女子の人間関係

2018年01月17日

新学期の憂鬱

3学期に入ったとたん、気の滅入る予定が2つあります。
いずれもいわゆる"ママ友"的義理づきあいを伴うもので、それぞれに苦手なママさん有り。
もっとも私の場合、苦手じゃない人を見つけるほうが難しいのだけど

断れなかったのか?と言われれば、無理に断れなかったこともない。
参加することによるメリットより受けるダメージのほうが大きいのは目に見えてるし。
・・つまりHSPは些細なことでも脳に深く刻まれ過ぎて、経験を積めば積むほど次の似たような場面で萎縮してしまう。
なのでカウンセリングサイトには気乗りしないことはやらなくていいとさえ書いてある。

しかしそれができる性格なら悩まないわけで。
今回も誘いを断るというアイデアが実現することは無かった。
それは「わが子のため」という母性なのか、それとも克服心が強すぎるのか・・・?
いや単に同調圧力に抵抗する気力が無いだけか。

うんと前向きに捉えるなら、"声が掛かるだけマシ"なのだろう。
たとえ頭数合わせだとしても・・・!?


ともあれ"始まれば終わる"を唱え、仕事と思ってやり過ごしてみます。


鈍感な世界に生きる 敏感な人たち
イルセ・サン
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2016-10-22



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2017年12月07日

顔だけ美女

保育園に始まり習い事、学童・・とわが子の送迎歴はかれこれ7年になる私ですが、その歴史はママウオッチングの歴史でもあります。
中でもつい気になるのが、ママ同士すれ違いざまの挨拶。

基本私は、"利用者同士が施設内ですれ違えば挨拶をするのは普通のこと"というスタンス(街中やスーパーならともかく)なのだが、同じように相手にかかわらず挨拶をするママさんは4割、いや若いママさんに限って言えば2割ってとこだろうか。
私のひと回り以上も若いであろうママさん達は、知り合い以外とは挨拶をしない人がとても多いのだ。

もちろん、ひと口に挨拶をしないと言っても色々で。
こちらから挨拶をしたら、今気づいたかのように小声か目礼で返す人。
こちらから挨拶をしても気づかぬフリをする人。
知り合い以外はスルーがデフォルトだが、私が挨拶をする人物だと学習すると次からは挨拶を返すようになる人。(が、相変わらず自分からはしない)
私が挨拶をする人物だと学習すると、次からは先手でプイと横を向く人。
中には、わが子が横で「あっトラちゃんのママだ〜!」と叫んでもブレないツワモノもいる。
そういった人には"言わせてみせるぞホトトギス"とばかりにしつこく挨拶を試みるもほぼ報われず
当の子供は今日も園や学校で「挨拶をしましょうね」と習っているというのに、何とも矛盾であります

かく言う私のほうにも原因はある。
見るからに世代の違う高齢ママ、しかも地味で影が薄い・・となれば、スルーしたい気持ちはわからないでもない。
同類以外との関わりを避けるのは、たぶん動物の本能なのだ。
しかしそれゆえに、より社会的な生き物であるはずのヒトの大人が挨拶ひとつできないとは、何とも動物的だなぁと。

ところで、彼女らには一つの共通点があります。
それは、"無視するママは決まって美人"という法則。
これは無視行為をする人の普遍的な傾向で、挨拶に限ったことではない。
3人での会話が出来ないのも決まって美人ママだ。
たとえば2人が立ち話をしている所に割り込んできて、あたかも2人しかいないかのように片方を無視して喋りだす・・というママさんが時々いる。
私はだいたいハブられる側なのだが、そんな時は挨拶スルーと同様つい自分に原因を探してしまう。(相手側の問題と自分をごちゃまぜにしてしまうのはHSPの悪い癖

私の場合、問題の切り分けをするには理詰めで自分を納得させるしかなく、腑に落ちる話はないものかと探したところ、こんなコラムがありました。

■美人の性格が悪いメカニズム

無視するのは"目立ちたい、構って欲しい"の心理。
特に美人は年齢と共に性格が悪くなりやすく、嫌われてでも自分の存在を知らしめたいというナニワのオバチャン的マウンティング心理が無意識に働くらしい。(無意識に気配を消している私と真逆!!)
ブスのひがみも多分にあれど、無視をするのは相手(私)に"気にして欲しい"の裏返しだったのです。
そんな風に捉えれば、美人の無視もあまり気にならずに済みそうです。

