スピリチュアル

2015年09月15日

ヒプノセラピー

41歳になる直前に電撃入籍?をした私は、間もなく48歳の誕生日を迎えると同時に
結婚8年目に突入します。
・・の割に結婚生活も子育てもいまだ素人気分ですがトラちゃんの成長と自身の
老化はその歳月をしっかり感じさせてくれます。
ちなみに子育てを終えた友人が言うには「子育ての後悔は悶絶モノ。気づいた時に
は既に手遅れ」なんだそうで(晩婚晩産の比ではないと一蹴されました)、そんな
話を聞くと「まだ始まったばかりと思っている私の子育て、実はもう手遅れかも!?」と
悲観モードに・・・。
ところが今回のヒプノセラピーで思いがけずその核心に迫るヒントを得ることとなり、
これはぜひ伝えねばという思いに駆られPCに向かっています。

ではさっそく前回の続きです。

おまじないの呪文(マントラ?)のようなものを唱えたOさんは、ヒーリング音楽を別の曲
に変え、傍らに座りました。

「どちらの香りがお好みですか?」

2種類のエッセンシャルオイルが鼻元に差し出され1つを選ぶと、Oさんはアロマランプ
に垂らしました。
これも"その気"になりやすい儀式のようなものだろう。

「軽く目を閉じ、自然な深い呼吸でご自分の身体の中へ意識を集中してください。
・・・あなたは今、広い草原にのんびり寝そべっています。
心地よい風が体の上を吹き抜け、とても穏やかな気持ちです。
そうして、体からだんだん力が抜けていきます。
頭、肩、お腹、お尻、脚・・と順に力を抜いてください。
奥歯の噛合わせを緩め、眉間や頬の力も抜きましょう。
息を吐くたび体の中の淀みが出ていき、息を吸うごとに新鮮な空気で満たされるのを
感じて下さい・・・」

それはまさにヨガのレッスンの締めくくりに行う瞑想、"屍のポーズ"(シャバアーサナ)
のインストラクションと同じでした。
ヨガに凝っていた時は瞑想の何たるかもよく知らずに聞いていたけれど、あれは潜在
意識への導入だったのか。
言われるままにしばし深呼吸を続けると、Oさんは言いました。

「あなたはゆっくり起き上がり、草原を歩いていきます。
すると、その先に地下に下りる階段が見えてきました。
あなたは今から、その階段を下りようとしています。
階段はどんな階段でしょうか?
手すりをつけてもいいですよ。
自由に階段を想像してみてください。」

雑念が多く集中力のない私(HSP気質の人は"脳が多動"なんだそう)は、そういった
"念じ系"がとても苦手。
それでも何か言わなければ進まないので無理やり想像してみる。

「コンクリートの階段です。
金属の手すりがついています。」

「では、その手すりにつかまりながら、ゆっくり一段ずつ下りてください。
階段は全部で10段あります。
いち、に、さん、よん・・・・はち、きゅう、じゅう。
はい、地下に到着しました。
目の前に扉があります。
どんな扉でしょうね。」

いきなり扉と言われても、雑念だらけの頭にはすぐ出てこない。
というか、こんなにあれこれ考えてて本当に催眠状態になるのだろうか。
しかし時間も限られているので、また強引に想像してみる。

「はい、イメージしました。普通のドアだと思います。」

顕在意識が邪魔してドア、ドア、と念じていなければ消えてしまいそう。

「材質は金属ですか?木ですか?・・・それは大きい?小さい?」

普通のドアかと思ったら、近づいてみると結構大きい。
しかも木製かと思ったら重そうなスチール製だ。(と想像を膨らませた)

「スチール製の大きな扉です。防火扉みたいです。」

「ではそのドアを開けるために取っ手をつけてください。
どんなのでもいいですよ。丸いのでもレバーでも。」

「丸いドアノブにしました。」

「そのドアノブを握って、扉をゆっくり開けてみてください。」

「ドアノブはツルツルしていて、回そうとしても空回りすると思います。
扉自体がとても重そうで、しかも建てつけが悪くて開く気がしません。」

「じゃぁそのドアノブを取り替えちゃいましょう。
新しくて頑丈なレバー型に変えてください。」

「・・取り替えました。」

たぶん開かない、という思いはあったがとりあえず取り替えた気になってみた。
(後で聞くと、Oさんはここで「こりゃ手ごわいぞ」と思ったのだそう。)

「ではもう一度ドアを開けてみてください」

「・・・・・」

「開きましたか?」

「・・とても重くて・・・」

「じゃぁ私と一緒に力を合わせてあけましょう。
いち、に、さんで開きますよ、ではいち、に、さんっ!!」

ギィーと鈍い音をたててゆっくり開いた。(気がした)

「開きました」

「では扉の向こうに出てください。
とても明るい光に包まれた、大きな広場があります。」

昼間だったので、目を瞑っていても明るい所を想像するのは地下を想像するよりは
たやすかった。

「はい、イメージしました。」

「そこに小さな女の子、あなたのインナーチャイルドが隠れていますので探してみて
ください。
とても広いのでよ〜く探してみてね。」

ここには居そうにない、と感じたけど(本当はそういう心情も逐一Oさんに伝えるべき
だったか)無理やり幼児を想像してみる。

「いました。」

「どんな子ですか?  何歳ぐらいですか?」

「あの・・・私の娘が思い浮かんでしまうんです。」

「あらっ? それはまずいですね、娘さんが出てくるのは顕在意識の状態ですね。
わかりました、じゃぁ仕切りなおしてもう一度。
今度は、その広場の向こうのほうに小さな家が一軒あるのを想像してください。
どんな家でもいいですよ、お菓子の家でもログハウスでも。」

そこで最近マイブームの「赤毛のアン」のグリーンゲイブルスを思い出してみる。

「家がありました。」

「ではその家の中に入ってください。
あなたのインナーチャイルドが住んでいる家なので勝手に上がっていいんですよ。」

「入りました。」

「最初に入った部屋はどんな部屋ですか?」

「ダイニングキッチンです。」

「今度はキッチンに家具を配置してください。
テーブルとか食器棚とか。」

これもグリーンゲイブルスのダイニングキッチンを想像してみた。
DVDを全巻制覇したばかりなので、これはハッキリと描くことが出来た。

「配置しました。」

「家具はどんな色ですか?」

「ダークブラウンです。」

「その部屋のどこかに女の子がいると思うので探してみてください。
もしかすると、家具の陰とか押入れに隠れているかもしれませんので、よーく探して
くださいね。」

今度はトラちゃんではなくアンが出てくるのでは?と心配になりつつ想像の中を探して
みた。

「いません。いる気配がありません。」

「いませんか・・でしたら、他の部屋へ行ってみましょう。
寝室とか子供部屋とか、家を探検してみてください。」

グリーンゲイブルスは寝室も子供部屋も2階にあるので、階段を上がってみた。

「いました。」

いた!!という確信はないけど、居たことにした。

「どこで何をしていますか?」

「ベッドの中で眠っています。」

ほとんど出まかせだった。(Oさんゴメン

「じゃあ、もうお昼なので起こしてください。」

「・・・目覚めたようです。」

「それではパジャマを脱がして着替えをさせてあげてください。
せっかくなので、その子が一番好きなお気に入りの服を着せてあげてね。」

「・・・・・・・・!!」

突然涙がどっと溢れてきた。
なんで?? どーして!? と混乱するほど、感情より先に涙が流れ出て焦った。
慣れていると言ったとおり、Oさんは特に驚きもせずティッシュペーパーを箱ごと私に
くれました。

「・・・何を思い出したのか教えてもらえますか?」

「・・・お気に入りの服が無いんです。」

私は涙をティッシュで食い止めながら、急に蘇った記憶を話し出しました。

「私が着る服は、いつも母の手作りで・・それがすごく嫌で・・・。
普通は手作りなんて愛情深いお母さんだと思うでしょうが、そうじゃないんです。
それは大抵、母の古着をリメイクした服で・・母のワンピース生地で作った服とか昔の
セーターをほどいて編み直した、子供らしくない色のスカートとか・・。
しかもそれはほとんど姉のお下がりで、そこに愛情を見つけることはできませんでした。
最初は喜んでいたと思うんです、でもたまにじゃなくって全部なんです。
服だけでなくぬいぐるみやカバンも、おやつだってそうでした。
当時は既製品を買うより、手作りしたほうが安上がりな時代だったんですよね。
私のためにお金を使ってくれないことがとても悲しくて・・・みじめでした。
友達が持っている既製品に比べると、母の手作りは全く垢抜けてなくて・・それは子供
心にもわかりました。
でも母が作った服を嫌だとも言えないので、いつも渋々着てたんです。
だから、大好きな服なんて一つも持ってないんです。」

もうすっかり忘れていた記憶なので、なぜそんなことを思い出したのか自分でも不可解
だった。
クールな(?)自意識はちゃんとあるので、その子になりきっていたとも思えないのに。
しかし語りだすと、止まりかけていた涙がまた溢れてきて困った。(とキーボードを打ち
ながらもまた涙が・・

「そうね、feeさんはお友達とおんなじようにお店で買った服が欲しかったのよね。
私も同世代だから、その感覚はよくわかるわ。
自分のために何も買ってもらえないと、子供だって大切にされてないと感じちゃうわよ
ね。
今は何でも安く手に入るし、忙しい時代だから手作りのほうが愛情をかけてる感じが
するけど、それとはわけがちがうのよね・・・」

Oさんは涙声で共感してくれました。

「じゃぁ、今のfeeさんが素敵な服を用意して、その子に着せてあげてください。」

「・・・・・・・・・」

「どんなのでもいいですよ、こんな服が着たかった〜って思い出、ありませんか?」

しばし声が出なかったのは、さっきまでのように想像できなかったわけじゃなく。
少なくとも30年は記憶から消えていたはずの、ある一枚の写真の映像が急に頭の中に
浮かんで驚いたのでした。

