も激減、不妊
治療もフェードアウトの状態です
今さらながら、自分の内面という小さな悩みに囚われていたかつての自分はつくづく幸せ
だったと思います。(これも「幸せは感じ方次第」ってやつですね)

しかし「慣れ」なのか、一時は息も出来ないほど辛かった状況は深呼吸できるくらいにまで
落ち着き、今のところストライキを起こすこともなく精神科にかかることもなく(笑)会社へ
行けているのはレイキのお陰かもしれません。
一つ一つの経験は確かに自分を強くしてくれるようで、「何であれ経験させてもらえるのは
ありがたい」と思えることも増えてきました。
夫の言うとおり「ピンチはチャンス」なのかもしれません。
この状況に関してはまだ納得も達観もできておらず、この先、どんな喜びや希望を見出せば
よいのか、さっぱりわかりませんが・・・。

そんなわけで、良くも悪くも価値観を大きく覆され、新たな価値観を模索させられた1ヶ月でした。
当然、内面の悩みどころではなくなり、スピリチュアルカウンセラーRさんのところへ行く計画は
中断しています。
しかし今回の事件を通じて「実はどの問題も根っこは同じなのでは・・・?」と思えるようになり、
内面的な問題とあわせて自分を見つめ直す作業を試みているところです。
ここのところE子や夫に何度も相談にのってもらったおかげで、つくづくカウンセリングは重要だと
認識したため、頭の中の整理が出来たらぜひRさんを訪ねてみたいと思います。
スピリチュアルに傾きすぎてPTAという現実を見るハメに・・・と思いきや、本当に見せたい現実は
これだったのかという心境です。



すべての望みを引き寄せる法則 夢を叶えるタッピング
すべての望みを引き寄せる法則 夢を叶えるタッピング


苦手意識は捨てられる NLP脳トレーニング
苦手意識は捨てられる NLP脳トレーニング


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2013年03月26日

七人の敵がいる

更新が遅くなりました。
このところ元々不調だったところへ個人的な試練が続き、冴えない日々を過ごしていました。
これほど継続的な不調は始めてのことで、一時は記事のネタを書き留める気力もなかった
ため、今回はネガティブ感満載の乱文となってしまうことを先にお詫びしておきます。
(現在は不調のピークを過ぎ今後の打開策を試行錯誤しているところですので、今しばらく
様子を見守っていただけたら幸いです。)

以下、治療レポートと近況です。

(移植後黄体補充)
年明けからの冬季うつ傾向はあまり改善していない。
聞けば、E子もそしてレイキつながりのE子の友人も同様に沈んでいるのだという。
私もその友人もE子という親株の影響下にあるせいだろうか?
しかし最近は、無理やりではあるが事あるごとに「ありがとうございました」と唱えるように
したところ、自然と感謝の念がわき起こるようになってきた。
世間にはこれを「ありがとう教」と批判する人もいるらしく、私自身それを実行するなんて
つくづく追い詰められていると思うが、実際「ありがとう」を意識することで生きるのが楽に
なったという話はよく聞く。
「追い詰められた時にこそ真我が開ける」というのは真実かもしれない。

胚移植後、時々下腹部がシクシクするためなるべく温かくして安静に・・と思うが、こんな
時に限ってトラちゃんは朝晩おんぶや抱っこをねだり、「トラちゃんくつしたはいてないん
だから、おたーしゃんもはいたらだめーっ!」などと反抗期パワー全開で理不尽な要求を
してくる。
普段トラちゃんに大甘の夫は珍しく「トラちゃん、お母さんはお腹が痛いんだよ。そんなこと
言っちゃダメだよ!」と叱ってくれた。
夫も今回でラストチャンスかもという思いがあるのだろう。(でも結局靴下は脱がされおんぶ
をするのも私。)

移植後4日目、D20で黄体補充のプロゲデポー注射のため通院。
看護師さんに「大事にしてね」と言われたが、そろそろ着床期と考えその晩は夫と仲良し。
出来ることはやりつつも「結果は天に委ねるのみ」だとしみじみ思う。

(移植後5日目)
保育園のPTA総会があった。
今思えばこれがこの先約1ヶ月に渡る試練の始まりだった。
年長組で会長になるリスクを避けたいというのは皆同じで、次期年少組(つまりトラちゃん
の組)は役員定数に対し約2倍の立候補者があったらしい。
抽選の結果わが家は運よく?次期役員メンバーに当選。
嫌なことを1年先送りせずに良かった、と思ったのも束の間、いざ当選すると昨年TVドラマ
にもなった小説「七人の敵がいる」の冒頭シーンがフラッシュバックした。
小説では小学校が舞台だったが、主人公は保護者役員会を皮切りに学童保育の父母会、
自治会・・・とどんどんPTAワールドに引きずり込まれていくのだ。
現に周囲の先輩ママ達は皆同じような経験をし愚痴をこぼしているので、自分もこれが
スタートラインかと思うと気持ちが萎えた。
ネットにはPTAがらみのお悩み相談は不妊治療情報なんかの数倍は転がっており、「誰も
が引き受けたくない長がつく役を決める場に赴くと、人の嫌な面を期せずして垣間見ること
となる」なんて書かれているのを読むと、出欠覧への記名を躊躇してしまった。
翌朝、食卓の上に一晩放置された出欠用紙を見た夫が「僕がやってもいいよ?」と申し出て
くれた。
しかし思えば婚活時代「一度ぐらいは結婚して結婚生活の愚痴など言ってみたいもの」と
望んだのは当の私なのであり、やはりここで逃げるわけにはいかない。
「ここは私が通るべき道」と腹をくくり、私が出席することにした。

18:00という無配慮な集合時間にイラだちを覚えながら会場に到着すると、まずは園長先生
から「小学校の役員になると、保育園よりうんと大変だと聞きますので、ここは練習と思って
がんばってくださいね。」と励ましだか脅しだかよくわからない挨拶。
続いて現会長から本日の目玉の議題である執行役員決めについての説明があった。
ネット情報に違わずわが保育園も長がつく役員を決める際には毎回すったもんだがあるよう
で、そのすったもんだの歴史を感じさせる「執行役員決めのルール」が幾つも存在していた。
もちろんこういった類のものは進んでやりたい人などいないのが普通で、私だってそう。
その後組ごとに分かれて話合いとなったため途中経過はよくわからないが、次期会長への
立候補者はなく、次期年長組役員の中からあみだくじで選出となったようだった。
その過程で相当モメたらしいことは年長組の席から漂う空気感でよくわかった。

ここで会の進行は無情にもたった今決まった次期会長にバトンタッチ。
次期会長はまだ心の整理が出来ていないといった様子で表情が硬く、早いうちに役員に
なれて良かった、と心から思ってしまった。
そんな光景を目の当たりにしたせいもあるのだろうか、いざ次期年少組(つまりわがクラス)
の中から会計を一名選出せよ、という段になるとあみだくじはどうも違う・・という気持ちに
なった。
と言うのも、「子供1人につき必ず1回役員をする」というルールがあるにも関わらず、聞く
ところによると過去に一度も役員をしていないのに新役員に立候補しなかった次期年長組、
つまり、あわよくば役員をしないまま卒園しようという考えの保護者が数名いたというのだ。
(もちろん個別に立候補要請の案内はあるので確信犯)
その、自分だけは逃げ切ろうというその考え、私にはとうてい理解できないものがあった。
年長組から漂う空気感といい、次期会長の顔色といい、会長があみだで選ばれた理由が
わかった気がした。
そりゃー私だって役員は嫌だし避けられるものなら避けたい。
少し前までは夫に任せようと思っていたくらいだから。
しかし保育園に子供を預かってもらっている親の気持ちとして「子供がお世話になっている
のだから、請われれば引き受けます」という気持ちがあってしかるべきと思うのだ。(とは
言え自分が年長組メンバーだったら会長に立候補できたかどうか・・・)
ともかく、そんな裏事情を聞くと「大役をあみだで決めるってどうよ!?」という思いが沸々と
わいてきた。
せめて役員全体から選ぶならともかく、これからも長いおつきあいとなる同じクラスの役員
ママわずか3名の中から会計を選べなんて・・・!
もし自分が当選くじを引いたら、(次期会長のように)敗北感ありありで非常に気分が悪い。
運よく他の誰かが当選しても、なんだか私の犠牲者みたいで気が引ける。(あみだくじが
公平と言う人もいるが、私はどうもそんな風に思えない。)
そして大役を逃れて内心喜んでしまう自分のダークサイドを見るのも嫌だし、そんな風に
見られるのも嫌。
そもそもこんな究極のボランティア、その場でくじ引きではなく事前に立候補または個別
交渉がスジでは・・・?
そんなことを考えているうちにわがクラスも「じゃああみだにしましょうか」という空気に。
とその数秒後。
「私、やります。」と口が勝手にしゃべっていた。
顔を上げると、ママAさんは申し訳なさそうな表情を浮かべ、ママBさんはラッキー♪と
ばかりに手をたたいていた。

その後役員全体の中からその他の執行役員を選出。
急に静まり返り皆が己の気配を潜めようとする中、現会長が「あみだくじやジャンケンは
最終手段にしましょう。ぜひ立候補を。」と進言。
私と同じ考えなのだと思うと嬉しくなった。(できれば総会の冒頭で進言してほしかった)
途中、多少のすったもんだ(役の取り合いとか遠慮し合いとか)はあったもののほとんどの
役は一応立候補の形で決定。
中には過去に執行部を2度経験しているという殊勝なママもいた反面、「○○ちゃんママと
同じ役ならやりますけど・・」という、連れショ○女子みたいな人もいた。
しかし三役に次いで仕事が大変と噂の広報1名がどうしても決まらず、「じゃぁ残った人で
ジャンケンを・・」となったその時、先ほどの同じクラスのママAさんが「私、やります。」と
手を挙げた。
「世の中捨てたモンじゃない」と感じた瞬間だった。

その後会がお開きとなり、駐車場に向かう道すがら「後悔してません?」とママAさんに声を
かけられた。
核心を突かれた私は「うーん・・もちろん好き好んでやるわけじゃないですけど、ただあみだ
はちょっとね・・・」と言葉を濁すしかなかった。
帰宅後、どっと疲労感が押し寄せたのは言うまでもない。

その夜は頭の中でさまざまな思いが巡りなかなか寝付けなかった。
選択肢の中のおそらく「正しいほう」を選んだと思うので執行部になったのはまぁヨシとして、
それよりもああいう場に行くと病的に消耗してしまうのは何故だろう?
そう言えば保育園で集まりがあるたびいつも思うことがある。
保護者たちってなんであんなに強い!? なぜあんなに濃い!?(もちろん全員ではないが)
私よりひと世代も下の人ばかりだからそんな風に感じるのだろうか?
伸び代のない40代で産んだ私と違って、彼女らは若くして子供を2人、3人と育ててきて
いるから??
長年会社組織でもまれてそれなりに気苦労を重ね、たとえば「パートさん」よりは世間慣れ
しているつもりでいた私は、子供が生まれてからというもの、たびたびその鼻をへし折られ
自分の勘違いに青ざめている。
みんなどこで成長(成長、という言葉が適切かどうかわからないが)してきたのだろう!?
私、どこで負けたんだろ!?(負けという表現も適切かどうかわからないが)
私が20年以上培ってきたことって単なる勘違い!? 
会社というある意味安定した枠組みの中で長く働き、自由気ままな独身生活を送っている
間に、人々は世の荒波や結婚生活を通じて「世渡り術」を着々と身につけていたのか、と
思うと、自分が定年後家庭や地域で無能人間と化すモーレツオヤジ社員のように思えて
くるのだった。
しかし自分のことはまだいいのだ、我慢すればいいだけだから。
何より、こういう私の虚弱体質がトラちゃんに知らず感染してしまうのが怖い。
子は母を見て育つのだ。
トラちゃんさえいなければ易きに流れ、仕事的にも人間的にもこれ以上成長しなくてもいいや、
とさえ思えるのに・・・。