そして性格の悪い美人でも、いわゆる一軍男子と結婚できてしまう理由はこちら。

■なぜ男は“性格ブスな顔だけ美女”にダマされるのか

「とにかく男は見る目がない」・・男性側からの意見だけに真実味があります。
もっとも、美人は冷遇や挫折の経験が少ない上に総じて早婚なので、未熟な人が目立つだけかも?しれません。(これはブスのひがみ



ブスが美人に憧れて人生が変わった話。 「美人は性格が悪い」って本当!? [ フジコ ]
ブスが美人に憧れて人生が変わった話。 「美人は性格が悪い」って本当!? [ フジコ ]



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2017年11月21日

意地悪は不治の病〜ヒトはいじめをやめられない

生来の弱気が災いし意地悪やからかいの対象になりがちだった私は、結構幼い頃から"意地悪は生まれつきの病気のようなもの"だと感じていました。
そして母となった今、同じように意地の悪い子やおそらくそれの発展系・・マウンティングや逆マウンティングをしてくる毒ママらを見るたび再認識させられます。

意地悪は先天性の不治の病、それも高確率で遺伝だなと。

だって幼いわが子に「意地悪をせよ」と教え込む親などいないし、実のわが子に意地悪をする親も普通はいない。
ところが保育園の幼児の中にさえ、意地の悪い子は一定数いるのが現実。
そんなのは4歳のトラちゃんでも知っていた。
だから生まれつき。
そしてついそんな目で見るせいだろうか、その子の本質的な部分は母親由来のような気がする。
意地悪というより、性格の歪みのようなものかもしれないが。

いっぽう、面と向かって(たとえ腹で何か思っていたとしても)嫌なことを言わないママさんの子は、幼い頃からやはり面と向かって嫌なことを言わないしやらない。
これも生まれつきなのだ。
元々共感力が高いタイプなのだろうが、私やトラちゃんなんかもたぶんそれ。
もっとも私(とトラちゃん)の場合は言わないというより、言えないだけだが

そう、トラちゃんも私に似て気弱なところがあるのでこの先ちょっと心配。
なぜなら、まだ人間になり切っていない子供らの世界は獣と同じく弱肉強食で、強い者は崇められ弱い者が軽んじられるのが常だから。
温厚さや善良さよりも、強さのほうが魅力的なのだ。
私の経験上、子供らが理性を身に着け人間らしくなるにつれ、性格の悪い子は次第に干されていくはずなのだが、女子の世界で温厚な子が一目置かれ始めるのはせいぜい中3か高1くらいだったろうか。
・・・いやはや気が遠くなります。

ちなみに自身の園時代から中学までを振り返ると、私をいじめたり仲間はずれにした女子達は、成長して多少性格が丸くなったりはあっても、嫌な部分が消え去ることはなかった。
そしてなぜか、いずれも勉強が苦手ないわゆる"落ちこぼれ"になっていたと記憶している。
干されると言っても必ずしも孤立するわけではなく、普段は似た者同士で固まって威勢がいいのに、授業で当てられると急にシュンとなる、みたいな。

これは言っちゃいけないことかもしれないけど。
"意地悪=相手の気持ちを推し量れない"または"自分を制御できない"だとすると、意地悪ってつまり

オツムが弱いってことなんじゃないかと。

もっとも有名私立中学校でもいじめはあって、お利口なだけに陰湿で巧妙、なんて話も聞くので何とも言えませんが。
女子の人間関係が私の子供時代よりも難しい昨今、トラちゃんにはせめて私より強くなってほしいと思うのでした。



■著者中野信子氏によれば、脳科学的に見ていじめはDNAに備わった生存戦略であり快感を伴う行為。
なので共感力が未発達の子供に、いくら「相手の気持ちを考えよ」とか「いじめをするな」と言ったところで、いじめが無くなることはないのだそう。




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2017年11月13日

アリとキリギリス

PTA某委員会の会合があるたび思うことがあります。
それは "早めに立候補して良かった"ということ。

というのも、委員会は2学年ごとに分かれて集まり意見を調整したのち全体審議へ、というパターンが多いのだが、我々1、2年生委員は自ら立候補したメンバーばかり。
低学年で立候補ということは、"後々大変な目に遭わぬよう早めにやるのが吉"と腹を括った人々であり、「アリとキリギリス」で言うならアリさん的人々。
中にはキリギリス的教訓を上の子で学んだというメンバーもいる。
なので皆さん協力的で、何をやるにもスムーズなのだ。