「急に昔の写真が頭に思い浮かびました。
ピアノの発表会の時の写真です。」

言い終わらないうちに号泣していました。

「いいんですよ、我慢しないで泣いてください。
・・・どんな写真だったか、教えてもらっていいですか?」

「Nちゃんという子と一緒に映っているので、幼稚園の時です。
ちょうど娘と同じ5歳のピアノの発表会の写真です。」

Nちゃんは某大手企業のエリート社員(数年の地方勤務を経て本社に戻り幹部になる
人々)専用の社宅に住んでいた幼稚園の同級生だった。
その社宅の子供達の多くが同じピアノ教室に習いに来ていたのだが、地元民の子で
ある私は、当然ながらピアノも勉強も彼女らに遠く及ばなかった。
私はその格差のようなものを感じつつも、Nちゃんとは幼稚園から帰った後毎日家を
行き来するほど仲良しだった。
しかしNちゃんは小学校入学前にお父さんを残して東京に戻ってしまったので(おそらく
私立小学校受験のためと思われる)あの写真は間違いなく5歳の写真だ。

「たしかあの時弾いたのは『楽しき農夫』っていう曲で・・・難しくて練習が嫌で嫌で。
大嫌いになってしまった曲でした。」

急にその発表会で弾いた曲のメロディーが頭に流れ出した。
私には難しすぎる曲だったけど、それでもNちゃんの弾くすごい曲に比べればお粗末
だ、と引け目に感じていたことまで思い出した。

「写真のfeeさんはどんな様子かしら?」

「地味なベージュのワンピースを着ています。
・・・あ、今、母とその服を買いにいった時の映像が出てきました。
新品の服を買ってもらうのがすごく嬉しかったはずなのに・・・グズグズ言って拗ねて
います。
私がいいと思った服は、母にことごとく却下されたんです。
・・・だんだん暗い気分になってきたのを思い出しました。
母は、"発表会以外でも着回しできそうな服"でとにかく安いのを探しているんです。
私が選ぶ服は"発表会でしか使えない"とか"値段が高すぎる"と言って却下です。
そして最終的に、母が選んだ遮光カーテンの生地みたいな地味なワンピースになり
ました。
もちろん全然嬉しくありません。
一気に天国から地獄に落ちた気分です。
写真の中の私は、自分の服が冴えないということばかり気にしています。
Nちゃんは大きな白いレース襟がついた黒のスエードのロングドレス。
他の子達も、女の子はみんなどこかにレースのついたドレスです。
私だけ、ベージュのカーテンなんです。」

Oさんに説明しながら、顕在意識が「もしかしたら自分もトラちゃんに同じことをして
いるのではないか」と訴えてきてドキリとした。

「じゃあ、その子にNちゃんみたいな素敵なドレスを着せてあげましょうよ。
ベージュのワンピースはもう着なくていいんです。
もちろんお母さんのお古で作った服ではダメよ。」

「・・・・できません。」

「なぜかしら?」

「私には似合わないというか・・・。
たぶん、顔がダメなのかもしれません。
顔がちっともかわいくなくて・・・髪型もワカメちゃんカットで・・。
いつも母に髪をバッサリ切られていたんです。
私の娘は今、自分のことをかわいくないだなんて夢にも思ってないんですけど、私は
自分がかわいくないって知ってたんですね・・・。
だから、何を着ても似合わないんです・・・

無理やり想像した半信半疑のインナーチャイルドだったのに、いつの間にかそれは
自分そのものになっていました。

「それはあなた自身の評価ではなく、お母様やお姉さんに言われたんですよ。」

「そうかもしれません・・・。
・・・あわかりました。
たぶん顔とか髪型の問題じゃないんです。
一番の問題は・・・笑顔じゃないことだと思います。
人生楽しいさかりの5歳なのに、心から笑ってないんです。」

「そっか・・・そうよね、笑顔じゃないとどんな服を着ても素敵じゃないわよね。
じゃぁ、笑顔になれるようにしましょうよ。
まずベージュのワンピースをえいやぁって踏んづけちゃいましょう、笑顔になるために。
お母さんの気持ちは気にしなくっていいんです。
・・・出来ましたか?」

「やってみました。」

「そして素敵な服を着せてあげて、ぎゅーっと抱きしめてあげてください。
大好きだよ、大好きだよって。
私も一緒に応援しますから・・
feeちゃん、大好きだよ、愛してるよ!!」

言われるがまま、Nちゃんが着ていたような服を着せて心の中で大好きだよと言って
はみたけど、どこかウソ寒い。
それが自分だとわかるだけにその服は自分にふさわしく思えなかったし、抱きしめる
とか好きとかも"らしくない"ので白々しかった。
インナーチャイルドもまた、「こんな風に扱われるのは私らしくない」と思っているのが
伝わってきた。
私の夢や希望は母によって必ず裏切られる仕組みであるということを、5歳の私は既
に知っていたのだ・・・。
そういえばこの一件に限らず、私の希望する物事に対して母はことごとく反対し続けた。
それは買い物のような日々の小さな選択から進学、就職に至るまで。
わが子の望みをこうも妨げたい親がいるものかとよく憤慨してたっけ・・・という記憶が
蘇ってきた。

「・・・feeさん、feeさんのインナーチャイルドはとても深く傷ついています。
否定され続けた悲しい気持ちと、愛されるのを拒絶する気持ちが私に伝わってきます。
その思いは大きな黒い岩のようになっています。
今から、私がそこに光を集めますから、一緒に大好きだよって思い続けてください。
・・・どうか力をお貸しください、光をお与えください、大天使ミカエル様・・・」

私の心情に気づいたOさんは、緊急事態とばかりに呪文?のような祈りを唱えました。
(これが正気だったらさすがに"大天使"はドン引きだったかも)

「では、今から私がその黒い岩を光で包み込んで、遠くへ放ります。
いち、にの、さん、で一緒に思いっきり放り出して下さい。
・・・fee_drageeの心の暗闇は今、天使の光に包まれて宇宙の彼方に飛んでいきます。
そして、笑顔で鼻歌が歌えるような毎日が訪れます。
いち、にの、さん!!!」

Oさんは再び呪文らしきものを唱えながら「feeちゃんとってもかわいいよ、愛しているよ、
大好きだよ・・」と繰り返しました。

「・・・心の闇は宇宙の遠い彼方へ消えました。
そして、癒されたインナーチャイルドがfeeさんにプレゼントを渡します。
箱に入っていますので、開けてみてください。」

急にまた想像の苦手な自分に戻ったような感触を覚えつつ、先ほどと同じように無理
やりイメージした箱を頭の中で空けてみた。

「鉛筆が入っていました。」

「インナーチャイルドは、feeさんに何て言ってますか?」

「これで色々書いてね、と。」

本当にそう言ったかどうかは怪しいけど、チラリと「書くと言えばブログのことだろうか?」
という顕在意識の思いが過ぎったので、まだ催眠状態だったのかもしれません。
そういえばかつて何度か世話になった占い師(祈祷師?)に「あなたは紙に縁がある」と
言われたけれど、紙と鉛筆、何かつながりがあるのだろうか・・・。

「最後に、インナーチャイルドが今のfeeさんにメッセージを伝えます。
どんなメッセージでしょうか。」

「がんばってるね、かな?」

顕在意識であれ無意識であれ、自分が頑張っているなど出てくるはずがない(と思う)
言葉。
なのに今度はウソ寒さも違和感も無いのがかえって不思議でした。

催眠状態から戻るのは、先ほどのドアを開け10段の階段を上り元の場所に戻るという
逆ルート。
セッション終了を告げられ目を開けると、とても眩しかったのと肌寒い日なのに体が
火照り、軽い頭痛がいつまでも残ったのが印象的でした。

「途中、feeさんを通してお母様のネガティブな感情を何度も感じました。
すごく頭がキレて敏感な方ですね。
おそらく、当時のお母様は気持ちに余裕がなかったんだと思います・・・どこか必死な
感じが伝わってきました。
もしかすると遡ってお母様のインナーチャイルドを癒す必要があるかもしれませんね。」

ついさっきまでは「自分さえ癒せれば」と思っていた私だが、この時は確かにそうかも
しれない、と思った。
詳しくは知らないが、母は乳児期に実母を亡くしており私の知る祖母は継母なのだと
聞いたことがある。
もしかしたらその辺に母を生きづらくさせた原因があるのかも・・・?
しかし母は物心つくまでその事実を知らなかったようだし、祖母は(母と違って)とても
愛情深い人だったので、幼児期に問題があったようには思えないが・・・。

「feeさんはお母様のネガティブ感情のはけ口にされていたんだと思います。
でもちゃんと結婚してご家庭も持たれて、本当に良く頑張られたと思います。
ただ、どこか自分に罪悪感を感じていらっしゃるところが気になります。」

「私も今思い出したんですが、母の態度は自分にも原因があるとずっと思い込んで
いたようなんです。
母の言うとおり、私は確かに素直じゃないし可愛げがない、だからけなされるのは仕方
がない、という感情を思い出しました。
母は自分に原因を探すタイプではないので、子供の前ではいつも自分に落ち度はない
という態度でしたし・・・。
この先、もし娘との関係につまづいたら私は原因を自分にばかり探して苦しんだろう
と思うので、今日気づかせていただいて本当に良かったです。」

そうなのだ。
母子の関係において卵が先か鶏が先かと言われれば、やはり鶏が先なのだ。
となると、母のように余裕のない自分をトラちゃんに見せてはいけないし、否定しては
いけない。
わが子には何としても"自分には価値がある、人生っていいものだ"と思って生きて
欲しいのだ。
潜在意識の扉が幼児期に閉じてしまうのであれば手遅れかもしれないけど、もしか
するとまだ間に合うかもしれない。
七夕飾りに「ママみたいになりたい」と書いてくれたトラちゃんなら・・・。
ヤフオクやフリマの古着で大喜びしているのは本心かどうかもぜひ聞いてみたい所
だ(笑)