翌日、胸のつかえが取れないまま会社へ行くと、あまり居心地が良いとは言えない職場
なのに、この日ばかりは「会社は極楽だぁ〜」と心から思った。(これは貴重な気づきだった)
過去に保育園会長や小学校のPTA役員を歴任してきた同僚は
「feeさん偉いっ!!
そういう気持ちの人が多いと、すごく運営がしやすいんだよねー。
人間ってだいたい2種類に分かれるものでね。
たとえば『小学校の6年間で二人に一人が役員をやる計算です』って言われたら、『じゃぁ
一度はやらなくちゃいけないな』って腹をくくる人と『何が何でも逃げ切ってやる』って思う人。
で、そこそこ前向きな前者らは低学年で進んで役員をやってしまうでしょ。
そしたら高学年になるにつれて後者の人達の中から役員が選ばれることになるんだよね。
高学年のほうが何かと大きな行事が多いのに、矛盾だよね〜。」
と言っていた。
なるほど似たような状況がわが保育園でも起きている。
個人的には役員選出は立候補制が基本だと思いたいが、そんな矛盾点も出てきてしまう
のであればくじ引きも悪くないのかな、と思った。

また育児の大先輩でもあるE子に一部始終を話すと、こんな返事が返ってきた。
「心中お察しするわぁ〜。
私もそういう場ではいつも苦手意識に満たされて消耗したし、その感触を忘れるために
すごーく時間がかかった。
そういう時って仕事に助けられるよね。
ただ私の見てきたケースで言わせてもらうと、そういう場で強い態度を取る親の子よりも、
静かにご奉仕のみするような親の子がいろんな意味で優秀だったわ、如実にね。
会社が本番と思ってる私やfeeと、PTAが本番と思っているような連中、どちらが正解とは
言えないけど、一つ言えることは世間には自分の苦手意識を刺激してくる連中が必ずいる
ってこと。
私も、その最たるものがPTAであり運動会でありスポ少だった。
いまだに苦い記憶だし、子育てに何の確信もつかめていない私からアドバイスできることは
あまり無いけど、人それぞれ超苦手分野はあると割り切ること、そして逃げなかった自分を
褒めること。
立候補したんだから『何も引け目に感じることはない』と思うことにする。してしまう。
苦手を克服したい気持ちは立派だけど、修行を引き寄せかねないから修行と思わないこと。
でもそのAさんなんかはいい意味で引き寄せだと思うよー。」

E子はいつも私の心に寄り添い、的確な言葉をくれる。
今回も彼女の話を聞くうちに少し心が軽くなった。
キャリアウーマンで社交的で、強豪スポ少の保護者会長までやってたE子でさえあの空気は
大の苦手だったのだ。
そしてみんな苦手意識とつきあいながら、確かに成長してたんだ。
ならば人より出遅れている私が苦手意識を感じるのは当たり前。
ここはとりあえずE子の言うように、逃げなかった自分を褒めよう。
そして自分の選択を否定しない。
この結果で良かったのだ、と思った。

(移植後7日目)
朝からノドが痛いと思ったら、夕方には悪寒があり38度の熱が出た。
ここ数日トラちゃんが咳をしていたので「うつったかな」と思い風邪薬を飲み就寝。
翌朝になっても微熱があったが、仕事を大量に残してきたためとりあえず会社へ行かねばと
思い出社するも、頭は朦朧とし体の節々は痛み悪寒がほてりに変わってきた。
止むを得ず午後から早退しその足で医者へ行くとインフルエンザA型の判定が出た。
自分の仕事も心配だが、夫やトラちゃんにうつっているのではないかと不安

(移植後8日目)
翌朝になるとタミフルのおかげで随分体が楽になっていた。
インフルエンザの高熱にさらされると卵が半年分ほどダメになってしまうと聞くが、予防接種
をしていたお陰か、熱が38度台を超えることはなかった。
職場に電話をすると、最低3日は休むようにとの指示。
とは言え決算期だし、例の成果報告会が目前に迫っているのに何も準備ができていないので
明後日には出社すると言ってはみたが、「来なくていい」と言われた。
新婚旅行以外で仕事を複数日連続で休むのは入社以来これが始めてのことだった。

(判定日)
移植後10日目。
着床の気配はなく、妊娠検査薬を使わずにこの日を迎えた。
体調は回復していたが会社へ行けないので、珍しく日中にクリニックへ。
到着すると、診察の前に検尿があった。
採尿の際、うっすら茶オリを発見し今回もダメだったことを確信。
診察室に行くと
「うーん、陽性、出てませんねぇ・・・。
凍結した卵も無いし・・・次、どうしましょうかねぇ。」
と先生に言われ、残る1個の受精卵は凍結まで持たなかったことを知った。

「これでもう3回採卵したことになるんだねぇ・・。
どこかでいい卵が採れればいいんだけどね・・・。」
平日の午前中で閑散としていたせいか、先生はカルテをめくりながらいつになくのんびりと
親身に語りかけてくれた。

「あのー・・たとえば薬を使わずに自然で採卵するといい卵が採れたりするものですか?」
「それがいいって言う医者もいるけどね、僕はそうは思わないね。
1個だけしか採れないんじゃねぇ・・そもそも卵管さえ通ってるならAIHやタイミングとおんなじ
ことでしょ?
卵にとっては卵管の中が一番いいんだから。」
「そうですね・・・。
じゃぁ次は人工授精でお願いします。」
「うん、feeさんはちゃんと自力排卵するからそれがいいかもしれませんね。
AIHもIVFも妊娠率は変わらないと思いますよ。
じゃ生理9日目か10日目にまた来てください。」

というわけで次回はAIHとなった。
高度治療はこれでひと区切りかな、と思うと後ろ髪を引かれるよりも安堵の気持ちのほうが
大きいのが意外だった。
ただ、クロミッドを飲んだ次の周期は妊娠しやすいと聞くので次のAIHに期待をしたいと思う。

(リセット)
D29、周期28日目でリセット。
私のインフルエンザは誰にもうつることなく終息しホッとしたのも束の間、数日後には例の
成果報告会、そして保育園のクラス別懇談会と私にとって苦手な行事が目白押し
しかし3日も休んだせいで仕事は溜まりまくり、報告会のプレゼンシート作りがはかどらない
焦りと不安も手伝って、憂鬱感は最高潮だった。
それでも苦しい時の神頼みでレイキのトレーニングだけは欠かさず行った。
「すがるものがあってよかった」とつくづく思った。

(成果報告会)
D7。
とうとうこの日がやって来た。
気休めのつもりで出勤前に5分だけレイキして出社。
予想どおり本番は準備不足がたたり、ところどころつっかえながらのプレゼンとなったが
何とか出番は終了。
いつものことながら他の発表者の意気込みには圧倒されっぱなしで、ここでもまた「私、
いったいどこで負けてしまったんだ!?」と、保育園と同じ劣等感を味わうこととなった。
保育園のことならば「それは私が仕事中心の生活をしているせい」と自分に言い訳が
できたのに・・・。
「ここでもか」と思うとめまいがした。

報告会が終了し職場に戻っても、期待していたほどの開放感は無かった。
ここ数日、自分の弱点をまざまざと見せ付けられたせいで「ヤマ場を乗り越えた」という
安堵感より「これからどうするのさ、自分」という焦燥感が強かった。
が、よく考えてみると報告会(あるいは保育園)という場がなければそんな自分の弱点を
思い知ることもなかったわけで、それを知らずに過ごすよりは良かった。
やはり試練は必要があって起きているのだな、と思う。
そう言えば、昨年の今頃も同じ思いに満たされ「スピーチセミナー」なんかを見学してきた
のだった。
今年はPTAの件もあるし報告会は毎年続くし、本気でセミナーに参加したほうがいいの
だろうか、と思った。

この日、残業をしていると一通の社内メールが届いた。
開いてみると、私が新人の時にかわいがってもらった大先輩Mさんからのものだった。
私は気づかなかったのだが、Mさんは今日の報告会の場で私のプレゼンを聞いていたと
いう。
今や課長にまでなっている彼女に私の情けない姿を見られたと思うと恥ずかしかったが、
結局このメールがキッカケで一度食事でも、という話に発展した。
お互い職場が離れメールや年賀状のやり取りはしていたものの、Mさんに会うのは実に
20年ぶり!
嫌な試練の中にひとついいこともあったと思える出来事だった。

(報告会翌日)
D8。
保育園のクラス別懇談会があった。
この懇談会、子供の保育園での様子を先生から教えてもらえるいい機会なのだが、その後
決まって保護者同士の意見交換の場が設けられており、これが私はどうも苦手。
というのも出席者(主にママ)の中には常に子供の自慢話「だけ」する人、「うちの○○ちゃん
はこんなこともできて、あんなこともできて・・」と延々語る人がいて、自己アピールが苦手な
私は少々疲れるのだ。
「うちの○○ちゃんの話は皆さんも興味シンシンですよね!」とばかりに熱弁されると、心の中
でつい毒づきそうになる自分に嫌悪するし、何より、彼女らの話を聞いていると「あの人達と
自分の温度差は、やはり育児と仕事の重心のかけ方の違いから来ているのだろうか?」とか
「そんな風に語れない私って、子供への関心が薄すぎ!?」などと考えてしまう。
ちなみに今回私は「家で娘が自分でご飯を食べようとしないので困っています」という自虐(?)
ネタを話したのだが、子供の悪いところや悩みを発言した親は私ただ一人だった
なるべく比較しないように、みずから線引きしないように・・とは思いつつ「自分よりひと世代
も若いママ達って『愛され世代』だから自分(や自分の子供)を卑下なんてしないのかなぁ〜」
と思わずにいられなかった。

さて一連の修行?がやっと終わりかと思いきや、このストーリーには続きがあった。
懇談会がお開きとなり、帰り際ふと隣の教室を見ると、隣のクラスのママ達の輪の中に昨日
の報告会の出席者の顔を発見したのだ。
その彼女はクールな美人で報告内容も素晴らしく、事業部長らが手放しで褒めていたので
よく覚えているのだが、報告会後の茶話会の席でかなりお高くとまっていて、「わ、この人、
ちょっと苦手・・もうご一緒したくないかも。」と感じた人だった。
昨日の今日でこれは私に何を見せようとしているのか、とドキドキしながら保育園を後に
したが、その胸騒ぎはしばらく収まらなかった。

保育園を出ると、その足でかかりつけの耳鼻科へ。
インフルエンザ後どうも喉の調子が悪く、AIH前までにこれを完治させたかった。
花粉やらPM2.5やらが飛び交う季節柄、耳鼻科は患者で溢れ返っていた。
しばらく本を読んで診察を待っていると、一人の女性が隣の席に座った。
見れば先ほどの懇談会に同席していたママAさん(広報に立候補した人)で、お互い偶然を
驚きながらも懇談会の話やPTAの話で盛り上がった。
そういえば耳鼻科に向かう車の中で「今日はAさんと話せなくて残念。話したかったな。」
と思った記憶が確かにある。
また、報告会が近づくといつも「昔の先輩Mさんのように自分に自信がある人は、プレゼン
なんてちっとも苦じゃないんだろうな。」とMさんを懐かしんでいたのだが、その思いがMさん
との再開を引き寄せたようにも思える。
ただの偶然と言われればそれまでだが、このところ弱りきっていた私は「ネガティブな感情が
苦手な人を引き寄せ、ポジティブな感情が会いたい人を引き寄せた。」と思わずにはいられ
なかった。