たとえば行事への参画で、"各グループ○個ずつ提案を"という時などは、最少動員・最少拘束時間とすべく活発に意見交換がなされるあたり、いちいちゴネまくる人がいた保育園PTAとは大違い
あの夏祭りの悪夢のように楽な役の奪い合いなんてものもない。
そんなオトナな人が多いのは、率先して立候補した人ばかりが揃ったからじゃないかと。

もちろん運もあるし、小学生の親ともなれば平均年齢が上がっているというのもあるでしょう。
しかし小学校PTAのお役目は、トラちゃんの園みたいに1人1回の就任義務があるわけではないので、同じ立候補と言っても中身が違う。
それは、6年間での委員就任率が3割程度という微妙なリスクでもヘッジしようというアリさん達ならではのことだと思うのです。

その証拠に、学年が上がれば上がるほど各委員への立候補者は減り、やむを得ずくじ引きでの人選となるらしく、高学年委員の中には一度も会合に現れないとか、「上の子でも逃げ切ってきたので全然わかりませーん」みたいなキリギリス達が続出なんだそうで・・
私はそれを聞いただけでもさっさとやんなきゃって思いましたが。

しかしそういったアリさん達に下支え?され、ずっと逃げ切ってきたことを武勇伝にしているベテランママさんが多いのも事実。
彼女らに物好きと言われようが器用貧乏と蔑まれようが、私にアリ以外の生き方は出来そうにもないのでした。



■PTAワールドを描いた小説「七人の敵がいる」のその後。
続編が出ていたとは知りませんでした!



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2017年11月07日

初仲人!?

過去記事でも触れましたが、私のライフプラン(というほどでもないが)の一つに、"お見合いおばさんをやりたい"という密かな願望があります。
もちろんその道のプロになりたいとかではなく、一度でいいからご縁を取り持ってみたいというか。

思えば、母に無理やりお見合いをさせられていた頃はお見合いおばさん(つまり仲人さん)が大嫌いで、"縁談をお世話するのは名誉なこと。リタイア後は仲人をやりたい"と語る友人のお母さんの言葉がまったく理解できませんでした。
しかし不覚にも40歳直前で自ら結婚相談所の門を叩きイバラの婚活道を歩む羽目となり、仲人さんらの尽力もありようやく成婚に漕ぎ付いた結果、「私もいつか彼女らのように・・」と憧れを抱くように。
その後時々「このブログを読んで婚活を始め、結婚が決まりました!」という嬉しい報告をいただくようになり、何か使命めいたものを感じ始めたという・・。
もっとも女性は歳を取るとお節介になり、誰かに縁談話の一つも持ち掛けたくなる生き物のようで、単に老婆心が出てきただけかもしれません

ともあれ理想にはほど遠いながらも伴侶を得、超高齢出産の結果ママ友ワールドに七転八倒し、それでも一人でも多くの人に結婚を勧めたいのは、"何でも経験した者の勝ち"だと思うから。
・・なんて書くと「人生勝ち負けじゃありません!」と言われそうですがこんな私でも辛い破局や婚活を経験したおかげで日々小さな幸せを発見できることを思うと、「自分以外の誰かのためにエネルギー使うのもそう悪くないよ」と伝えたくなるのでした。


そして実は今、縁談を一つ抱えています。
縁談というと大げさですが、ようは前職場の後輩に現職場の同僚男性を紹介したというわけ。
あまり詳しく書けませんが、女性は大卒キレイ系37歳、男性は高卒ガテン系32歳。

いきなりハードル高っ てかんじでしょうか。

いや実際、わが職場に彼女募集中の20〜40代男子は両手じゃぜんぜん足りないくらいいるのです。
何しろシフト勤務のガテン職場なので。
そして私が白羽の矢を立てたのは、38歳の松潤でも40歳のキムタクでもなく32歳の彼だった。
何となく、彼女と彼はフィーリングが合いそうだと思ったのです。
もう一つの理由は、女性が真剣交際を希望しているのに対し、32歳の彼が同じく真剣交際希望で非常に真面目な男であること。
それを裏付けるように、彼は「5歳も年上の高学歴女性はさすがに厳しいかな・・」という私の懸念をものともせず「ぜひお会いしたいです!」と大乗り気。
さっそく食事デートを取りつけたそうで、まずは第一関門突破といったところです。(両者とも仲人的な橋渡しや立会は不要とのことで、私は携帯番号とラインの交換だけ仲介しました)