帰宅後、私はまっ先にトラちゃんを抱きしめて言いました。

「あのね、お母さん今日お勉強に行って思ったんだけどね。(トラちゃんには勉強に行く
と言ってあった)
この前の親子教室の絵ね、お母さんがお空の絵を描くと決めちゃってごめんね。
トラちゃんは最初、イルカがいいと言ってたのに・・・。」

数日前に参加した親子教室はパネルにペンキで絵を描き園庭の外壁に飾るという
親子教室だった。
前もって図案を考えてきてくださいと言われ、トラちゃん案のイルカはうまく描けそうに
ないと思った私は、無難な雲や虹を描こうとトラちゃんを説得。
作品が仕上がった時は「無事描けて良かった〜」という感想しかなかったのに、ヒプノ
セラピーで幼い頃の記憶が蘇ったとたん、「トラちゃんの好きな絵を描かせてあげれば
よかった」と猛烈な後悔が襲ってきたのだ。

対するトラちゃんは

「トラはママのほうが沢山生きているから言う通りにしたほうがいいと思ったんだよ。
イルカにしていたら、きっと変な絵になっちゃったと思うもん。
だからママは気にしなくていいんだよ。
ママは物知りだから、トラもママに色々教わって物知りになりたい。
そしたらトラもママになった時に子供に教えてあげられるから。」

ヒプノセラピーを受けると周囲の人も癒されるとはこのことか、と思わずにいられない
言葉でした。
そしてその夜のこと。
母が雨の中、家庭菜園で採れた野菜を持ってきて再びビックリ。(普段は「欲しいなら
取りに来い」と電話をかけてくる)
もしかすると母も知らず癒されていたのかもしれません。

・・というわけで驚きの連続のヒプノセラピー初体験でした。
ふと思い出した一枚の写真に切ない思いが詰まっていたのは予想外でしたが、あの
写真を日常生活の中でたまたま発見したとしても、あのような感情は蘇らなかったと
思います。
それほど、今の私にはどうということもない写真でした。
しかし当時の私にとってはおそらく一大事で、とても悲しい事件だったのでしょう。
セッション中に泣いたのは5歳の私の感情そのものだったと思います。

ただ、スピリチュアルに傾倒し過ぎたくない私としては「そこですか!?」という思いも少々。
Oさんはヒプノセラピーについて「今、癒すべき最善のところに戻って癒します」と説明
をしてくれたけど、今回はたまたまそこだったのではないの?という気もするのです。
つまり、Oさんが言うとおり潜在意識というデータベースには幼い頃からの膨大な記憶
情報が詰まっていて、心に傷を負ってきた人であればどんなキーワードで検索しようと
何らかのシーンがヒットするのではないか。
今回の場合は、インナーチャイルドがベッドで寝ていたからたまたまパジャマ→服と
紐づけられ、"服"で潜在意識をググったらあの写真がヒットしたのでは・・・?と。
もっとも、婚活時代より「容姿に自信がない、服が似合わない」と騒いできた我が身を
思うと、あの記憶がまさにコンプレックスの原点であるような気も。
ともあれ、幼児期の何気ない出来事、何気ないひと言が一生を左右しかねないという
ことを実感させられた不思議体験でした。

さて、その後の小さな変化としては、

・トラちゃんに対する愛情が一層深まった。
・上司が息苦しくなくなった。
・職場の同僚に話しかけられることが増えた。
・更年期症状が軽減された(ような気が)。
・プライベートで新しい飲み仲間(女子会仲間?)ができた。
・潜在意識と幼児期の子育てについて関心を持つようになった。

といったところでしょうか。
自分の内面をどうにかしたくて受けたのに、"瓢箪から駒"で子育ての指針となりうる
気づきがあったのは大きな収穫でした。
とある幼児教育サイトによると「自我が芽生えた後、つまり顕在意識に支配される年齢
になると、後はどんな経験をしても潜在意識という骨格に着せる服に過ぎなくなる」のだ
そうで、これからは「どうせ忘れてしまうんだから」なんて考えず、もっとトラちゃんに色々
な体験をさせてあげようと思う今日このごろ。
今や自分のことよりも、トラちゃんの潜在意識の形成をいかに手助けするかが私の次
なるプロジェクトテーマとなっています

以上、長々とおつきあいいただきありがとうございました


ところで、最近わが家では"朝の会"ならぬ"夜の会"を週末に開催しています。
今どきの就活は学生同士にディベートをさせる入社試験があったり、その試験対策
なのか、ゼミでプレゼンの経験を積ませる大学も多いとか。
事実、今や女子といえども仕事でスピーチ力が求められる時代で、私もかつての職場
やPTA活動では何度も憂き目を見てきました。
そこで日常生活の中にスピーチをする機会を設ければ、一朝一夕には身につかない
が"慣れ"だと言われる話す力や聴く力が多少なりとも培われるのでは・・?と考えたわけ
です。(某七○式英才教育でも発表力の向上に力を入れているそう)
その"夜の会"は基本土曜日の夕飯どき。(たまに日曜の朝食時、"朝の会"になること
も。)
以前参加していたスピーチセミナーに倣い一週間の出来事を3分間スピーチ、聞き手
はコメントをひと言述べるというルールです。
トラちゃんは保育園での出来事を延々時間オーバーして熱く語り、夫は仕事ネタ(主
に失敗談)を淡々と語るというのが毎回お決まりのパターン。
かたや私はネットで仕入れた話題や普段面と向かって言えない家族への不満(時々
感謝も)を語ることが多く、「むずかしくて意味がわからない〜」とか「そのお話、嫌な
気持ちになるからやめて〜」とトラちゃんからクレームがつくことも
コメント交換のはずが脱線して世間話になってしまうこともしばしばですが、頭の中で
起承転結の文書を考えたり(ただしトラちゃんはほぼオチ無し)、家族とはいえ人前で
発表したり、とっさに感想を述べたりといった一連の積み重ねは、いつかどこかで役に
立つと信じたい。
何より、家族の経験や思いを改まって傾聴する時間は貴重なひとときで、環境の許す
限りいつまでも続けて行きたいと思えるのでした。
一般的に口が達者と言われるB型さん達(夫&トラちゃん)には心配ご無用かもしれ
ませんが、スピーチ力育成と一家だんらんに"夜の会"、ぜひおススメです




トラちゃんは運動会に向け、「側転」と「一輪車」の練習に余念がありません。
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2015年08月06日

ヒプノセラピー

この夏、トラちゃんはラジオ体操デビューを果たしました
来年はいよいよ小学生ゆえ、中でも特に慌ただしい夏休みの朝を想定し今から家族で
練習してみようというわけです。
そのタイムスケジュールはこんな感じ。

前日21:30 トラちゃん就寝
23:00〜23:30 夫と私就寝(夫はもっと早いことも)
5:30 家族全員起床(これまでは私と夫が5:45、トラちゃんは6:00前後だった)
〜 6:00 身支度、朝食準備
〜 6:25 朝食
〜 6:50 夫とトラちゃんはラジオ体操へ、私は朝食後片付け
〜7:00 夫トイレ掃除、ゴミ出し後出勤
〜 7:10 私登園・出社準備(トラちゃんは食事の続きをすることも)
7:10 私とトラちゃん保育園経由で出勤

一見問題は無さそうに見えますが、子供が一人いると一筋縄ではいかないもので。
トラちゃんのダラダラ着替え&遊び食べを叱り飛ばしながらの朝はまさに戦場です
しかも登園前は一瞬もじっとしていないトラちゃんを抑え込んで歯の仕上げ磨き、髪すき、
日焼け止め(毎日プール遊びがあるため)、目薬etc・・・
「おうちが一番ホッとする〜♪」と言ってくれるトラちゃんには悪いけど、わたしゃ会社の席
に着いた時が一番ホッとするョ、というのが母のホンネです・・・。

シミュレーションの結果、浮上してきた問題と対策は以下のとおり。

・お弁当作りをどうするか
来年からの本番では学童保育へ持っていくお弁当作りという大仕事が加わるが、現在
のスケジュールではとうてい無理!!
前日の夜に作り置きをするか私がもう少し早起きするか・・・いずれにせよチンチン弁当
になること必至です

・睡眠時間が確保できない
21:30就寝、5:30の起床ではトラちゃんの睡眠時間が少なすぎ。
今はまだ保育園で午睡があるからいいものの、午睡がなくなると夕飯を食べながら舟
をこいでいる、なんて話をしばしば聞きます。
これについては、私の働き方や帰宅後のタイムスケジュールから見直しが必要となり
そう。

・空腹対策をどうするか
元々登園時間が早いトラちゃんは給食時にはお腹がペコペコらしく、"おかわり"の常連
組。
なのに今はラジオ体操へ行くため更に朝食時間が繰り上がり、眠気と空腹のダブル
パンチという事態に!!
この一年でダラダラ着替え&遊び食べが改善されれば、ラジオ体操後に朝食開始でも
何とか間に合うかも・・?という期待はあれど、そうなると出勤直前が更に戦場化しそう

・学童保育の開所時間が遅い
ラジオ体操とは関係ありませんが、これが一番の悩みどころです。
長期休暇中の学童保育が開くのは8時、そして家から学童保育まではトラちゃんの足
でのんびり歩いてもせいぜい10分。
ところが夫は7時、私は遅くとも7時15分に家を出ないと仕事に間に合いません。
まさに小1の壁、というやつです。(現在の保育園は7時開園)
いったい周囲の先輩ワーママはこれをどうやって乗りきっているのだろうと聞いてみる
と、朝の出勤時に子供をいったん実家へ預け祖父母に学童まで送ってもらう人(逆に
祖父母に朝だけ家に来てもらうという人も)、近所の友達の家に子供をお邪魔させて
もらう人、長期休暇中のみ時短勤務を利用する人、と実にさまざま。
努力でどうにかなるという意味ではまだ恵まれているほうなのでしょうが、それでも皆
さん苦労してるんだな〜という印象です。
わが家の場合は実家やご近所には頼れそうになく、時短勤務も3歳以上は認められて
いないため、とりあえず一年目は毎日仕事に遅れて行き(但し上司の承認が必要、
しかも査定にひびく)、二年目以降はトラちゃんに戸締りをしてもらうしかないかな、と
思案中です。