(AIH周期診察 
D9で卵胞チェック。
LHの検尿があった。
「20ミリだから意外と育ってるね〜。
でもLHサージがまだなので、明後日もう一度チェックして日を決めましょう。」
とのこと。
クロミッドを飲んだ翌週はいい卵が育つという先入観があるせいか、エコー画像に映る卵が
いかにも「いい卵」のように見えた。

気がかりな行事はすべて終わったというのに、まだ気持ちが晴れ晴れしない。
不調のピークはインフルエンザと共に過ぎ去ったと思ったのに、むしろ問題を知った今の
ほうが気が重い。
そんな調子なので職場での人間関係もややギクシャクしたものを感じていた。
というのも、一人だけ心を開いてくれない後輩(女性)がいるのだが、職場の誰に対しても
そっけない態度なのであまり気にしないようにしていたのに、最近どうも彼女のことが気に
なって仕方がないのだ。
無口な彼女は何を話しかけても「はい」「いいえ」だけで会話が発展せず、仲良くしようにも
取り付く島を与えてくれない。
私が意識するせいか、私が彼女の席に近づくと相手も身構えているような気がした。
というか妙な確信を感じていた。
このことがどうも気になり、これまでの偶然の現象も合わせてE子に相談すると
「普段レイキをやっている人は"上"と直につながっているから、ネガティブな思いはとことん
ネガティブに実現しやすくなり、その逆もまたそうなんだって。
その彼女、会話はないのにfeeとネガティブな感情のキャッチボールをしてしまってるんだね。
最初にボールを投げたのがfeeかどうかはわからないけど、気になるならfeeが断ち切るしか
ないよね。
でも私なら"親しくても腹六分"でそんな人とは必要最小限の接触に留めるだろうに、和顔施の
努力をするfeeは偉い!」
と言っていた。
やっぱりか、と思った。
放つエネルギーと同等同質のエネルギーが返ってくる、つまり引き寄せの法則なのだ。
謎の鍵を解くヒントを一つ得た思いだった。

浮かない顔をしている私を見かねた夫からは
「結果に感謝するのも悪くないけど、レイキは未来に対して『うまくいきました。ありがとう
ございました。』って言うほうが効くんだよ。
それ、実行してる!? してないでしょ。
僕は仕事で毎日実行してて、これまで何度も助けられてるよ。
明日から一週間、試しにやってみるといいよ。」
とアドバイス。
要はアファメーションのことを言いたかったらしいが、夫はそんな言葉は知らないので
聞きかじりの知識と自分の経験で語ってくれた。
確かに、未来に対してのアファメーションが出来ていなかったと思った。
もっとも夫のスピリチュアル体験はといえば「発注しなければ在庫が無いと思っていた
部品が、『会社に1個ありました、ありがとうございました』って唱えたら、本当に会社に
偶然あった」とかそんなレベル。
私が抱えるものとは次元が違う、と思いたい。

翌日はMさんとの食事会だった。
私が入社した頃既にシングルマザーだった彼女は、仕事への取組み姿勢が他の女性社員
とは格段に違い、今や管理職の地位についている。
しかも当時小学生だった息子さんは外科医として活躍、既に結婚し7歳の子供(つまり彼女
にとって孫)までいるという!!
私と彼女は10歳も違わないというのに・・・。
私が報告会の愚痴をひとしきり言うと
「あんなの、自分が日々やってることを話せばいいだけだから楽勝じゃん。
まぁ確かに北○鮮のアナウンサーかと思うような勢いで語る人もいたから、feeちゃんがビビる
のも仕方ないか。
あーいうのは慣れだよ、慣れ!
ウチの息子なんてずーっとクラス会長してたから、人前でしゃべるのだけはほんと達者だよー!」
と笑っていた。
慣れと言われても、凛々しいMさんを見ていたら「それはやはり母の血でしょう」と思わずには
いられなかったが、トラちゃんが同じように母の血統を受け継いでいるとは考えたくなかった。

(AIH周期診察◆
D11で2度目の卵胞チェック。
ふたたび検尿。
「22ミリなのでいつ排卵してもおかしくないんだけどLHがまだ薄いね・・。
明後日は休診日なので明日AIHやっちゃいましょう。」
ということでAIHの日程が決まった。
HCGを家で自己注射させてくれればもっとタイミングが合うのに・・と思うが仕方がない。
帰宅後、就寝前に排卵検査薬を使うとまだLHは薄く、夫に「明日の夕方にAIHをしたいのだ
けど午後から仕事を休めない?」と聞いたが「明日は絶対無理」と言われ撃沈

この夜、育児サイトを見ていた時に「子供の頭の良し悪しは母親で決まる」という記事を発見
した。
それは「その父賢にして、その子の愚なるものは稀(めずら)しからず。その母賢にして、その
子の愚なる者にいたりては、けだし古来稀(まれ)なり」・・・つまり「賢い父の子が必ずしも賢い
とは限らないが、賢い母の子は皆賢い」という名言があるほどで、昔から人々は母の血統に
着目していたというのだ。
先輩Mさんの記憶も新しい私はやっぱりか、と思った。
Mさんだけではなかった。
そう言えば今年の大河ドラマの主人公八重とその兄は非常に聡明な人物だったそうだが、何
より2人の母が非常によく出来た人だったと正月の番宣でさかんに言っていた。
野口英世や福沢諭吉など後世に名を残す偉人も母が立派だったという話をよく聞く。
今年はいつになく職場に受験生の親が多く、特にここ数ヶ月は彼らの愚痴を聞かされ続けて
いた私は、この話にトラちゃんの行く末を案じてしまうのだった。

(AIH当日)
朝の時点でLHサージはまだ出ていなかった。
となると、朝AIH後にHCG注射で強制LHサージ→今夜は体力的に夫が無理なので明日の夜、
早めのタイミングでダメ押し、という流れでいくしかない。
夫は私のお腹と採精容器に「がんばれよ〜!」とレイキをかけて出勤。
朝イチでクリニックに行くと、今日は採卵の人が多いらしく1時間ほど待たされた。
明日のタイミングも生かしたい今となってはHCG注射は遅いほうがありがたい。
結局10時過ぎにAIH(未排卵、23ミリ)、10時30分頃にHCGとなった。

(AIH翌日)
予定どおりAIHの翌日にダメ押しのタイミング。
ネット情報によると、HCG注射の後40時間ぐらいで排卵するようなので本当は帰宅後すぐに
でも・・と思うが現実にはそうもいかず、結局いつも通りトラちゃんを寝かしつけた後の沙汰と
なった。
ギリギリ間に合っていることを祈りたい。

先日の夫とE子のアドバイスを元に、会社では「危ない」と思ったら即心の中で感謝を唱える
ことでネガティブな感情が続くのを阻止、家ではレイキをする際にとりあえず明日の幸せを
アファメーションしてみたところ、一番しんどかった時に比べれば気持ちが随分マシになった
ように思う。
Mさんと再会し元気を分けてもらったことや、時間薬が効いてあのヤマ場の記憶が薄れつつ
あるというのもあるかもしれない。
例の後輩女性の横を通る時も「いつもありがとね」と心の中で無理やりつぶやくように心がけて
いたら、珍しく向こうから朝の挨拶をされ驚いた。
久しぶりに体重計に乗ってみるとなんと-2kg!!
もう戻れまいと思っていた数字に戻っていてビックリ。
そういえば最近は制服のウエストが緩かったような。
インフルエンザのせいかそれとも心労か・・・!?と思い夫に話すと「実は僕も最近、体重が落ちて
きた」と言う。
単にここしばらく手抜き料理だったせいかも。

(AIH後判定待ち)
最近はヨガ教室の後、わずかな時間ではあるがE子とファーストフード店でお茶をしながら情報
交換をしている。
前述の母の血統の話をしたところ、幼児教育に明るいE子は
「親は皆、子供をいい大学に行かせたいとか言うけれど、家の構造に例えると大学なんていくら
でも取替えがきくカーペットみたいなもの。
コミュニケーションや社会のルールの基本を学ぶ保育園や幼稚園時代こそ、やり直しがきかない
基礎工事だと言われているんだよ。
大学なんてその気になればいつでも入り直せるけど、保育園は二度と入れないんだからね。
基礎がしっかり出来ていない家にどんないいカーペットをひいたってダメ。
トラちゃんの将来を案じるなら、くれぐれも今を大切に過ごしてね。」
と諭された。
まったくその通りだと思った。
もしかすると私が抱える悩みも、独身が長すぎたとか仕事に重心をかけ過ぎてきたとかじゃなく、
幼児時代にまで遡ったところに原因があるのかも・・とふと思った。
かつて自分が通った保育園(トラちゃんの保育園に私も通っていた)でこの歳になり苦手克服を
迫られるというのも因果な話だが、私がこんな調子では今が大事なトラちゃんにとっていいはず
がない。
何とか上昇せねばと思った。

そのE子は最近、ヒーラーHさんの紹介でRさんというスピリチュアルカウンセラーに会ってきた
のだそう。
自称本の虫なのに本を手に取れなくなるほど不調だったというE子は、Rさんのカウンセリング
を受け色々と開眼したことがあったようで、私にもカウンセリングを受けるよう勧めてくれた。
レイキマスターでもあるRさんは、レイキ以外にもペンデュラムを使ったダウジング(潜在意識
を開く)やインナーチャイルドセラピーなどを得意としているらしく、まさにザ・スピリチュアリスト
というかんじ。
少し前の私なら遠慮したかも?と思うような人物だが、このネガティブスパイラルからの脱出を
目指し悪戦苦闘中という絶妙なタイミング、そしてE子がRさんに言われたという「病んだ心で
レイキするよりカウンセリングを」の言葉がまるで自分に言われているかのように感じ、次の日
にはRさんに会ってみようという気持ちになっていた。
Rさんのサロンが私が通うクリニックと番地しか違わないほどすぐ傍だったという偶然にも因縁
めいたものを感じた。(何せクリニックは自宅から1時間半の遠方なので)
E子によると、カウンセリングの時間が限られているため話したい内容をあらかじめメールして
おくといいとのことで、現在頭を悩ませながら文章を練っているところだが、自分の内なる問題
だけでなくトラちゃんを育てる上でも何かヒントを与えてもらえるのでは・・・?と期待をしている。


そんなわけで胚移植は残念な結果に終わり、現在AIH周期の判定待ちです。
今回は余剰凍結胚が得られなかったため高度治療目的での通院はもう無いかな、と思いつつ
クリニックから完全に離れる前に、通院がてらぜひ一度Rさんを訪問したいと思っています。
そしてテクニカル面としては、PTA執行部を引き受けたこともあり、ここはやはり話し方セミナー
でも受講して場数をこなし度胸をつけようか・・などと考え中です。
某小町掲示板では「PTA役員をするとママ友ではなく友人ができますよ」というアドバイスを
発見し一筋の光を得た思いですが、いやはやまさか「お見合い道」が「PTA道」と直結していた
とは・・・
あらためて目の前に開けた新たなステージに感無量(?)です。



★「母親たちのつながりに依存するPTAという組織、『本当の敵』はどこにいる?」
七人の敵がいる (集英社文庫)
七人の敵がいる (集英社文庫)


まさかわたしがPTA!?
まさかわたしがPTA!?