・・・と問題ばかり挙げましたが、悪いことばかりではありません。
近くの公園で行われているラジオ体操には、きょうだいで参加している保育園仲間が
意外に多く、「実はご近所さんだったのね〜♪」という発見が。
トラちゃんは朝から園友達と会えるのがかなりワクワクポイントのようで、お父さんを先
に帰らせてなかなか戻ってこないことも。
時間がある日は私もラジオ体操に参加して気分爽快、行き帰りは朝早くから散歩や
外掃除をしているご近所さんに挨拶ができます。
共働きで子供が一人しかいない我が家はまだ地域に馴染んでいるとは言えず、これ
を機に親子ともども顔を覚えてもらえるかな〜なんて密かな期待をしつつ、もうしばらく
早起きを頑張ろうと思うのでした。


さてそんな中、かねてからの念願であったヒプノセラピー(インナーチャイルドセラピー)
を受けてきました。
いったいいつ頃から流行りだしたのか、こんな片田舎でもかつて体験したオーラソーマ
やレイキといった類のヒーリングサロンは実に多く、それらと並行してヒプノセラピーを
行うサロンも少なくありません。
裏を返せばそれだけ生きづらさを感じる人が多く、需要があるということなのでしょう。
たとえば、偶然見つけたこちらの記事。(最初に広告が出るのでスキップしてください)

日経ウーマン 働く女性のモノローグ〜誰にも言えなかったこと〜

記事に対するコメント集

幼い頃の母娘関係のまずさから、大人になってなお苦しむ人がこんなに多いとは・・・
どの意見も共感できるものばかりで、不謹慎ながら心強くさえ感じてしまいました。
とある女性ブロガーによれば、「ブログを活用して自分語りをする人は成長の過程で
挫折や不足感など何らかの問題があった人」なのだそうで、私もその一人に違いあり
ません。
今回は、その問題解明の糸口を探るべく受けたヒプノセラピー体験レポートをお伝え
したいと思いますが、生きづらさを感じた時にはこんな方法もあると思い出してもらえ
れば幸いです。
スピリチュアル系が苦手な方はどうぞスルーしてください。
(以下記憶違い・理解不足による間違った記述があるかもしれません)


7月のある日、私はふと思い立ちヒプノセラピー(退行療法)を行っているサロンに
電話をしました。
一度ぜひ訪ねたいと思いつつなかなか実行できずにいて、その日急に思い立った
のはもしかすると恒例の親子教室やら懇談会やら子供がらみの行事が続き、疲れて
いたせいかもしれません。
そのサロンはレイキや透視リーディングといった各種セラピーからセラピスト育成まで
手広く行っているセラピールームM。
応対してくれたセラピストOさんは、セラピーについての説明を丁寧にしてくれました。
(効果が目に見えないためトラブル防止の説明義務と思われます)
いわく、
自分の過去をさかのぼって心を癒すには幾つかのアプローチ方法があり、一つの
問題に焦点をあて、過去をどんどん辿っていくのがヒプノセラピー(退行療法)。
特に幼児期の本来の自分を癒すセラピーをインナーチャイルドセラピーとも呼ぶ。
更に過去世から問題を引き継いでいる場合は、前世まで遡って癒すことも可能。
時間内でどれくらい癒せるかは人それぞれなので、一度で大きな気づきが得られる
かどうかも個人差があるが、自分の問題にだいたい見当がついている場合はこちら
を一度試してみるのがおすすめ。
いっぽう透視リーディングは、時間内であれば幾つでも気になる問題を癒せる。
こちらも一度で万事解決するとは限らないが、自分の悩みの原因がどこにあるか探り
当てたい方におすすめ。
透視リーディングで突き止めた問題をヒプノで癒すという流れを選択する人も多い。
当サロンで行っているセラピーの多くが、欧米では正式な医学療法として認定されて
いる。
などなど。

私は過去世には興味がないこと、自分にアダルトチルドレンの傾向を感じるのでヒプノ
セラピーを希望していること、過去にレイキの伝授を受けたことなどを説明。
Oさんは私の口からレイキの言葉を聞きスピリチュアルに免疫有りと安心したのか、
それならば話が早いとばかりに私の申し出を快諾してくれました。

そして数日後の日曜日。
雑居ビルの一角にあるサロンはエントランスのあちこちに水晶や盛り塩が置かれ、
知らない人が訪れたら「あやしい宗教団体!?」と不審がられそうな雰囲気。
そういえばレイキのHさんのサロンもこんな感じだったなーと思っていると、Oさんが
出迎えてくれました。
聞けばOさんは私と同世代、そして元々は福祉関係の仕事をしていたのだとか。
同世代で福祉関係出身、加えて美人であるというのは私がこれまでに会った3人の
セラピストの共通点。
実際、福祉や医療に携わる人が仕事を通じもっと誰かを癒したい、誰かの役に立ち
たいとセラピストに転身するケースは多いらしく、自分もその一人であるとOさんは
言いました。
心地よいヒーリング音楽が流れる中、私は出されたハーブティーを飲みながら数枚
に渡るアンケートを記入。
その間、Oさんは少し離れたところで呪文(祈り?)のようなものを唱えていました。
その後、アンケートに目を通しながらカウンセリング開始。

(Oさん)「ヒプノセラピーはどうしてご存知だったんですか?」

(私)「もともと名前は聞いたことがあったんですが、具体的にはヒプノセラピーを
受けた友人に教わったのがキッカケです。」

「ヒプノを受けようと思われたからには何か動機があると思うんですが、聞かせて
いただいていいですか?」

「そうですね・・・一番はやはり自分の内面的な悩みです。
幼い頃からいつも他人の目が気になって、自分らしく生きていないような気がすると
いうか。
それが私自身だと言われればそうなのかもしれませんが・・・。
だからこうして幾つになっても自分のことばかり気になるんです。
他人に対してはいつも明るく振舞えるので社交的だと思われているんですけど、実
は心の中は常にどんよりしてて、スッキリする日がほとんどありません。
これまで、何か手がかりがあればと自己啓発本を読んだりレイキを試してみたりも
しましたが、気分が一新するのはほんの一瞬だけで・・結局、時間が経つと心がまた
元のポジションに戻ってしまうんです。
そこが居心地がいいわけでもないのに・・というかむしろそこから脱出したいのに!
色々試してみてもあまり改善しないし、幼い頃からの親子関係にも心当たりが大い
にあるので、これはもうアダルトチルドレン問題に挑むしかないかなと(笑)
ただ幼児期の問題以前に、遺伝というか持って生まれた気質だから仕方がないとも
感じるので、ヒプノを受けてどうなるものでもないのかな、という思いもあります。」

「・・・なるほど、よくわかりました。
feeさん、潜在意識ってご存知ですか?
今感じている意識、つまり目覚めている時の意識を顕在意識というのに対し、普段
意識していない無意識のことを潜在意識と言います。
よく海に浮かぶ氷山にたとえられるんですが、水面から顔を出している部分が顕在
意識で、比率にすると意識全体の1割。
水面下に隠れている部分が潜在意識で9割を占めると言われています。
意識していないのに、人の心はほとんど潜在意識が支配しているということなんです。
だから潜在意識を変えないと、なかなか自分の内面を変えるのは難しいんですよ。

顕在意識と潜在意識の間には厚い壁のようなものがあって、feeさんが仰ったような
読書やヒーリングといった刺激はあくまで顕在意識を通して行うので、その壁が邪魔
してなかなか潜在意識までは届きにくいんです。
他にもお百度参りとか、レイキを学ばれてご存知だと思いますがアファメーションとか、
そういうのも一種の潜在意識への働きかけです。
レイキも、毎日行わないと通り道が狭くなるって言われたでしょう?
それは潜在意識への通り道のことなんです。
お百度参りもレイキも繰り返し行うことで少しは潜在意識に届くので、それがいわゆる
"引き寄せ"と呼ばれたりしますが、それを毎日実行するのはなかなか大変ですよね。
顕在意識が優位の状態ではなかなか潜在意識に届かない、そこで顕在意識を一時
的に休ませ、潜在意識を優位にして直接メッセージを送る・・というのがヒプノセラピー
なんです。」

そういえば夫もかつて、一日に何回もありがとうを唱えて幸せを引き寄せるとかなん
とか言いながらマメに実行してたっけ・・。
男の割に自己啓発系が好きな夫を持ち、自分もオーラソーマやレイキなど色々やって
きたのに、こんなにスピリチュアルの仕組み?が腑に落ちる説明は初めてだ、と思い
ました。

「でもテレビで時々見かける催眠術、たとえば催眠状態にされた芸能人が急に別
人格になって喋り出すとか、あんなのとは違うんですよ。
ヒプノセラピーは顕在意識をちょうど眠りがけや起きがけの意識がぼんやりした状態
にするので、ちゃんと意識はあるんです。
それから、先ほど遺伝とか気質って仰いましたよね。
確かにどこまでが遺伝でどこまでが育ち方なんだろうってつい考えちゃうんですけど、
実は人の考え方や行動パターンなどの大部分は親のコピーだと言われているんです
よ。
赤ちゃんて真っさらな純真無垢の状態で生まれてくるじゃないですか、そして何でも
真似しますよね。
赤ちゃんから幼児期にかけては潜在意識が剥き出しの状態なので、一番よく接して
いる親の思考を、まるごと潜在意識へダウンロードしちゃうんですよ。
顕在意識との壁が完成してないので、書き込みを邪魔するものが無いんです。
もちろん夫婦半々に遺伝子が混ざってますから個性は違いますけど、基本的な思考
や行動はほぼコピーと思っていいです。
幼児期までの子育てが重要だと言われるのはそのためなんですよ。
・・・feeさんのごきょうだいはお姉さんと弟さんがいらっしゃるんですね。」

「はい、間にはさまれて愛情には飢えていました。
親にとっても難しい子供だったと思います。
でも私から見ると母はいわゆる"毒親"で、姉も"毒姉"で、いつも口を揃えてダメ出し
されるのが辛かったです。
母と姉は気が合うんですが、私は母とは衝突ばかりで・・たぶん性格の嫌な部分まで
似すぎているせいだと思うんですが。
ただ違うのは、私はこうして自分を修正しようとするタイプだけど、母には問題意識が
無くて、元々偏っているほうへどんどん突き進んで、偏りが激しくなる一方なんです。
でもやっぱり母娘なので、私もやがて同じように偏っていくのではないかと不安で・・・。
今、娘が5歳なんですけど、よく自分の子供を育ててみて初めて親の気持ちがわかる
って言うじゃないですか、でも私は逆なんです。
母に感謝をしていないわけじゃないんですが、娘を育てていると母にして欲しかった
のにしてもらえなかった記憶が次々とよみがえるんです。
子供の数も時代も違うとはいえ、こんなに愛しいわが子なのになぜ母は私を疎んじて
いたのだろうと、恨みのようなものがわいてきて・・・
そういったことは子供の頃からずっと感じていたんですが、娘を産んで確信に変わり
ました。
この歳でまだそんなことにこだわるなんて情けないですけど・・。」

「お母様にそういう話をされたことは?」

「衝突した時に何度か母に訴えたことはあります。
でも『恩知らず』とか『変な思想にかぶれてる』などと一蹴されただけでした。
そういうことを言うので、一番憎らしい子みたいです。
結婚も遅かったので、『早く結婚して出ていけ』と言ったかと思えば『あんたなんか一生
結婚できるできるわけがない』と憎まれ口を言われたり。
でも今のお話を伺って、私もあの母親から全部ダウンロードしているとしたら、娘も私
から同じネガティブ要素をダウンロードしつつあるわけで、その連鎖は何としても断ち
切りたいと改めて思いました。」

「なるほど、そういうことであればやはりヒプノが一番いいですね。
枝葉の問題をいくつも潰して、何が一番ネックなのかを探りながら癒していく方法も
ありますが、feeさんはご自分の問題をよくご存知なので幹の部分に直接アプローチ
するのがいいでしょう。
生きづらさを感じる人の多くは、本当の自分自身であるインナーチャイルドが愛され
ていないのが原因だと言われますが、ヒプノセラピーではインナーチャイルドを癒す
ことで潜在意識のネガティブな感情を書換えすることができるんですよ。」

「具体的には、ヒプノセラピーでどんな変化があるんでしょうか?」

「まず問題の切り分けが出来るようになりますね。
『あ、これは自分自身の問題。でもこれは自分でなく母の感情だ。』という風に切り
分けができるようになるんです。
それ以外にも本当に色々な気づきが得られますよ。
皆さんとても感動されて、すぐ2回目をと希望される方が多いんですけど、私は時間
を置いて自分の内面の変化を観察してくださいねと言ってるんです。
それから、年齢は関係無いんですよ。
ベテランの女社長さんのような方でも、自分がアダルトチルドレンではないかとよく
相談に来られます。
親子関係、特に母と娘は共依存というのがあって複雑なんですけど、時間を遡って
問題を解決しないと幾つになっても引きずり、子供にも受け継いでしまいます。
アダルトチルドレンの子供は親となってアダルトチルドレンを育ててしまうとよく言われ
ます。
ですから、ご本人だけでなくそのお母様、更にその先祖・・と遡って癒す場合もあるん
です。

ではさっそく始めたいと思いますが、なるべく緊張しないでリラックスしてくださいね。
ごく稀に催眠状態にならない人もいますが、本当に稀です。
意識があるから催眠状態じゃないと思われるかもしれませんが、そんなことはない
ので大丈夫です。
途中で私が質問をしますから、その時見えたものや感じたことを私に教えてください。
こんなことを言うのは変かなと躊躇するようなことでも全部教えてくださいね。
そしてどこかにインナーチャイルドがいるので、私が言葉をかけて癒します。
もし涙が出ても我慢しないでくださいね。
私は慣れっこですから、気にせずに泣いてください。
ほぼ8割方、大人の男性でも皆さん号泣されますよ。」

8割かぁ・・人前でクールな私がほんとに泣くんだろうか。

「なにか、こうなりたいという願いはありますか?
一回で潜在意識を全部書換えできるわけではないので、最終目標ではなく中間目標
のようなもので。」

「そうですね・・とりあえず、今までよりは心模様が晴れの日が増えたらいいなと。
たとえば、たまには鼻歌が出るような。」

「鼻歌、出ませんか。」

「夫は毎日ですけど、私は一年にせいぜい一回ですね。」

「(笑)わかりました。ではそこに横になって楽にしてください。」

ふかふかのリクライニングチェアに寝そべって目を瞑ると膝掛けがかけられ、Oさんは
再び呪文のようなものを唱え、いよいよセラピー開始となったのでした。


長くなりましたので今回はここまで。
ご興味がある方は次回どうぞお楽しみに
どうぞ良い夏休みをお過ごしください。




トラちゃんがカタログを毎日飽きもせず眺めているランドセル。
当初、水色かパープルを希望していましたが、「6年生でその色はかわいすぎない?」と
聞いたところ考えなおしたようで、現在の第一希望はブラウン系。
☆スライドロック搭載☆ 2016 ニノニナランドセル 『アン・プティ・ガーリー』日本製/フィットちゃん/ワンタッチロック/A4フラットファイル対応(内寸23.5cm)/クラリーノF・パール/持ち手/6年間保証/女の子/キューブ製法/ラグジュアリー/スウィート
☆スライドロック搭載☆ 2016 ニノニナランドセル 『アン・プティ・ガーリー』日本製/フィットちゃん/ワンタッチロック/A4フラットファイル対応(内寸23.5cm)/クラリーノF・パール/持ち手/6年間保証/女の子/キューブ製法/ラグジュアリー/スウィート

fee_dragee at 22:29|PermalinkComments(2)

2013年03月26日

七人の敵がいる

更新が遅くなりました。
このところ元々不調だったところへ個人的な試練が続き、冴えない日々を過ごしていました。
これほど継続的な不調は始めてのことで、一時は記事のネタを書き留める気力もなかった
ため、今回はネガティブ感満載の乱文となってしまうことを先にお詫びしておきます。
(現在は不調のピークを過ぎ今後の打開策を試行錯誤しているところですので、今しばらく
様子を見守っていただけたら幸いです。)

以下、治療レポートと近況です。

(移植後黄体補充)
年明けからの冬季うつ傾向はあまり改善していない。
聞けば、E子もそしてレイキつながりのE子の友人も同様に沈んでいるのだという。
私もその友人もE子という親株の影響下にあるせいだろうか?
しかし最近は、無理やりではあるが事あるごとに「ありがとうございました」と唱えるように
したところ、自然と感謝の念がわき起こるようになってきた。
世間にはこれを「ありがとう教」と批判する人もいるらしく、私自身それを実行するなんて
つくづく追い詰められていると思うが、実際「ありがとう」を意識することで生きるのが楽に
なったという話はよく聞く。
「追い詰められた時にこそ真我が開ける」というのは真実かもしれない。

胚移植後、時々下腹部がシクシクするためなるべく温かくして安静に・・と思うが、こんな
時に限ってトラちゃんは朝晩おんぶや抱っこをねだり、「トラちゃんくつしたはいてないん
だから、おたーしゃんもはいたらだめーっ!」などと反抗期パワー全開で理不尽な要求を
してくる。
普段トラちゃんに大甘の夫は珍しく「トラちゃん、お母さんはお腹が痛いんだよ。そんなこと
言っちゃダメだよ!」と叱ってくれた。
夫も今回でラストチャンスかもという思いがあるのだろう。(でも結局靴下は脱がされおんぶ
をするのも私。)

移植後4日目、D20で黄体補充のプロゲデポー注射のため通院。
看護師さんに「大事にしてね」と言われたが、そろそろ着床期と考えその晩は夫と仲良し。
出来ることはやりつつも「結果は天に委ねるのみ」だとしみじみ思う。

(移植後5日目)
保育園のPTA総会があった。
今思えばこれがこの先約1ヶ月に渡る試練の始まりだった。
年長組で会長になるリスクを避けたいというのは皆同じで、次期年少組(つまりトラちゃん
の組)は役員定数に対し約2倍の立候補者があったらしい。
抽選の結果わが家は運よく?次期役員メンバーに当選。
嫌なことを1年先送りせずに良かった、と思ったのも束の間、いざ当選すると昨年TVドラマ
にもなった小説「七人の敵がいる」の冒頭シーンがフラッシュバックした。
小説では小学校が舞台だったが、主人公は保護者役員会を皮切りに学童保育の父母会、
自治会・・・とどんどんPTAワールドに引きずり込まれていくのだ。
現に周囲の先輩ママ達は皆同じような経験をし愚痴をこぼしているので、自分もこれが
スタートラインかと思うと気持ちが萎えた。
ネットにはPTAがらみのお悩み相談は不妊治療情報なんかの数倍は転がっており、「誰も
が引き受けたくない長がつく役を決める場に赴くと、人の嫌な面を期せずして垣間見ること
となる」なんて書かれているのを読むと、出欠覧への記名を躊躇してしまった。
翌朝、食卓の上に一晩放置された出欠用紙を見た夫が「僕がやってもいいよ?」と申し出て
くれた。
しかし思えば婚活時代「一度ぐらいは結婚して結婚生活の愚痴など言ってみたいもの」と
望んだのは当の私なのであり、やはりここで逃げるわけにはいかない。
「ここは私が通るべき道」と腹をくくり、私が出席することにした。