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2013年02月22日

トラちゃん3歳

トラちゃんは3歳の誕生日を迎えました。
元々言葉が早めだったトラちゃんはますます口達者になり、「○○ちゃんのおうちには
プリキュアのゲームがあるんだってー!」などと報告されてはもうそんな女子の会話を
しているのかと驚かせられます。
おしゃれにもうるさくなってきて、これまでは青色が好きだったのに「△△ちゃんに青は
男の子だよって言われた。」と気にしてみたり「トラちゃんもXXちゃんみたいにズボン
2つ(要はいまどきのレギンス&ショートパンツの重ね履き)着ていく〜!」などと言い
出すように。
そこでふと保育園の女の子達の服装を気にしてみると、いつの間にかみんなおしゃれ
になっているではないか!
これまでお下がりのトレーナーにズボンといった服装しかさせてこなかった自分を反省し、
さっそく服を買いにいくと「女の子らしいのにしてね〜!」と注文をつけるトラちゃんなの
でした。

また最近は「うちにはお兄ちゃんとかお姉ちゃんいないのー?」「うちにも赤ちゃんがくれば
いいのに。」などと言うようになり、親としては結構辛いものが
努力していないわけではないのがせめてもの罪滅ぼしとは言え、こればかりはどうして
やることもできず、「そんな言葉が出るのは人との関わりが楽しいと感じ始めた証拠」と
捉えるようにしています。

一方でようやく終わったと思っていた「イヤイヤ期」が再来。
思い通りにならないと延々未練がましく泣きわめくため、日に何度も鬼さんのお世話に
なっています。(「鬼さんに電話するよ〜!」とか「鬼さんの保育園に連れてくよ!」など。)
些細なことで注意をすると「だって〜が悪いんだもん!」と責任転嫁・自己擁護のへりくつ
を言い返してくるようになり、近頃はそのへりくつの中に小さな嘘もチラホラ。
最初のうちは「へりくつを言えるなんて頭の回転がいい証拠。」と聞き流していたものの
さすがに嘘が混じり出すと不安になり、何と諭せばいいやらと母に相談すると「これから
がいよいよ反抗期の本番だよ〜。」と脅されたのでした。

そんなトラちゃんは寝る前の哺乳瓶(しかもフォローアップミルク)がずっとやめられず、
相談サイトには「それは完全に断乳の失敗です」なんて厳しい言葉もあり少々気になって
いました。
そこで「3歳になったら哺乳瓶は捨てようね。」と言い聞かせ本人も「3歳はコップだよね。」
と言っていたのに、誕生日の夜、コップでお茶をあげたところ「チューチュー(哺乳瓶)じゃ
ないといやーっミルク!ミルク!」と大騒ぎ!
「哺乳瓶はゴミ収集車が持ってっちゃったよ。」と言っても「だめーっ!お店やさんで買って
きてぇぇー!おねがいぃぃ〜」と泣き落とし。
しかし心を鬼にして哺乳瓶は復活させず、両者渋々ながらも"コップで低脂肪乳"の妥協案
で中間合意を得たのでした。
赤ちゃんの頃と変わらぬ表情で哺乳瓶に吸い付くトラちゃんの姿が見られなくなったのは
残念ではありますが、これで親子ともどもまた一つ成長かなと思っています。

さて今回は、前回記事でチラっとお話したお正月の実家での話題から。
私のきょうだいは私をはさんで姉と弟で9歳差、その子供達も下はトラちゃんの3歳から
22歳までと大きな開きがあります。
家庭の事情はそれぞれゆえ、ライフスタイルや考え方は違って当然なのですが、今回は
改めて「同じ家に生まれ育ちながら、それぞれの人生を歩むうちに価値観がこうも違って
しまうものなのか・・・。」と考えさせられるものがありました。

まず会うたび驚かされるのが姉の東京志向の強さ!
姉は子供が2人とも成人しているというのにいまだに「東京で暮らしたい」と本気で夢見る
ような人なのです。
その姉のバックグラウンドを紹介すると、小学生の頃から特に勉強しなくても成績優秀・
要領良しの性格がたたり高校に入学したとたん落ちこぼれ、10代後半は家出1回、停学
2回の積み木崩し(死語)状態で両親を悩ませながらも地元短大を無事卒業。
県内では一流と言われる企業に親のコネ就職。(当時父親はまだ現役だったので・・)
バブル期ピークの中、25歳で旧家の跡取り息子と恋愛結婚。
すぐに二児をもうけるも当時は育休制度などなかった上、姉は「育児はなるべく自分で」
というタイプではなかったため(というかそうでないと仕事を続けられなかった時代)家事は
もちろん保育園や習い事の送迎、授業参観や懇談会に至るまで育児は全て舅姑まかせ。
完全同居のため家のローンはなく、子供の節目ごとに多額の祝い金を舅姑からもらい、
娘と東京へショッピングや家族で海外旅行はしょっちゅう・・と同居の恩恵を存分に受け、
仕事と育児の両立や金銭面に関しては苦労知らず。
フルタイムで働きながらもネットモールに出店し、海外で買い付けてきた雑貨を売りさばい
たり、起業を目指してセミナーに通ったり(結局諸事情によりあきらめたらしい)できたのも
舅姑の協力があればこそ。
しかし常に"現状不満型"な姉はその恩恵には一切目を向けず、口を開けば己の不遇の
恨み節と姑の悪口ばかりでした。

そんな姉も子育てがひと段落した頃、長年勤めた会社に嫌気がさし転職。
ところが間もなく転職したことを後悔しはじめ、実家に来ては新しい職場の愚痴ばかり。
ようやく愚痴が出なくなったと思ったら、今度は娘の大学入学を機に「学費がかかるから」
という理由で(理由は多分それだけではない)給料の良いサービス業に転職。
しかし世の中そううまくはいかないもので、ハードな仕事と劣悪な人間関係に再び愚痴る
日々。
「やめときゃいいのに・・」と思った私の予感は的中でした。
現在は「もう何がなんでも今年中にあの会社辞めてやる!」が口癖で、そんな職場環境も
あり「東京にマンションを買って子供達(どちらも大学生)と一緒に住もうか。」と半分本気
で考えている様子。
「その歳で何で今さら東京なわけ!?」と聞くと「たとえば東京は情報の量が全然違う。街も
華やかで活気がある。この田舎は仕事の帰り道にどこにも寄るところがなくてつまらない。
田舎の仕事はしょせん田舎の仕事、東京に住んでいたら私にはもっと色んな可能性が
あったはずなのに・・。」
とまるでハタチの娘みたいな答えが返ってきたのでした。

私に言わせれば情報なんてネットがあればじゅうぶん。
仕事帰りに寄り道するくらいなら、一刻も早く家に帰りおうち時間を充実させたい。
もし東京で暮らしていたらって、そりゃー確かに都会は人口が多いから選択肢も多い。
でも都会の魅力を満喫するにはそれなりのお金が必要なわけで、よほど収入の良い夫
に恵まれない限り、姉のような贅沢な暮らしはそう出来ない。
しかも都会は子供を保育園に入れるのも難しく働きたくても働けない。
運よく働けたとしても、親が近くにいなければそんな楽ちん生活も成り立たないわけで。

っていうか姉はこれまで享受してきた幸運、たとえば同居のメリットだけではなく田舎に
いるからこそ得られるものもあるということに目を向けようとは思わないのだろうか?
嫌なものから逃れればハッピーだけが残るとでも・・・?
良い風に考えれば気が若くて元気な証拠とも言えるけど、そもそも姉は老後のことを
考えないのだろうか?
私などはもう随分前から、年老いて車を運転できなくなった時の茶飲み友達の重要性
を感じ、週末ごとに孫が遊びにきてくれる生活を夢見ているというのに・・・。

もちろんそういった姉とのギャップを感じるのはこれが始めてではない。
でもこれまでは「私は大学時代を東京で過ごしたのに対し姉は昔から都会に憧れながら
も地元を離れたことがなく、その満たされなさ感がいつまでも執着となっているのだろう。」
ぐらいに思ってた。
が今回じっくり話を聞いてみると、どうもそれだけではないような気が。
もしかして、姉がいつも不満げで家の外にばかりエネルギーを向けてしまうのは、嫁ぎ先
で舅姑に仕えてきた同居の抑圧のせい・・・!?

私は舅姑のストレスはほとんど無く、小さいながらも自分の城を手に入れ、キッチン用品
を一つ新調するだけでもゴキゲンになれるけど、姉はそんなささやかな幸せを知らないの
かもしれない。
自分で建てたわけではない古い屋敷に愛着を持てるはずもなく、まして舅姑に数年前まで
は大姑もいて、子供達は東京へ・・となれば私のように"おうち生活を楽しもう"などという気
にはなれないかも。
もしや姉はこの歳になってなお、私以上に人生の本番を歩んでいる気がしないのかも?
・・・そんな結論に思い至り、やや同情的になったのでした。

そんな姉の娘(私の姪)は都内のいわゆるお嬢様女子大の大学生。
幼い頃からバレエやら海外留学やらとにかくお金を注ぎ込まれて育ち、姉のブランド志向
DNAをそっくりそのまま受け継いでいる。
就活セミナーにウン十万円をかけた成果か?上場企業に就職が内定し当人も姉も鼻高々。
春からは都心の高層ビルで働くのだそうで、既に家賃14万円のマンション(!)に引越しを
済ませ、当然親からの援助は今後も必須らしい。(というより親がしてやりたい。)
その姪にとってUターン就職は「ありえない選択」なのだそうで(これも母である姉の刷り
込み。)Uターンして名もない会社の事務員になって職場結婚して・・っていうのは「人生
最悪のシナリオ」なのだとか。
そういえば私も心当たりはある。
この辺の高校生は昔から都市部への進学志向が強く、私の高校時代は地元に残る生徒
のことをクラスメートだけでなく教師までもが「ネイティブピープルコース」などと揶揄して
いたっけ。
当然、20数年前の私も姪と同じ考えで「田舎に戻って就職するなどありえない」と思って
いたのに、親の猛反対に合い泣く泣くUターン。
ところがいざ親になってみると当時の両親の気持ちは痛いほどわかり、トラちゃんにも同じ
ことを求めてしまいそうな自分がいる。
姪の言うその最悪のシナリオ、今の私なら「このご時勢に万々歳の人生じゃない!」と思って
しまうあたり、我ながら随分価値観が変わった・・・というかつまらないオトナになった!?