18:00という無配慮な集合時間にイラだちを覚えながら会場に到着すると、まずは園長先生
から「小学校の役員になると、保育園よりうんと大変だと聞きますので、ここは練習と思って
がんばってくださいね。」と励ましだか脅しだかよくわからない挨拶。
続いて現会長から本日の目玉の議題である執行役員決めについての説明があった。
ネット情報に違わずわが保育園も長がつく役員を決める際には毎回すったもんだがあるよう
で、そのすったもんだの歴史を感じさせる「執行役員決めのルール」が幾つも存在していた。
もちろんこういった類のものは進んでやりたい人などいないのが普通で、私だってそう。
その後組ごとに分かれて話合いとなったため途中経過はよくわからないが、次期会長への
立候補者はなく、次期年長組役員の中からあみだくじで選出となったようだった。
その過程で相当モメたらしいことは年長組の席から漂う空気感でよくわかった。

ここで会の進行は無情にもたった今決まった次期会長にバトンタッチ。
次期会長はまだ心の整理が出来ていないといった様子で表情が硬く、早いうちに役員に
なれて良かった、と心から思ってしまった。
そんな光景を目の当たりにしたせいもあるのだろうか、いざ次期年少組(つまりわがクラス)
の中から会計を一名選出せよ、という段になるとあみだくじはどうも違う・・という気持ちに
なった。
と言うのも、「子供1人につき必ず1回役員をする」というルールがあるにも関わらず、聞く
ところによると過去に一度も役員をしていないのに新役員に立候補しなかった次期年長組、
つまり、あわよくば役員をしないまま卒園しようという考えの保護者が数名いたというのだ。
(もちろん個別に立候補要請の案内はあるので確信犯)
その、自分だけは逃げ切ろうというその考え、私にはとうてい理解できないものがあった。
年長組から漂う空気感といい、次期会長の顔色といい、会長があみだで選ばれた理由が
わかった気がした。
そりゃー私だって役員は嫌だし避けられるものなら避けたい。
少し前までは夫に任せようと思っていたくらいだから。
しかし保育園に子供を預かってもらっている親の気持ちとして「子供がお世話になっている
のだから、請われれば引き受けます」という気持ちがあってしかるべきと思うのだ。(とは
言え自分が年長組メンバーだったら会長に立候補できたかどうか・・・)
ともかく、そんな裏事情を聞くと「大役をあみだで決めるってどうよ!?」という思いが沸々と
わいてきた。
せめて役員全体から選ぶならともかく、これからも長いおつきあいとなる同じクラスの役員
ママわずか3名の中から会計を選べなんて・・・!
もし自分が当選くじを引いたら、(次期会長のように)敗北感ありありで非常に気分が悪い。
運よく他の誰かが当選しても、なんだか私の犠牲者みたいで気が引ける。(あみだくじが
公平と言う人もいるが、私はどうもそんな風に思えない。)
そして大役を逃れて内心喜んでしまう自分のダークサイドを見るのも嫌だし、そんな風に
見られるのも嫌。
そもそもこんな究極のボランティア、その場でくじ引きではなく事前に立候補または個別
交渉がスジでは・・・?
そんなことを考えているうちにわがクラスも「じゃああみだにしましょうか」という空気に。
とその数秒後。
「私、やります。」と口が勝手にしゃべっていた。
顔を上げると、ママAさんは申し訳なさそうな表情を浮かべ、ママBさんはラッキー♪と
ばかりに手をたたいていた。

その後役員全体の中からその他の執行役員を選出。
急に静まり返り皆が己の気配を潜めようとする中、現会長が「あみだくじやジャンケンは
最終手段にしましょう。ぜひ立候補を。」と進言。
私と同じ考えなのだと思うと嬉しくなった。(できれば総会の冒頭で進言してほしかった)
途中、多少のすったもんだ(役の取り合いとか遠慮し合いとか)はあったもののほとんどの
役は一応立候補の形で決定。
中には過去に執行部を2度経験しているという殊勝なママもいた反面、「○○ちゃんママと
同じ役ならやりますけど・・」という、連れショ○女子みたいな人もいた。
しかし三役に次いで仕事が大変と噂の広報1名がどうしても決まらず、「じゃぁ残った人で
ジャンケンを・・」となったその時、先ほどの同じクラスのママAさんが「私、やります。」と
手を挙げた。
「世の中捨てたモンじゃない」と感じた瞬間だった。

その後会がお開きとなり、駐車場に向かう道すがら「後悔してません?」とママAさんに声を
かけられた。
核心を突かれた私は「うーん・・もちろん好き好んでやるわけじゃないですけど、ただあみだ
はちょっとね・・・」と言葉を濁すしかなかった。
帰宅後、どっと疲労感が押し寄せたのは言うまでもない。

その夜は頭の中でさまざまな思いが巡りなかなか寝付けなかった。
選択肢の中のおそらく「正しいほう」を選んだと思うので執行部になったのはまぁヨシとして、
それよりもああいう場に行くと病的に消耗してしまうのは何故だろう?
そう言えば保育園で集まりがあるたびいつも思うことがある。
保護者たちってなんであんなに強い!? なぜあんなに濃い!?(もちろん全員ではないが)
私よりひと世代も下の人ばかりだからそんな風に感じるのだろうか?
伸び代のない40代で産んだ私と違って、彼女らは若くして子供を2人、3人と育ててきて
いるから??
長年会社組織でもまれてそれなりに気苦労を重ね、たとえば「パートさん」よりは世間慣れ
しているつもりでいた私は、子供が生まれてからというもの、たびたびその鼻をへし折られ
自分の勘違いに青ざめている。
みんなどこで成長(成長、という言葉が適切かどうかわからないが)してきたのだろう!?
私、どこで負けたんだろ!?(負けという表現も適切かどうかわからないが)
私が20年以上培ってきたことって単なる勘違い!? 
会社というある意味安定した枠組みの中で長く働き、自由気ままな独身生活を送っている
間に、人々は世の荒波や結婚生活を通じて「世渡り術」を着々と身につけていたのか、と
思うと、自分が定年後家庭や地域で無能人間と化すモーレツオヤジ社員のように思えて
くるのだった。
しかし自分のことはまだいいのだ、我慢すればいいだけだから。
何より、こういう私の虚弱体質がトラちゃんに知らず感染してしまうのが怖い。
子は母を見て育つのだ。
トラちゃんさえいなければ易きに流れ、仕事的にも人間的にもこれ以上成長しなくてもいいや、
とさえ思えるのに・・・。

翌日、胸のつかえが取れないまま会社へ行くと、あまり居心地が良いとは言えない職場
なのに、この日ばかりは「会社は極楽だぁ〜」と心から思った。(これは貴重な気づきだった)
過去に保育園会長や小学校のPTA役員を歴任してきた同僚は
「feeさん偉いっ!!
そういう気持ちの人が多いと、すごく運営がしやすいんだよねー。
人間ってだいたい2種類に分かれるものでね。
たとえば『小学校の6年間で二人に一人が役員をやる計算です』って言われたら、『じゃぁ
一度はやらなくちゃいけないな』って腹をくくる人と『何が何でも逃げ切ってやる』って思う人。
で、そこそこ前向きな前者らは低学年で進んで役員をやってしまうでしょ。
そしたら高学年になるにつれて後者の人達の中から役員が選ばれることになるんだよね。
高学年のほうが何かと大きな行事が多いのに、矛盾だよね〜。」
と言っていた。
なるほど似たような状況がわが保育園でも起きている。
個人的には役員選出は立候補制が基本だと思いたいが、そんな矛盾点も出てきてしまう
のであればくじ引きも悪くないのかな、と思った。

また育児の大先輩でもあるE子に一部始終を話すと、こんな返事が返ってきた。
「心中お察しするわぁ〜。
私もそういう場ではいつも苦手意識に満たされて消耗したし、その感触を忘れるために
すごーく時間がかかった。
そういう時って仕事に助けられるよね。
ただ私の見てきたケースで言わせてもらうと、そういう場で強い態度を取る親の子よりも、
静かにご奉仕のみするような親の子がいろんな意味で優秀だったわ、如実にね。
会社が本番と思ってる私やfeeと、PTAが本番と思っているような連中、どちらが正解とは
言えないけど、一つ言えることは世間には自分の苦手意識を刺激してくる連中が必ずいる
ってこと。
私も、その最たるものがPTAであり運動会でありスポ少だった。
いまだに苦い記憶だし、子育てに何の確信もつかめていない私からアドバイスできることは
あまり無いけど、人それぞれ超苦手分野はあると割り切ること、そして逃げなかった自分を
褒めること。
立候補したんだから『何も引け目に感じることはない』と思うことにする。してしまう。
苦手を克服したい気持ちは立派だけど、修行を引き寄せかねないから修行と思わないこと。
でもそのAさんなんかはいい意味で引き寄せだと思うよー。」

E子はいつも私の心に寄り添い、的確な言葉をくれる。
今回も彼女の話を聞くうちに少し心が軽くなった。
キャリアウーマンで社交的で、強豪スポ少の保護者会長までやってたE子でさえあの空気は
大の苦手だったのだ。
そしてみんな苦手意識とつきあいながら、確かに成長してたんだ。
ならば人より出遅れている私が苦手意識を感じるのは当たり前。
ここはとりあえずE子の言うように、逃げなかった自分を褒めよう。
そして自分の選択を否定しない。
この結果で良かったのだ、と思った。