その姪の弟(私の甥)は在京私大の大学生。
中高時代は強豪チームで部活一筋だったためお勉強は今いちだが、そのお陰で実力以上
の大学にAO入試合格。
身体を鍛えれば心も鍛えられるというのは本当で、大人にきちんと挨拶や会話が出来る
この子はアルバイトに行く先々で「よく体が動く、気が利く」と気に入られ、社会人になれば
かなりいい仕事が出来そう。
年に一度しか帰省しない姪とは違い、祖父母や地元の友達を大切にしていて3連休のたび
に帰省するほどなのに、親(姉)はこの子も東京で就職させたい様子・・・。

ちなみに姉夫婦によると、口座引き落としの家賃・光熱費・携帯代とは別に、生活費として
の仕送り額が二人合わせて毎月なんと30万円なのだとか
この話には私だけでなく夫も弟夫婦もただただ唖然。
私はトラちゃんがたとえ東大に行ったとしてもそこまでの親バカにはなれない・・。(もちろん
我が家にそんな金銭的余裕はない。)

かたや3人の子持ちのわが弟はといえば、業績不振が続く会社にいつリストラされるかと
怯え、車は軽四、かろうじて携帯電話はあるもののパソコン・新聞の無い生活。
弟嫁は私達姉妹とは違って育児に専念したいタイプで、結婚後はガツガツ働くことはせず
子供を保育園に預けるため渋々午前中だけのパートタイマー。
よって当然可処分所得は少なく、家族旅行なんてもってのほか、世間の子育てファミリー
が毎週のように行く大型ショッピングセンターや外食は子供の誕生日だけの年3回。
週末は晴れれば公園、降ればトランプやボードゲーム・・と慎ましく過ごしているらしい。
子供が3人となれば取っ組み合いの喧嘩はしょっちゅう、整理整頓はとうに諦め家は万年
ゴミ屋敷状態というが、それはそれで幸せそう。
じゃれ合う弟の子供達を眺めていると、いつも一人遊びをするしかないトラちゃんが不憫
に思えてくるほどなのだ。
実家の母などは「子供の面倒は私がいくらでも見るから、(弟嫁が)もっと真剣に働けば
少しは家計が楽になるのに。」と私に愚痴ってくるが(そのくせ私には「働き過ぎでトラちゃん
がかわいそう」と言う)私はむしろ金銭的な損得勘定からフリーな弟嫁が羨ましい。

ともあれ、そんな生活が長いせいか弟も弟嫁も本当に無欲で「海外旅行に行きたい、東京
に住みたい。」と言う姉の言葉に「俺達、一生この県から出なくてもいいよな。実際もう何年
もこの県から一歩も出ていないよな。」と顔を見合わせるばかりでした。

かく言う私も元来現状不満型、情報に貪欲で都会好きという点で姉とは似たもの姉妹。
決定的な違いといえば、恋愛・結婚・出産に関して逆境知らずで来た姉に対し、私は辛い
婚活時代を経験したおかげで、やっとこさ結婚できたことや子供を一人授かれたことを
感謝しない日がないということ。
もちろん二人目のこととか叶わない望みはあれど、口に出して愚痴るほどの大きな不満
は見当たらず、今が人生で最良の時期なのでは?と本気で思っていること・・・。

ようは何が言いたいかというと、裕福でしかも行動派の姉が私ほどには幸せを感じている
ように見えず、きょうだいの中で最も貧乏な弟が一番幸せそうに見えるのは、
"幸せは感じ方次第"
つまり幸せは自分の気持ちひとつではないかな、と。
私の名言ネタ帳(本やネット上で感銘を受けたフレーズを書き留めるノート)にある言葉、
"人は欲が深ければ深いほど不幸"のとおり、叶わない欲望が多いほど人は不幸だと思う
のです。
レイキ風に言うなら、不満の芽を大きく育てないよう、自分が選択したものを否定しない
ことが幸せへの近道かな・・・と姉や弟を見て思う私なのでした。

私と違って超現実的かつ本質を追求するタイプでない姉にこんな説教じみた話ができる
わけもなく、この思いはブログ上でのつぶやきにとどめておきます。
もっとも当の本人は小市民な私や弟を哀れに思っているかもしれませんが・・・。

というわけでいつものレポートです。

(排卵期)
レイキセミナーを受けてしばらくは元気ハツラツだったのに、最近は鬱々とした日々が続い
ている。
お稽古ごとにしろ宗教にしろ、定期的に通う(集う)ことでモチベーションがキープされるよう
に、私のレイキもたまには交流会等に参加してブラッシュアップするのがいいのだろうが、
最近は夫の休みが不確定だったりしてなかなかそれもできず、元のネガティブポジションに
戻ってしまったような気がしてならない。
いわゆる"冬季うつ"なのか、それともとうとう更年期か・・?と思っていると、とあるサイトに
「冬の土用(1/17〜2/3)、つまり寒の時期はエネルギーが最も弱まる季節で、一年で一番
やる気が起きないもの。」とあり、なるほどと思った。

夫は正月休み以降休日がもらえず帰宅も遅いため少々かわいそうな気がしつつもD7、
D10でタイミング。
ネット上には"回数よりもタイミングが大事"という情報が多いが、「妊カラ」によると"禁欲
期間が短いほど精子の質はむしろ高まる"つまり、生産すればするほど不良率が下がる
とあり、回数と妊娠率は比例するとも出ていた。
今回は基礎体温もLH検査もしないつもりだったのに、D9でおりものが見られたため「もう
排卵!?」と不安になり排卵検査薬を解禁。
すると薄く反応が見られ、「やはり早発LHサージなのか?」とブルーになってしまった。
このまま検査薬を使い続けるかどうか迷ったが、早すぎる排卵を知ってしまうと「今回も
ダメだ・・」とネガティブになり悪い結果を引き寄せかねないのでその後は検査を中止。
が、D10からD11にかけて排卵痛(膨満感)があり夕方にはいきなり快便で、結局排卵を
確信してしまった。
私のように排卵直前はお腹にガスが溜まり排卵時(後?)に快便になる人は多いよう。
援軍を送るためD11も連続タイミング・・と思ったらその夜は布団の中で私にくっついて
離れないトラちゃんに何度も阻止されやむなく中止。(体が離れたとたん目が覚める
ただ、今周期は茶オリ(生理前出血?)で始まったため日数のカウントはアテにならず、
D10のタイミングはドンピシャだと思う。
ちゃんと成熟卵が排卵されているといいのだが・・・。

(排卵後)
排卵を確信した後はペースダウンしD12、D20で仲良し。
前回ご紹介したどくさまさんのサイトにもあるように、排卵時以外にも子宮内に精子が
あるほうが妊娠に有利という説からすると、交際1年目か結婚1年目が統計上最も妊娠
しやすいというのは合点がいく話。
受精するしか能がないと思われていた精子に何か他にも役割があるのか、それとも行為
そのものが鍵を握るのかは不明だが、非常に神秘的な話。
そのどくさまさんにいただいた「どくさま流不妊講座」の資料(ご自身の研究内容を元に
独自に作成されたもの)を夫に見せたところ、「本業が忙しいだろうに素晴らしいね。しかも
面白い!!」と感動していた。
彼のように探究熱心な医師に診てもらう機会が得られるという点では姉と同様に都会に
生まれたかったと思う。

その夫は最近、私が購入したレイキの本を熱心に読んでいて、風呂上りにヒーリングの
マネごとをしている。
元々私よりスピリチュアルに関心のある人なので、一度Hさんのサロンに連れていって
みてもいいかも。
Hさんと言えば、以前タロット占いで「現在は大きな重圧を背負っており、思いつめた状態
だが、近い未来は新しい道が開け変化がある。焦らず落ち着いて行動すれば願いは成就
する。」と言われた。
その当時は「新しい道、変化」は転院のことを指すのだと思っていたけど、今考えるとそれは
レイキのことだったのかも?と思う。

(リセット)
36.7〜36.8℃台をキープしていた基礎体温が36.5℃に落ちたD25にうっすら茶オリ。
翌日D26でリセット。
黄体機能不全であることは明らか。

翌日、トラちゃんが保育園から一通のお便りを貰ってきた。
見ればPTA役員選出の案内で、いよいよ来たかというかんじ。
トラちゃんの保育園は、子供一人につき必ず一回役員をやるというルールなのだが、子供
が年少のうちに立候補したほうが大役をせずに済むという話をよく聞くので、「次年度は
進んで立候補しよう。」と思っていた。
ところがこの日は生理の影響もあり超ブルー。
つい夫に「やるしかないと思ってたんだけど、今の精神状態じゃぁちょっと無理お願い!
やってよ〜!」と頼んでしまった。
更に「まだ年少だから会長はできないけど、どうせ立候補するならその他大勢じゃなくて
副会長とかをやらせてもらったほうが楽しいんじゃない?」とおだてると「確かにくじ引き
でやらされるより進んで立候補したほうが気分よくやれるな。それにその他大勢よりは
中心になったほうがやりがいがあるかもね。」とまんざらでもなさそう。
結局、夫の名前で立候補することに決めた。
しかし翌朝保育園に提出して会社に行くと「本当にこれでいいのか。」と心がざわつき
出した。
私の中の悪魔が「夫が嫌って言わないんだからやらせとけば?」と囁くいっぽうで天使は
「これは"逃げ"じゃないの!?」とか「ここで逃げたら同じかそれ以上の苦難がやってくるよ!」
と脅すのだ。

夫はおだてられたら嫌と言えないタイプで、小学生の頃から誰もやりたくない役まわりを
押し付けられてきたらしいが、私はその性格を隠れ蓑にしたことになる。
私より先に子育てをしているみんなが通ってきた道であり、私は随分遅れを取っている
のだと思うと、私が経験するべきとも思う。
そして実際問題、行事となると休日出勤の多い夫よりも私のほうがだんぜん協力できる。
仮に夫が仕事を休んで協力したとしても、そのたびに私は今みたいな後ろめたい気持ちで
満たされるだろう。
立候補した夫は全く悩んでいないというのに、立候補していない私がこんなに悩むなんて
笑ってしまうが、ここまで悩むということはもう私の中に覚悟が出来てるってことかも。
それに役員は嫌なことも多々あるけれど、知り合いが増えるなどメリットもあるというでは
ないか。
おそらく、第一回目の総会には夫ではなく私が出席するんだろうな・・・。
ま、そんな性格だから仕方がない。
レイキをやっていく中で現実とのバランスを取るにはいい機会かも。
このなりゆきを「委ねて」みよう、という気持ちになった。
同僚の先輩ママにこの話をすると「年少のうちに役員を済ませたいのは皆おなじだから、
立候補者が不足することはまずないと思うよ。当選した後のことよりも落選する心配を
しといたほうがいいかもね。」と言われた。
確かにその通りかも

(採卵周期診察)
D2で久しぶりのクリニック。
連休前後でもないのに待合室には座れない人が出るほど患者で溢れていた。
本を一冊読みきった頃ようやく呼ばれ、診察室に入りリセットを報告。
「昨日生理が来たので、また採卵をお願いしたいと思います。」
「そう、じゃ注射と点鼻薬でいく?それともクロミッド?」
「え〜と、注射だと毎日ですよね・・」
「そうだけど・・またクロミッドのほうがいいんじゃない。
クロミッドプラス注射で行きましょう。」
患者が多いせいか先生はピリピリムードで、本当は生理周期が早まっていることなども
相談したかったのだがとても言えない雰囲気だった。

来週は夫が久しぶりの休日をもらえそうだと言うので「じゃぁHさんのサロンに行ってみる?」
と声をかけてみた。
予想どおり本人は「行く行く!」と二つ返事だったのでさっそくHさんに連絡。
夫がレイキに関心を持っていること、いずれはセミナーも受けたいと思っていること、正式な
レイキ体験はないが、なかなか休みが取れないためいきなりセミナーを受けることは可能か?
・・と質問したところHさんは「ご主人も興味を持ってくださるなんて嬉しいですご主人とは
一度イベントでお会いしたことがありますし、feeさんからレイキを受けていらっしゃいますから
いきなりセミナーを受けられても大丈夫ですよ。」とのこと。
急きょ夫のセミナー受講が決まった。
E子に報告すると「なんて柔軟な旦那さんなの〜!ウチはレイキのことは墓場まで秘密だよ。」
と羨ましがられた。

D3でクロミッド開始、D5,D7で注射。
久しぶりに低刺激採卵の注射(フォリルモン150)の激痛を味わった。

(採卵周期診察◆
D9で卵胞チェック&LHチェック。
「1個だけ見えますねぇ。」
一瞬ガッカリするも、クロミッドと注射2本だけの刺激なんだから当たり前か、と思い直す。
エコー画像の数値は内膜7ミリ、卵胞20ミリ。
D9で20ミリは以前、採卵からAIHに変更した周期と全く同じ。
いやな予感を感じながら検尿を終え再度診察室へ行くと
「採卵は3日後のつもりでいてください。
明日もう一度診察して決めるけど、多分これ以上は待てないでしょう。
LHもうっすら出始めてるし、やはり少し早めなんだよね・・・年齢的なものですかね。」
とLH検査薬を見せてくれた。
D12での採卵は早すぎると思うが、もう20ミリになってるのだから仕方がない。
今回「採卵をやめますか?」とは言われなかったのはややフクザツな心境だが、やるから
にはせめて排卵済みとならないよう祈るばかり。