(移植後7日目)
朝からノドが痛いと思ったら、夕方には悪寒があり38度の熱が出た。
ここ数日トラちゃんが咳をしていたので「うつったかな」と思い風邪薬を飲み就寝。
翌朝になっても微熱があったが、仕事を大量に残してきたためとりあえず会社へ行かねばと
思い出社するも、頭は朦朧とし体の節々は痛み悪寒がほてりに変わってきた。
止むを得ず午後から早退しその足で医者へ行くとインフルエンザA型の判定が出た。
自分の仕事も心配だが、夫やトラちゃんにうつっているのではないかと不安

(移植後8日目)
翌朝になるとタミフルのおかげで随分体が楽になっていた。
インフルエンザの高熱にさらされると卵が半年分ほどダメになってしまうと聞くが、予防接種
をしていたお陰か、熱が38度台を超えることはなかった。
職場に電話をすると、最低3日は休むようにとの指示。
とは言え決算期だし、例の成果報告会が目前に迫っているのに何も準備ができていないので
明後日には出社すると言ってはみたが、「来なくていい」と言われた。
新婚旅行以外で仕事を複数日連続で休むのは入社以来これが始めてのことだった。

(判定日)
移植後10日目。
着床の気配はなく、妊娠検査薬を使わずにこの日を迎えた。
体調は回復していたが会社へ行けないので、珍しく日中にクリニックへ。
到着すると、診察の前に検尿があった。
採尿の際、うっすら茶オリを発見し今回もダメだったことを確信。
診察室に行くと
「うーん、陽性、出てませんねぇ・・・。
凍結した卵も無いし・・・次、どうしましょうかねぇ。」
と先生に言われ、残る1個の受精卵は凍結まで持たなかったことを知った。

「これでもう3回採卵したことになるんだねぇ・・。
どこかでいい卵が採れればいいんだけどね・・・。」
平日の午前中で閑散としていたせいか、先生はカルテをめくりながらいつになくのんびりと
親身に語りかけてくれた。

「あのー・・たとえば薬を使わずに自然で採卵するといい卵が採れたりするものですか?」
「それがいいって言う医者もいるけどね、僕はそうは思わないね。
1個だけしか採れないんじゃねぇ・・そもそも卵管さえ通ってるならAIHやタイミングとおんなじ
ことでしょ?
卵にとっては卵管の中が一番いいんだから。」
「そうですね・・・。
じゃぁ次は人工授精でお願いします。」
「うん、feeさんはちゃんと自力排卵するからそれがいいかもしれませんね。
AIHもIVFも妊娠率は変わらないと思いますよ。
じゃ生理9日目か10日目にまた来てください。」

というわけで次回はAIHとなった。
高度治療はこれでひと区切りかな、と思うと後ろ髪を引かれるよりも安堵の気持ちのほうが
大きいのが意外だった。
ただ、クロミッドを飲んだ次の周期は妊娠しやすいと聞くので次のAIHに期待をしたいと思う。

(リセット)
D29、周期28日目でリセット。
私のインフルエンザは誰にもうつることなく終息しホッとしたのも束の間、数日後には例の
成果報告会、そして保育園のクラス別懇談会と私にとって苦手な行事が目白押し
しかし3日も休んだせいで仕事は溜まりまくり、報告会のプレゼンシート作りがはかどらない
焦りと不安も手伝って、憂鬱感は最高潮だった。
それでも苦しい時の神頼みでレイキのトレーニングだけは欠かさず行った。
「すがるものがあってよかった」とつくづく思った。

(成果報告会)
D7。
とうとうこの日がやって来た。
気休めのつもりで出勤前に5分だけレイキして出社。
予想どおり本番は準備不足がたたり、ところどころつっかえながらのプレゼンとなったが
何とか出番は終了。
いつものことながら他の発表者の意気込みには圧倒されっぱなしで、ここでもまた「私、
いったいどこで負けてしまったんだ!?」と、保育園と同じ劣等感を味わうこととなった。
保育園のことならば「それは私が仕事中心の生活をしているせい」と自分に言い訳が
できたのに・・・。
「ここでもか」と思うとめまいがした。

報告会が終了し職場に戻っても、期待していたほどの開放感は無かった。
ここ数日、自分の弱点をまざまざと見せ付けられたせいで「ヤマ場を乗り越えた」という
安堵感より「これからどうするのさ、自分」という焦燥感が強かった。
が、よく考えてみると報告会(あるいは保育園)という場がなければそんな自分の弱点を
思い知ることもなかったわけで、それを知らずに過ごすよりは良かった。
やはり試練は必要があって起きているのだな、と思う。
そう言えば、昨年の今頃も同じ思いに満たされ「スピーチセミナー」なんかを見学してきた
のだった。
今年はPTAの件もあるし報告会は毎年続くし、本気でセミナーに参加したほうがいいの
だろうか、と思った。

この日、残業をしていると一通の社内メールが届いた。
開いてみると、私が新人の時にかわいがってもらった大先輩Mさんからのものだった。
私は気づかなかったのだが、Mさんは今日の報告会の場で私のプレゼンを聞いていたと
いう。
今や課長にまでなっている彼女に私の情けない姿を見られたと思うと恥ずかしかったが、
結局このメールがキッカケで一度食事でも、という話に発展した。
お互い職場が離れメールや年賀状のやり取りはしていたものの、Mさんに会うのは実に
20年ぶり!
嫌な試練の中にひとついいこともあったと思える出来事だった。

(報告会翌日)
D8。
保育園のクラス別懇談会があった。
この懇談会、子供の保育園での様子を先生から教えてもらえるいい機会なのだが、その後
決まって保護者同士の意見交換の場が設けられており、これが私はどうも苦手。
というのも出席者(主にママ)の中には常に子供の自慢話「だけ」する人、「うちの○○ちゃん
はこんなこともできて、あんなこともできて・・」と延々語る人がいて、自己アピールが苦手な
私は少々疲れるのだ。
「うちの○○ちゃんの話は皆さんも興味シンシンですよね!」とばかりに熱弁されると、心の中
でつい毒づきそうになる自分に嫌悪するし、何より、彼女らの話を聞いていると「あの人達と
自分の温度差は、やはり育児と仕事の重心のかけ方の違いから来ているのだろうか?」とか
「そんな風に語れない私って、子供への関心が薄すぎ!?」などと考えてしまう。
ちなみに今回私は「家で娘が自分でご飯を食べようとしないので困っています」という自虐(?)
ネタを話したのだが、子供の悪いところや悩みを発言した親は私ただ一人だった
なるべく比較しないように、みずから線引きしないように・・とは思いつつ「自分よりひと世代
も若いママ達って『愛され世代』だから自分(や自分の子供)を卑下なんてしないのかなぁ〜」
と思わずにいられなかった。

さて一連の修行?がやっと終わりかと思いきや、このストーリーには続きがあった。
懇談会がお開きとなり、帰り際ふと隣の教室を見ると、隣のクラスのママ達の輪の中に昨日
の報告会の出席者の顔を発見したのだ。
その彼女はクールな美人で報告内容も素晴らしく、事業部長らが手放しで褒めていたので
よく覚えているのだが、報告会後の茶話会の席でかなりお高くとまっていて、「わ、この人、
ちょっと苦手・・もうご一緒したくないかも。」と感じた人だった。
昨日の今日でこれは私に何を見せようとしているのか、とドキドキしながら保育園を後に
したが、その胸騒ぎはしばらく収まらなかった。

保育園を出ると、その足でかかりつけの耳鼻科へ。
インフルエンザ後どうも喉の調子が悪く、AIH前までにこれを完治させたかった。
花粉やらPM2.5やらが飛び交う季節柄、耳鼻科は患者で溢れ返っていた。
しばらく本を読んで診察を待っていると、一人の女性が隣の席に座った。
見れば先ほどの懇談会に同席していたママAさん(広報に立候補した人)で、お互い偶然を
驚きながらも懇談会の話やPTAの話で盛り上がった。
そういえば耳鼻科に向かう車の中で「今日はAさんと話せなくて残念。話したかったな。」
と思った記憶が確かにある。
また、報告会が近づくといつも「昔の先輩Mさんのように自分に自信がある人は、プレゼン
なんてちっとも苦じゃないんだろうな。」とMさんを懐かしんでいたのだが、その思いがMさん
との再開を引き寄せたようにも思える。
ただの偶然と言われればそれまでだが、このところ弱りきっていた私は「ネガティブな感情が
苦手な人を引き寄せ、ポジティブな感情が会いたい人を引き寄せた。」と思わずにはいられ
なかった。

(AIH周期診察 
D9で卵胞チェック。
LHの検尿があった。
「20ミリだから意外と育ってるね〜。
でもLHサージがまだなので、明後日もう一度チェックして日を決めましょう。」
とのこと。
クロミッドを飲んだ翌週はいい卵が育つという先入観があるせいか、エコー画像に映る卵が
いかにも「いい卵」のように見えた。

気がかりな行事はすべて終わったというのに、まだ気持ちが晴れ晴れしない。
不調のピークはインフルエンザと共に過ぎ去ったと思ったのに、むしろ問題を知った今の
ほうが気が重い。
そんな調子なので職場での人間関係もややギクシャクしたものを感じていた。
というのも、一人だけ心を開いてくれない後輩(女性)がいるのだが、職場の誰に対しても
そっけない態度なのであまり気にしないようにしていたのに、最近どうも彼女のことが気に
なって仕方がないのだ。
無口な彼女は何を話しかけても「はい」「いいえ」だけで会話が発展せず、仲良くしようにも
取り付く島を与えてくれない。
私が意識するせいか、私が彼女の席に近づくと相手も身構えているような気がした。
というか妙な確信を感じていた。
このことがどうも気になり、これまでの偶然の現象も合わせてE子に相談すると
「普段レイキをやっている人は"上"と直につながっているから、ネガティブな思いはとことん
ネガティブに実現しやすくなり、その逆もまたそうなんだって。
その彼女、会話はないのにfeeとネガティブな感情のキャッチボールをしてしまってるんだね。
最初にボールを投げたのがfeeかどうかはわからないけど、気になるならfeeが断ち切るしか
ないよね。
でも私なら"親しくても腹六分"でそんな人とは必要最小限の接触に留めるだろうに、和顔施の
努力をするfeeは偉い!」
と言っていた。
やっぱりか、と思った。
放つエネルギーと同等同質のエネルギーが返ってくる、つまり引き寄せの法則なのだ。
謎の鍵を解くヒントを一つ得た思いだった。