診察後、フォリルモン150の注射。
もしかするとこれが最後の刺激注射になるかも・・と思った。

この日夫はレイキセミナー1を受講してきた。
帰宅した夫に
「どうだった? レイキはしてもらえた?」
と聞くと
「レイキはしてもらったけどなんかあまり感じなかったというか・・お母さん(私のこと)に
してもらうのとあまり変わりなかったような。」
と期待外れの答えでセミナー代が惜しくなった。
「でもHさんには『入りやすいですね。』って言われたよ。
それにね、男性に伝授するのは始めてのことらしくて、『いい経験をさせてもらいました。』と
言っておられたよ。」
「えっそうなの!? Hさんに『男性は女性からの紹介に限りお受けしています。』って聞いて
たんだけど?
密室だしもしものことがあっちゃいけないから、男性は信頼できる女性の紹介ならOKって
いう意味だと思ってた。」
「多分それはカウンセリングやヒーリングなら、ってことだと思う。
これまでは、男性に伝授をお願いされてもやんわり断わってきたそうだよ。」
「そうなんだー・・Hさんに無理言ってしまったかな・・・。
でもなんでお父さん(夫)がOKだったんだろ?」
「わからない・・あでも最初に生年月日と名前を書いたら、『精神世界の人ですね』って
言われたよ。
それから趣味を聞かれた時に『特にありません』て言ったら『そっちの道を究めてみるのもいい
かもしれませんね』だって。僕、才能あるのかなぁ〜

・・確かに私よりは向いてると思ったからレイキを勧めたわけだけど。
というか、自分がレイキを極めるのは難しそうだからあわよくば旦那にマスターさせて・・と
こずるい考えもあったのだが。

その夜(私と違って)まじめな夫はレイキの練習をじっくり1時間やり、Hさんにすすめられた
「浄化期間ダイアリー」をつけ始めた。
夫は今日から21日間の浄化期間に入る。
試しに夫にレイキを当ててもらったところ、自分の手などとは比較にならないくらい、ほぼ
Hさんのヒーリングと同じくらい温かくて驚いた!
やっぱり「向いてる」かも。
セミナー代が惜しいなんて思ってごめんよダンナ、と思うのだった。

(採卵周期診察)
D10で2度目の卵胞チェック。
卵胞サイズは22ミリ、教科書どおりひと晩で2ミリ成長した。
「予定どおり明後日の採卵になります。
今日の夜8時にHCGを打たなくちゃならないんだけど、もう一度来れます?
feeさんは遠いから自己チューにする?これはあまり金額も高くないしね。」
「では自己注射にします。」
「じゃ使い方はまた後で聞いてってね。
それから明日は排卵を抑制するための坐薬を使ってもらうことになるので、その話も
聞いてってね。」

診察室を出てカウンセリングルームへ行くと、看護師さんから坐薬と自己注射の説明
があった。
坐薬は、排卵抑制のためのそんなうまい薬があるのか〜と素直に感心。
また自己注射の注射器はHMGの時のようなペンタイプではなく、ごく普通の注射器で
かなりだじろいだ
しかし午後からはトラちゃんの誕生会なので再通院は避けたいし・・と躊躇していると
「お腹だからそんなに痛くないと思いますよ。皆さんやっておられますから大丈夫よ〜。」
と励まされ覚悟を決めた。

帰宅後は予定どおりトラちゃんの誕生会。
3歳ともなると、誕生会をそれはそれは楽しみにしていてトラちゃんは朝から大はりきり!
自分で誰がどの席に座るかを決め、お皿やフォークをセッティングして私の帰宅を待ち
わびていた。
プレゼントはなるべく質素に・・とお願いして義両親からは「パズル」、私は小さな鏡や
櫛の入った「キティちゃんの身だしなみセット」とどちらもわずか数百円の品。
一番の目玉は夫(がプレゼントしたことになっている)からの「どうぶつしょうぎ」だった。
前回の記事でも書いたとおり夫はまったくノンクリエイティブな人ゆえトラちゃんと一緒に
工作とかはまず無理。
そこで何かないかと思い巡らしたところ夫が将棋好きだということを思い出し、3歳から
始められるというどうぶつしょうぎをネットで注文をしたというわけ。
夫は「将棋が出来るようになったら『トラちゃんと将棋が指せる』ってじぃちゃん喜ぶぞ〜♪」
と言いルールを教え込もうとしたが、当の本人はパズルとキティちゃんセットに夢中で、
どうぶつしょうぎには目もくれず。
結局夫と義父で熱い勝負をくり広げていた。
夫いわく、簡単かと思ったらそうでもなく結構奥が深いと言っていた。

片道1時間半のクリニックに一日2回も行かずに済んだのは良かったが、次なる問題は
トラちゃんだった。
彼女に自己注射を目撃されようものなら保育園や祖父母の家でしゃべられてしまうのは
明らか。
かと言って一人でトイレに篭って注射を打つ勇気はない・・・。
そこで早めに食事とお風呂を済ませ、19時半におんぶ作戦を開始した。
が、ようやく寝付いたところで布団に入れたとたん目がパッチリ開いてしまった。
時間は既に19時50分。
仕方がないのでふたたびトラちゃんを背負って寝かせ、起立したままのおんぶ体制で
夫に注射してもらうことに。
「躊躇しないで、ひと思いにお願い!」
と夫に言うと、夫も覚悟を決めたようで
「じゃー目ぇつむって!」
と言いプスリ。
ペンタイプの自己注射よりは数倍痛かった
お尻の注射よりはマシと思える痛さだが、これがもし毎日だったら絶対お断りだと思った。

(採卵日)
D12で採卵。
いつものごとく点滴のための血管がうまく見つからず痛い思いをした。
個人的には一連の治療の中では点滴を入れるのが一番苦痛だと思う。
しかしこれで最後の採卵かもと思うと先生や看護師さん、夫、トラちゃん、そして自分・・と
色んな人に対して「ありがとう」の気持ちでいっぱいになった。
手術台に上がると
「たぶん1個、もしくは採れないかもしれないけど、がんばってみましょうね。」
と先生。
心の中で「無事採卵できました。ありがとうございました。」と唱えている間に意識を失い、
目覚めたのは1時間後だった。

その後また1時間ほどまどろんだ後診察室へ。
「feeさん、小さいのも入れて3個採れましたよ。」
「え、3個もですか!?」
「1個以外は小さいんだけどね・・隠れてて見えなかったんだね。
受精確認は通常2日後なんだけど、この日はちょっと都合が悪いので3日目の朝に
電話してもらえる?」
「わかりました。
あ、それと今回はAHをお願いしたいんですが大丈夫でしょうか?」
「AH? いいですよ。
通常は凍結した時にやるんだけど・・凍結すると卵膜が硬くなるからね。
でも新鮮胚でも出来ますから移植の時にまた申し出てください。」

AH(アシステッドハッチング)の希望はすんなり通った。
先生の口ぶりだと特別な処置というわけでもなさそうで、もっと早くに申し出ていれば・・
と思った。
AMHを調べてもらう時にも感じたが、このクリニックでは患者が積極的にならないと
ダメみたい。

(受精確認)
採卵後3日目、D15で受精確認の電話。
「feeさん、3個中2個受精してますね。
1個はダメだったんだけど・・・移植、どうします?」
「じゃぁ明日でお願いします。」
「わかりました。じゃ明日は14時ぐらいに来てください。」
受精率100%とはいかなかったが、エコーで見えなかった卵を採ったくらいだから未成熟卵
があって当然だろう。
1個受精すれば儲けもの、と思っていたので素直に嬉しかった。
この夜は、自分もレイキをしながら夫にレイキを当ててもらった。

(胚移植)
採卵後4日目、D16で新鮮胚移植となった。
診察室へ行くと先生は受精卵の写真をくれた。
「1個は分割が止まってるんだけど、後の2個は分割が進んでますね。
今日はこれ、コンパクションっていうんだけど細胞どうしがくっつき始めてるでしょ、これが
始まってるほうが分割が早いのでこちらを移植します。」
「先生、前もお話ししたんですがAHをお願いしたいんです。」
「あーそうだったね、できますよ。
ただ、まだ胚盤胞になってないので殻は破れませんのでね。
殻を薄くする処置になります。」
「わかりました。」
ということで初のAH有り胚移植となった。
移植の順番待ちをしている間は病室で受精卵の写真にレイキを当てた。

移植はいつも通りわずか数分で終了、これまでは「うつぶせ寝で休んでね。」と言われ、
他の病室からも「うつぶせ寝で・・」という看護師さんの声が聞こえてきたのに、今回は
何故か「仰向けで」と指示された。
その時の子宮の位置や形によるのだろうか??
1時間ほど休みプロゲデポー注射で黄体補充後帰宅となった。
AHの料金はネット情報から2〜3万円が相場だろうと思いきや、支払いが無かったのは
驚いた。
もしかしたら判定日に請求が来るのだろうか!?
判定日は10日後、今回はレイキの力を多いに借りてその日を待ちたい。

・・・そんなわけで、無事移植を終え現在は妊娠判定日待ちです。
残る1個の受精卵が凍結できればもう一度移植のチャンスがありますが、凍結前に分割
停止してしまえばおそらくこれが最後の胚移植となるでしょう。
クリニックからは「移植後は夫婦生活を控えて・・」と言われてはいるものの、「胚移植後、
子宮内に精子があると妊娠に有利」という説も非常に気になるため、掟破りの仲良しを
決行しようかな〜??などと思案中です。



★以前、読者の方に教えていただいて以降愛読している、セラピスト溝口あゆかさんの公式
ブログ Care of the Soul "魂のケア" の直近記事
理想という名の罠
『「今」がダメだから、未来に幸せを求めるという形で理想が作られてしまうと、その「未来」
に到達するまでは、つまらない人生、仮の人生、まだ幸せじゃない人生、辛い人生などなど、
とにかく「不満足」な状態になってしまいます』
・・・このくだりはまさに私のことかとドキリとしました。
今回の姉の話にも通じるものがあります。


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2013年01月15日

2013年の抱負

2013年が始まりはや2週間。
少し長めの冬休みも終わってみればあっという間でしたが、この年末年始最も印象に
残ったのは、何と言っても紅白歌合戦の美輪明宏さん
個人的には彼が紅白初出場というのも意外でしたが、てっきりいつものピカチュウ姿で
"愛の賛歌"かと思いきや、麗しい「丸山明宏」に戻っての"ヨイトマケ"とは予想外でした。
そのステージは圧巻としか言いようがなく、涙が出るほど心揺さぶられたのは私が昭和
生まれだからでしょうか・・・?
翌日、「最も印象に残ったアーティスト」のネット投票ではやはり美輪さんが断トツ1位。
「他の歌手が色あせて見えた」「やはりタダ者ではない」「まるで舞台の第一幕、第二幕
を見ているようだった。」など大絶賛のコメントはわがことのように嬉しく感じたのでした。

正月にはきょうだい家族一同が集まっての食事会があり、今年は特に「同じ家に生まれ
同じ親に育てられながら、今やそれぞれが違う考えを持ち違う人生を歩んでいるんだ
なー」としみじみ感じるものが。
これについてはまた次回にでもお伝えするとして、新春恒例「新年の抱負」に入る前に
毎度の治療レポートから始めたいと思います。

(AIH周期診察)
D5よりセキソビット4錠を5日間服用、D12で卵胞チェックとなった。
普段D13あたりでLHサージが出る私は一両日中にはAIHになるだろうと予想しながら
診察室へ。
まずはLHを調べるための検尿かと思いきや先生は
「おそらくまだ小さいと思いますが一応見てみましょう。」
とのこと。
??と思いつつ卵胞チェックを受けると、先生の予想通りで卵胞はまだほんの11ミリだった。
「やはり排卵はまだ先になりそうなので、またセキソビットを続けてみてください。
次回は4日後でいいですよ。」

というわけで次回は4日後の診察となった。
卵胞サイズからすると4日後に再度チェックは妥当だが、となるとAIHはそれ以降、つまり
クリニックの年末休業にひっかかる。
果たして休業日でもAIHはやってもらえるのだろうか・・?
それともタイミングに変更??
そんな疑問は残るものの、年の瀬に仕事を休まずに済むのは大いにありがたかった。

帰宅後リサーチしてみると、セキソビットを使った場合は卵胞の成長が遅れがちになると
いう情報を発見。
複数の卵が育つから遅めなのか?とも思ったが、セキソビットでは複数の卵が育つことは
滅多に無いそうで、何故遅れるのかはよくわからなかった。

(AIH周期診察)
この日から私とトラちゃんは冬休み。
クリニックには子連れ禁止という明確な決まりは無いようで、実際たまに子連れの患者を
見かけることもあるが決してウェルカムムードではないため、トラちゃんを夫の両親に預け
診察へ。
この日は採卵をする人がいないせいか最終診察日にも関わらず空いていた。
診察室に入るとまず卵胞チェック。
「・・・んー?見えないな・・・」
先生はグリグリして卵胞を探した。
私も食い入るようにエコー画像を見上げたが、それらしきものは見当たらず。
「・・・feeさん、残念だけど排卵済みのようですね。」
「えっ!?そうなんですか?」
寝耳に水だった。
昨夜一度だけ使った排卵検査薬は薄い陽性が出たから、てっきり排卵が近いものと思い
込んでいた。
昨日の時点でLHサージのピークを過ぎていたのか・・・。
まじめにチェックしていなかったのが今になって悔やまれる。
「おりものとか体温で気づかなかった?」
「いいえ・・気づきませんでした。」
しかし言われてみればここ2日ほどはお腹にガスが溜まりがちだった。
あの膨満感は排卵だったのか。
「昨日か一昨日、旦那さんとは頑張ってみられてます?」
「いいえ。」
「だよねぇ・・となるともう手遅れかもしれないけど今日頑張ってもらうしかないですね。
排卵したばかりだとは思うんですよ。
ここに排卵した跡が白く見えるでしょ、これが17ミリくらいなんだけど、この大きさでも年齢
が高いと排卵する時はしちゃうんですねぇ。
セキソビットを飲んでるとあまり無いことないんだけどね。
今回は惜しいことになっちゃったけど今日頑張ってもらって、もし次に生理が来たらまた
相談しましょう。」

排卵抑制なしのAIHやIVFでは施術前に排卵済みとなるリスクがあることは知っていたが、
まさか自分の身に起こるとは。
成熟する前に排卵してしまうなんて、やはり年齢的なものなのだろうか。
だとすると卵胞の成長が遅れがちになるセキソビットは使わないほうが良かったのか・・・
前周期のガタガタの基礎体温といい、やはり体が限界にきているのか・・?
夫にメールをすると「残念。じゃぁ今夜は頑張ろう♪」と返事。
無知な夫の音符マークが憎らしく思えた。
せめて夫が休日ならすぐにAIHが出来たのに、夫は仕事で夜にならないと帰らない。
排卵済みの場合はタイミングはおろかAIHでもあまり妊娠例がなく、しかもサイズが17ミリ
では妊娠の可能性は更に低いのだ。
かと言って何もしないわけにもいかないのでやはり今夜頑張るしかないか・・・。
何とも後味の悪い今年最後の診察となった。

(診察日翌日)
この日基礎体温は一気に高温域に突入。
いつもは排卵後、高温期に移行するまで2〜3日かかっているので、もしかすると今回の
排卵は先生が思うよりもっと前だったのかもしれない。
しかしクヨクヨしても仕方がないので朝から大掃除に取り掛かった。
外周りのゴミを拾い、照明類を磨き、家じゅう念入りに掃除機をかけた上で雑巾がけ。
ザルや鍋は食洗器にかけてピカピカに、食洗器にかからないものは重曹でつけ置き洗い。
神棚のお神酒と家じゅうの盛塩を交換し、玄関に正月の花を活けてようやく終了。
トラちゃんが昼寝をしている間は、久しぶりにネガティブに傾きかけた心をレイキで癒した。
(まだまだ新米なので癒した「つもり」。)

(年明け)
年が明け、親戚一同が集まる食事会の場で驚いたことがあった。
これまでにも似たような場面があった気もするが、「トラちゃんは一人っ子の予定?」と
義妹が悪気もなく聞いてきたのだ。
それを聞いた義兄は「もう一人がんばらねばね。」とジャブ。
まさかこの歳で次子のことを聞かれるなんて、(高齢妊娠の無駄知識が豊富なだけに)
新鮮な驚きだった。
私が「ムリムリ。絶対無理。」というと一同「どうして〜」と不思議顔。
結婚や妊娠で焦ったことがない人達は、40代半ばでも本人の意思一つで子供が産めると
思っているらしい・・・(もちろん私が不妊治療をしていることは夫以外は誰も知らない。)
ちなみに「トラちゃんは一人っ子だから。」といつも私に釘を刺すように言い、内心グサグサ
やられている母はさすがにその不思議顔グループではなかったが、つい先日などは「最近
結婚したN○Kの△野アナウンサー、なんだかお腹が大きいみたい。きっとおめでたよ。」と
のたまい私をのけ反らせた。
私が「あのねぇ、子供が欲しくて結婚するならもっと早くしてるって。44歳がそう簡単に妊娠
するわけないの!」と言っても「そんなことないってー。まだ一人くらいは産めるわよ〜。」と
譲らない母に「ブルータス、お前もか」と思わず唸りそうになったものだ。
自然の摂理が彼らの認識どおりであるものなら、不妊クリニックなんて流行らない。
世間一般がそうであるように、わが一族もまた高齢妊娠に関しては全く疎いということを
思い知らされた出来事だった。

その後初詣や初売り、スーパー銭湯などで忙しく三が日を過ごすうちに、私は体調を崩し
熱を出してしまった。
更に一瞬生理かと思うような茶(赤?)オリも見られ、生理にしてはあまりに早すぎるため
調べてみると、セキソビットには不正出血の副作用があることがわかった。
私の場合は単なる黄体機能不全かもしれないが、ともかくセキソビットはもう使いたくない
と思った。
たかが37℃の微熱で体の節々が痛み昼間はほとんど横になっていたのに夜になると熱は
上昇し38℃に。
卵巣が高熱にさらされるのを恐れアスピリンを飲んで寝ると翌日はまた微熱で様子見・・・
というのを繰り返し発熱3日目の朝、見かねた夫に医者へ連行された。
医者が言うには「インフルエンザの可能性も無いではないが発熱後48時間以上経っている
のでタミフル等は今から飲んでも無駄だろう。」とのこと。
彼の言うことはもっともなのでそれ以上の検査はせず、感冒薬を貰って帰宅。
薬のおかげで翌日には快復したが、貴重な休日3日間を潰してしまい夫とトラちゃんには
悪いことをした。
一つ良かったのは、忘年会シーズンからクリスマスをはさんでそれまでに増えた体重が、
この3日間で一気に減ったことだった。
動かなくても食べなければやはり減るのだ。(当たり前)
南雲ドクターの「空腹になった時に遺伝子修復プログラムがオンになる」という説からする
と、熱がある時に食欲が出ないというのは理に叶っていると一人納得。

(リセット)
その後茶オリは数日続き、生理と言える量になったのはD25のことだった。
これまで大量のホルモン剤を使っても生理周期が乱れることはあまりなかっただけに、
この早すぎるリセットは大いに私を悩ませた。
良い黄体期が次の良い卵胞を育てるということは私もこれまで(特にクロミッドを飲んだ
後に)身をもって実感してきた。
逆に排卵が良好でなければ黄体期が良いものとならないことも知っている。(まさにここ
数週間がその典型。)
となると、今周期のIVFは見送ったほうが良いのでは・・・?と。
元々冬場の通院に反対していた夫は「もう一周期休んで体調を万全にしたほうがいい。
1月は僕の仕事もまだまだ忙しいからトラちゃんのためにも通院しないで欲しい。」との
こと。
彼の要望だけで諦める私ではないが、スケジュール帳を追ってみるとあの苦手な報告会
が迫っていることや、IVF周期となるとちょうど採卵日と人間ドックの日がぶつかりそう
なことに気づき、ようやく諦めがついた。
もしかすると、心のどこかではもう2人目には諦めがついていて「ラストのIVFはいつでも
いいや。」という気持ちもあったかもしれない。

休み中、両親とベッタリ過ごせたトラちゃんは明らかに普段より生き生きとしていた。
しかし保育園が再開すると朝は泣きながら起きてきて食事の準備ができるまでおんぶ、
それまで自分で食べていたご飯も食べさせてくれとねだり、トイレも着替えも私でないと
ダメになった。
それは明らかに愛情不足のサインだとわかるが、今の職場で働く限り登園は7時、お迎え
は残業なしでも常に18時をまわってしまい、トラちゃんと過ごす時間を増やす方法となる
と自宅近くの系列の事業所に転勤するしかない。
もちろん異動願いはここ数年(いや10数年?)出し続けているが、どこも人減らしに躍起に
なっていて沙汰はなし。
いっそレイキで転勤でも願掛けしようか?と思うけど、歳を取れば取るほど異動は苦労を
伴い、またハッピーになるとは限らないことをよく知っているだけに全力で願えない自分が
いる。(現在の事業所に異動したのはまだ20代だったが仕事と人に慣れるのに毎日血を
吐く思いだった。)
いずれにせよ今後は年金支給年齢引き上げに伴い定年も延長となり、体が動く限り働き
続けるしかないのだから、一歳でも若いうちに職住近接の部署に移りリタイヤを目指したい
という思いを密かに持ち続けている。

(リセット後)
IVFを見送ると決めた時、夫が「年齢的にIVFも自然妊娠も妊娠率が変わらないのなら、
せめて次の治療が始まるまで3日に1回とか頑張ってみる??いつも仲良くしているほうが
妊娠しやすいんでしょ?」と提案してきた。
出産前は排卵日近辺を狙っただけで簡単に2度も妊娠したので、確かにそういう頑張りは
これまで一度も試したことがない。
そう言えば最近愛読させてもらっている自称"不妊屋"、産婦人科医師どくさまさんのサイト
「妊活外来へようこそ」では、"ET前後に夫婦生活を持つと妊娠率が有意に上がる"とか、
"性的興奮を伴うほうが妊娠しやすい"、"ET直後の患者にお笑いステージを見せたら妊娠
率が上昇"など、教科書には載らないような裏ワザ(?)が紹介されていて、やはり妊娠には
人体の不思議というか神の領域があるのだと改めて感じる。
しかし3日に1回は現実的に無理なので5日か1週間に1回のペースで仲良ししてみることに
した。(そうは言っても毎晩夜10時に帰宅されると実行不可能なのだが・・・。)


そんなわけで今回もまた自己タイミング周期となっています。
通院がないと漢方や温灸をサボりがちですが、もしかすると薬や高度治療などよりも単純
に夫婦仲良くするほうが「宇宙バランスと調和」への近道かも??と思い、基礎体温をやめ、
夫の晩酌につきあい、レイキでスキンシップをはかるなどして夫婦円満に努めています。
(レイキの教えでは、宇宙バランスと調和した(=承認された)願いだけが叶うそう。)
人生に起きるすべてはよほどの意味があってのこと。
今しばらくは通院のないお休み周期延長戦を満喫したいと思います。