浮かない顔をしている私を見かねた夫からは
「結果に感謝するのも悪くないけど、レイキは未来に対して『うまくいきました。ありがとう
ございました。』って言うほうが効くんだよ。
それ、実行してる!? してないでしょ。
僕は仕事で毎日実行してて、これまで何度も助けられてるよ。
明日から一週間、試しにやってみるといいよ。」
とアドバイス。
要はアファメーションのことを言いたかったらしいが、夫はそんな言葉は知らないので
聞きかじりの知識と自分の経験で語ってくれた。
確かに、未来に対してのアファメーションが出来ていなかったと思った。
もっとも夫のスピリチュアル体験はといえば「発注しなければ在庫が無いと思っていた
部品が、『会社に1個ありました、ありがとうございました』って唱えたら、本当に会社に
偶然あった」とかそんなレベル。
私が抱えるものとは次元が違う、と思いたい。

翌日はMさんとの食事会だった。
私が入社した頃既にシングルマザーだった彼女は、仕事への取組み姿勢が他の女性社員
とは格段に違い、今や管理職の地位についている。
しかも当時小学生だった息子さんは外科医として活躍、既に結婚し7歳の子供(つまり彼女
にとって孫)までいるという!!
私と彼女は10歳も違わないというのに・・・。
私が報告会の愚痴をひとしきり言うと
「あんなの、自分が日々やってることを話せばいいだけだから楽勝じゃん。
まぁ確かに北○鮮のアナウンサーかと思うような勢いで語る人もいたから、feeちゃんがビビる
のも仕方ないか。
あーいうのは慣れだよ、慣れ!
ウチの息子なんてずーっとクラス会長してたから、人前でしゃべるのだけはほんと達者だよー!」
と笑っていた。
慣れと言われても、凛々しいMさんを見ていたら「それはやはり母の血でしょう」と思わずには
いられなかったが、トラちゃんが同じように母の血統を受け継いでいるとは考えたくなかった。

(AIH周期診察◆
D11で2度目の卵胞チェック。
ふたたび検尿。
「22ミリなのでいつ排卵してもおかしくないんだけどLHがまだ薄いね・・。
明後日は休診日なので明日AIHやっちゃいましょう。」
ということでAIHの日程が決まった。
HCGを家で自己注射させてくれればもっとタイミングが合うのに・・と思うが仕方がない。
帰宅後、就寝前に排卵検査薬を使うとまだLHは薄く、夫に「明日の夕方にAIHをしたいのだ
けど午後から仕事を休めない?」と聞いたが「明日は絶対無理」と言われ撃沈

この夜、育児サイトを見ていた時に「子供の頭の良し悪しは母親で決まる」という記事を発見
した。
それは「その父賢にして、その子の愚なるものは稀(めずら)しからず。その母賢にして、その
子の愚なる者にいたりては、けだし古来稀(まれ)なり」・・・つまり「賢い父の子が必ずしも賢い
とは限らないが、賢い母の子は皆賢い」という名言があるほどで、昔から人々は母の血統に
着目していたというのだ。
先輩Mさんの記憶も新しい私はやっぱりか、と思った。
Mさんだけではなかった。
そう言えば今年の大河ドラマの主人公八重とその兄は非常に聡明な人物だったそうだが、何
より2人の母が非常によく出来た人だったと正月の番宣でさかんに言っていた。
野口英世や福沢諭吉など後世に名を残す偉人も母が立派だったという話をよく聞く。
今年はいつになく職場に受験生の親が多く、特にここ数ヶ月は彼らの愚痴を聞かされ続けて
いた私は、この話にトラちゃんの行く末を案じてしまうのだった。

(AIH当日)
朝の時点でLHサージはまだ出ていなかった。
となると、朝AIH後にHCG注射で強制LHサージ→今夜は体力的に夫が無理なので明日の夜、
早めのタイミングでダメ押し、という流れでいくしかない。
夫は私のお腹と採精容器に「がんばれよ〜!」とレイキをかけて出勤。
朝イチでクリニックに行くと、今日は採卵の人が多いらしく1時間ほど待たされた。
明日のタイミングも生かしたい今となってはHCG注射は遅いほうがありがたい。
結局10時過ぎにAIH(未排卵、23ミリ)、10時30分頃にHCGとなった。

(AIH翌日)
予定どおりAIHの翌日にダメ押しのタイミング。
ネット情報によると、HCG注射の後40時間ぐらいで排卵するようなので本当は帰宅後すぐに
でも・・と思うが現実にはそうもいかず、結局いつも通りトラちゃんを寝かしつけた後の沙汰と
なった。
ギリギリ間に合っていることを祈りたい。

先日の夫とE子のアドバイスを元に、会社では「危ない」と思ったら即心の中で感謝を唱える
ことでネガティブな感情が続くのを阻止、家ではレイキをする際にとりあえず明日の幸せを
アファメーションしてみたところ、一番しんどかった時に比べれば気持ちが随分マシになった
ように思う。
Mさんと再会し元気を分けてもらったことや、時間薬が効いてあのヤマ場の記憶が薄れつつ
あるというのもあるかもしれない。
例の後輩女性の横を通る時も「いつもありがとね」と心の中で無理やりつぶやくように心がけて
いたら、珍しく向こうから朝の挨拶をされ驚いた。
久しぶりに体重計に乗ってみるとなんと-2kg!!
もう戻れまいと思っていた数字に戻っていてビックリ。
そういえば最近は制服のウエストが緩かったような。
インフルエンザのせいかそれとも心労か・・・!?と思い夫に話すと「実は僕も最近、体重が落ちて
きた」と言う。
単にここしばらく手抜き料理だったせいかも。

(AIH後判定待ち)
最近はヨガ教室の後、わずかな時間ではあるがE子とファーストフード店でお茶をしながら情報
交換をしている。
前述の母の血統の話をしたところ、幼児教育に明るいE子は
「親は皆、子供をいい大学に行かせたいとか言うけれど、家の構造に例えると大学なんていくら
でも取替えがきくカーペットみたいなもの。
コミュニケーションや社会のルールの基本を学ぶ保育園や幼稚園時代こそ、やり直しがきかない
基礎工事だと言われているんだよ。
大学なんてその気になればいつでも入り直せるけど、保育園は二度と入れないんだからね。
基礎がしっかり出来ていない家にどんないいカーペットをひいたってダメ。
トラちゃんの将来を案じるなら、くれぐれも今を大切に過ごしてね。」
と諭された。
まったくその通りだと思った。
もしかすると私が抱える悩みも、独身が長すぎたとか仕事に重心をかけ過ぎてきたとかじゃなく、
幼児時代にまで遡ったところに原因があるのかも・・とふと思った。
かつて自分が通った保育園(トラちゃんの保育園に私も通っていた)でこの歳になり苦手克服を
迫られるというのも因果な話だが、私がこんな調子では今が大事なトラちゃんにとっていいはず
がない。
何とか上昇せねばと思った。

そのE子は最近、ヒーラーHさんの紹介でRさんというスピリチュアルカウンセラーに会ってきた
のだそう。
自称本の虫なのに本を手に取れなくなるほど不調だったというE子は、Rさんのカウンセリング
を受け色々と開眼したことがあったようで、私にもカウンセリングを受けるよう勧めてくれた。
レイキマスターでもあるRさんは、レイキ以外にもペンデュラムを使ったダウジング(潜在意識
を開く)やインナーチャイルドセラピーなどを得意としているらしく、まさにザ・スピリチュアリスト
というかんじ。
少し前の私なら遠慮したかも?と思うような人物だが、このネガティブスパイラルからの脱出を
目指し悪戦苦闘中という絶妙なタイミング、そしてE子がRさんに言われたという「病んだ心で
レイキするよりカウンセリングを」の言葉がまるで自分に言われているかのように感じ、次の日
にはRさんに会ってみようという気持ちになっていた。
Rさんのサロンが私が通うクリニックと番地しか違わないほどすぐ傍だったという偶然にも因縁
めいたものを感じた。(何せクリニックは自宅から1時間半の遠方なので)
E子によると、カウンセリングの時間が限られているため話したい内容をあらかじめメールして
おくといいとのことで、現在頭を悩ませながら文章を練っているところだが、自分の内なる問題
だけでなくトラちゃんを育てる上でも何かヒントを与えてもらえるのでは・・・?と期待をしている。


そんなわけで胚移植は残念な結果に終わり、現在AIH周期の判定待ちです。
今回は余剰凍結胚が得られなかったため高度治療目的での通院はもう無いかな、と思いつつ
クリニックから完全に離れる前に、通院がてらぜひ一度Rさんを訪問したいと思っています。
そしてテクニカル面としては、PTA執行部を引き受けたこともあり、ここはやはり話し方セミナー
でも受講して場数をこなし度胸をつけようか・・などと考え中です。
某小町掲示板では「PTA役員をするとママ友ではなく友人ができますよ」というアドバイスを
発見し一筋の光を得た思いですが、いやはやまさか「お見合い道」が「PTA道」と直結していた
とは・・・
あらためて目の前に開けた新たなステージに感無量(?)です。



★「母親たちのつながりに依存するPTAという組織、『本当の敵』はどこにいる?」
七人の敵がいる (集英社文庫)
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まさかわたしがPTA!?
まさかわたしがPTA!?



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