さて最後に2013年の抱負(ToDoリスト)を挙げておきます。

.譽ぅの練習を毎日行う。
師匠Hさんいわく「レイキは一週間くらい使わなくても能力は失われませんから、何もしない
日やじっくり取り組む日などメリハリをつけて練習してもいいんですよ。」とのことでしたが、
私はじっくり練習をする機会がなかなか持てないため、毎日数分でもいいから練習をする
習慣をつけたいと思います。

∪依整頓
毎年外せない永遠のテーマ。
今年は「7・5・1の法則」を意識して整理整頓に取り組みます。
ちなみに「7・5・1の法則」とは収納スペースの上限ルールに基づく片付け術で、

7:見えない収納(押入れやクローゼット、引出しなど)・・・使い勝手を考慮し、たとえ見えなく
ても収納物は上限7割までに留める。これを超えて収納すると、収納物を取り出しにくくなり、
使う気や片付ける気がそがれる。

5:見える収納(透明な扉の棚や扉のない収納棚、ペン立てなど)・・・見た目を意識し上限
5割。これ以上だと見た目にスッキリしない。

1:見せる収納(飾り棚、サイドボードの上など)・・・1割に留めることで飾ってある物を引き
立たせる空間が生まれる。美術館のガードマンがつくような芸術作品の展示などがその例。

・・・というものです。
これを実行できたあかつきにはさぞ快適な住まいとなりそうですが、わが家でこれをやる
には相当のアイテム数を捨てる勇気が必要です。
しかしほとんど使わない物のために収納スペースを割くのは確かに勿体無い話なので、
まずは結婚後一度も使っていないモノ、たとえばちょっと高かったよそ行きの服や頂き物
のティーセットなどから着手したいと思います。

普段着の断捨離法としては、一度着た服を常にクローゼットの右端にハンガーで掛けて
いく、という手法を試してみたいと思います。
そうすることによって自然と右側はヘビロテ服、左側は断捨離候補の服となり、左端から
順に何枚かを機械的に廃棄すれば失敗も未練も少なくて済むそう。
最近はあまり服を新調しないのでちょっと甘めに「年間6着」を目標にしたいと思います。
(下着類除く。)
また断捨離を実行する際のアイデアとして、捨てる物の記念撮影をして画像をパソコン
管理するといいそう。
画像が思い出として残る上、写真を見るたびに「こんなに減らせたんだー」と感動しその
モチベーションをキープできるそうなのでこちらも試してみたいと思います。

ハンドメイドに凝る
私の幼少期、3人きょうだいで母が外で働けなかったわが家はおやつと言えば母の手作り
お菓子、身につける服やカバン、ぬいぐるみなんかも全て母の手作りでした。
しかし昭和40年代といえば、そろそろ何らかの付加価値要素のある既製品が出回ってきた
時代で、私は母が作るおやつよりも市販のお菓子が欲しかったし、服やカバンもどことなく
ダサい(ということを幼心にも感じていた)母のお手製よりも人気キャラクターの絵柄つきの
既製品を持っている友達が羨ましくて仕方ありませんでした。
しかし今思うと、母の隣でお菓子作りを手伝ったり(邪魔したり?)母がセーターを編む横で
自分も何か編んでみたりしていた経験こそは私の原点だと思うのです。
たとえば料理は必要最低限を仕方なく・・だがお菓子作りは好んでやる、ハンドクラフトも
かなり気になるカテゴリーで、クラフトフェアなどがあるとつい足を運んでしまい自分も何か
作りたい衝動に駆られる・・など、自分の根っこの部分で興味があるものは母親との幼児
体験で刷り込まれたのだとつくづく感じます。
レイキの師匠Hさんに「女性的な趣味嗜好は母親であるあなたから大きな影響を受ける。」
とトラちゃんを占ってもらってからは、私も母のように手作りの楽しさを伝えられる親になり
たいという思いがますます強まりました。
幼児教育に詳しいE子によると、子供のやる気を引き出すにはとにかく幼い頃に数多くの
「成功体験」をすることが肝心とのことで、トラちゃんには手作りを通じて小さな成功体験
をたくさん味わって欲しいと思います。
一つ残念なのは、夫が無趣味でクリエイティブなことには一切無関心ということ
(鈍感な人ほど無趣味、敏感な人ほど多才だと思うのは私だけでしょうか!?)
DIY好きな旦那様には憧れます・・・

ぅ肇蕕舛磴鵑暴い事を一つさせる
これまで子供の習い事といえばスイミングやピアノが定番の印象がありますが、近頃は
習い事の上位に「ダンス」と「英会話」が入っているんだそう。
どちらも最近、学校のカリキュラムに組み込まれたため人気急上昇になっているようです
が、現実問題、地道な自主練習が必要なピアノなどは忙しい現代っ子には合わなくなって
きているのかもしれません。(近頃はレッスン日以外はピアノに触らないという子も多いそう
で、何とも月謝が勿体無い話です・・・)
しかしいざダンスや英会話となると、我が家の近所には平日17時開始といった教室ばかり。
子供の可能性を狭めないためには稼ぐしかないのに、母親がフルタイムで働くと結局は
選択肢が狭まるというジレンマです
よってトラちゃんは週末に通えるスイミングスクールかピアノ教室(またはリトミック付きの
音楽教室)ということになりそう。
ただ、「早期教育は危険」、「歯が生え変わるまでいかなる手習いも不要」という説も少し
気になるため、くれぐれも親が行き過ぎないようにしなければ、と思っています。
定番以外の候補としては夫とトラちゃんが一緒に合気道とか少林寺拳法(どちらも近くに
教室がある)を習うというのもアリかなと思っていますが、何かおススメの習い事があれば
ぜひ教えてください♪

ケ鷭个領更圓鬚垢
今年はTDL30周年ということで、再び訪問したいという思いがあります。
もう少しお金が掛からないところでは伊勢神宮や熊野古道へも一度訪問してみたいのです
が(ついパワースポット寄りに・・・)、トラちゃんは面白くないかも。

Ε好ー場へ行く
これはスキー好きな夫の希望。(そんな年代なので。)
実現すれば夫婦ともども結婚後初スキー場となるわけですが、トラちゃんのソリ遊びに終始
すると思われるため親が滑れるかは不明。
スキー&ボードはスキー好きの両親のお陰で私が人並みにこなせるようになった数少ない
スポーツゆえ、トラちゃんにも好きになって欲しいと思います。

Д瀬ぅ┘奪箸鬚垢
不妊治療では一治療周期ごとに体重が1kg増え、その後節制しても戻せるのはせいぜい
半分程度・・で現在は一年前より2kgほど増えています。
そんなわけで始めたのが「豚汁ダイエット」。
南雲ドクターのように一日一食生活は到底無理なので、まず夕飯の主食をやめ、主菜を
豚汁(または具だくさんスープ)にしています。
豚汁は具沢山なので満足感が得られる、根菜をたくさん摂取できる、数日分まとめて作り
置きができる、量によって主菜にも副菜にもなる、「お袋の味」なので飽きない・・など弱点
がありません。
ポイントとしては、根菜類は「皮つき」で調理すること(皮に含まれるポリフェノールが大事
らしい)と時々具を変えたりコンソメ味にしたりして飽きないように工夫するのが良いそう。
私は日曜日に大鍋で作ったものを小分けして食べていますが、豚汁が一つあると夕飯の
準備は大助かり!
しかしさすがに夏場の豚汁は厳しいので上半期中(6月まで)に目標値-2kgを目指します。

読書をする
昨年同様、年間目標6冊とします。
今年は不妊治療に通う回数が激減すると思うので、美容院に本を持参するなどして達成
を目指します。
面白い本があればまた記事内でご紹介していきます。

生協(配達)の利用回数削減
えらく現実的な目標です
当初は子供が2才までの配達無料期間が終わったら退会するつもりが、利用してみると
店にはない目新しい品が多い上、夕飯作りが面倒な時には何かと便利・・でついズルズル
続けてきました。(グループには入りたくないため個別有料配送。)
しかしこれがいつまでたっても「冷蔵庫にあるものでささっと夕飯を作れない」原因と見て
いる私は、生協の利用をやめない限り主婦力UPは期待できないと考えています。
とは言え、いきなり脱会となると厳しいので、毎週フル利用している現在のペースを見直し
「利用月額5000円以内」、「月に一度注文しない週を作る」を目標としたいと思います。

ブログを今年一年継続する
こんな目標を立てるということはそろそろお役目を果たし尽くした感があるわけで・・・
ブログを延々続けるのも結構なパワーが必要ゆえ、今後は「今年一年は続けてみる」と
いう気持ちで行こうと思います。
というのもかれこれ7年目に突入のこのブログ、実は終了しようと思ったことが過去に幾度
となくありました。
結婚した頃は「婚活ブログなんだから、結婚後は他でやれ」的なご意見もいただき、それも
そうだなーなんて思いつつ、婚活中の人は妊娠や出産についても気がかりなのではと思い
しぶとくタイトルを変えず継続。
育児休業が明けてからは仕事が多忙で、一時は本気でブログを閉じようと思いました。
昨年は不妊治療でこれまた忙しかったものの、治療のおかげでネタには困らなかったこと
や、読者の皆さんからの感想を治療の励みにしたいとの思いで続けることができました。
そして最近は不妊治療を終えるとこれといったネタがないことに気づき、「やはりこの辺が
潮時か・・・?」「いや、やめてしまうのは寂しいから三行日記程度の内容で新規ブログを
立ち上げようか・・」などと揺れていました。
しかし婚活や高齢出産といったキーワードでいまだに多くのアクセスがあるこのブログを
閉じるのは惜しく、何より新規ブログで一から自己開示をしていくのは相当面倒!(多分
放置しそう・・)
それにこのブログは私の「心の日記」兼「備忘録」でもあるので、自分の足跡としてたとえ
投稿スタイルを変えてもやはりこのブログを続けよう、ただしエンドレスとなるとしんどい
ので「今年一年は」ぐらいの気持ちで・・・という結論に至りました。
今後は日常のつぶやきを数行、なんてこともあるかもしれませんが、テーマやスタイル
は管理人と共に日々変化していく、ということでご理解いただければと思います。
(そのうち「スピリチュアル編」なんてサブタイトルつける日も来たりして!?)

ともあれ、2013年も何卒よろしくお願い申し上げます。



★「子供がwantではなくneedである不妊患者の力になりたい」と仰るどくさまさんのサイト。
妊活外来へようこそ
"不妊屋"になった経歴も不妊治療患者としては親しみが持てます。
(許可をいただきトップページお気に入りリンクに追加させていただきました♪)


★N○Kで放送された卵子提供についての特集番組。
急増 卵子提供
卵子提供を受けるため渡航する日本人女性の数がアメリカだけでこの3年で4倍に増加とは
驚きでした。
卵子提供に関する国内の法整備が進まないおかげで、自分は妊娠の可能性の低い45歳と
なっても体外受精の助成金を受けることができるのだと思うと複雑な思いがします。
N○Kでは「少子化防止対策として政府から要請されているのでは!?」と思うほどさかんに卵子
の老化や不妊治療について特集していますが、たとえゴールデンタイムに放送されても所詮
「人ごと」なのか、我が家族同様なかなか世には浸透しないようです・・・。


★最近、噂のゴボウ茶を試しています。
何か効果があればまた記事でお伝えします。
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★一昨年流行したカーヴィーダンスシリーズ。
今さらながら一家でこれにハマっています。
飽きない、楽しい、効くという点で非常によくできたDVDだと思います。
DVD付き 樫木式・カーヴィーダンスで即やせる! (GAKKEN HIT MOOK)
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