このご縁、果たしてどうなりますやら。
オバサンの心はもはや、"月下氷人"(つまり媒酌人)として披露宴名簿に名を連ねる妄想へと飛んでいます〜


さて、取りとめのない記事が続いていますが、愚痴ネタがないわけではなく。
昨年の経験から、2学期は運動会さえ乗り切れば平和が訪れるものと思いきや、今年はモヤっとなる出来事がまだまだ継続中です。
主な原因はというと、やっぱり毒ママ親子。
その時の感情を都度スマホにメモってはいるものの、ドラマチックであればあるほど身バレのリスクに縛られるというジレンマ。
さらには更年期特有の気力低下も手伝って、どうも記事をUPするまでに至らないのです。(結局お流れになったネタも数知れず
これについてはブログスタイルの更なる見直しを模索しつつ、折を見てぼちぼち吐出したいと思っています。

ちなみに"子の年齢が上がるにつれ母親同士の関わりは薄れる"という公式にわが家が当てはまらないのは、近所に同級生女子がやたら多いことと学童通いをしているという、のっぴきならない接点のせい。
特に私は"人より10倍気付き"、"人より10倍得る情報が多い"というHSP気質で、良くも悪くも接点が増えた分だけ感受性もフル稼働というわけです。
私みたいな者は、心の安定・自分保護の観点からストレス要因となる接触を避けるのも一つの手なんだそうで、ご近所との断絶は無理でも、学童以外にトラちゃんの居場所(と言っても結局習い事ですが)を作るのもありかな・・などと思うこのごろです。

「習い事ばかりでかわいそう」というのはもはや昔の考えで、今や習い事は子供の大切な居場所の一つ。
"現代の子供や若者は居場所が多いほどリア充"という統計も発表されているようです。

特集 若者にとっての人とのつながり(内閣府)






鈍感な世界に生きる 敏感な人たち
イルセ・サン
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2016-10-22



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2017年10月13日

場違い

ご近所づきあいの最大行事、区民運動会がありました。
いつも似たような顔ぶれのこの運動会、なんだかんだ言ってわが家が毎年参加しているのは単に出てと頼まれたら断れない性格だから。
と言っても私達夫婦に声がかかるのは"風船割り"とか"大玉運び"とか、頭数さえ揃えばいいお気楽競技。
よって顔を出したところで株が上がるわけでも顔なじみが増えるわけでもなく、結局"無理して出なくても良かったんじゃ・・?"となるのがお決まりのパターンなのです

なんてったって、区民運動会はマッチョファミリーの晴れ舞台。
テントの中心を陣取るのは、アスリートばりに全身キメキメのマッチョファミリーとその仲間達。
その中にはもちろんお世辞ママ一家も含まれている。
かたやマッチョとほど遠いわが家は、居心地の悪さを感じつつもテントの隅で静かに出番を待つばかり。
しょせんマッチョファミリーらを引き立てるサクラでしかない。

閉会式後の懇親会だって、居心地がいいものではない。
メインテーブルで町内会長はじめ地元名士を囲んで盛り上がるのはやっぱりマッチョファミリー。
それ以外のテーブルも、子育て世代はほぼ仲良し同士で固まってしまう。
わが家はというと会話のできるご近所さんと相席できればマシなほうで、頼みの綱のトラちゃんは子供席に行ったきり親の所に来やしないから、最悪夫婦でサシ飲みの羽目となる。
もっともメインテーブルに混ざれと言われたところで無理なので、わが家はサクラがお似合いではあるが・・。

そして今回、今さらではあるがその居心地の悪さの理由がやっとわかった。
これまでは年季が浅いせいとばかり思っていたけどそうじゃない。

はっきり言ってわが家は"場違い"なのだ。

たとえばスポーツを通じて得た自信や社交性、あるいは地縁血縁、子供繋がりetc。
そういったものをひっくるめて"ムラ社会適応能力"みたいなものだとして、わが家はそのどれもが欠けている。
中にはこれと言った繋がりの無さげな県外転入組もチラホラいるが、彼らは存在感があるのでよく目立つ。
もちろん彼らなりに馴染む努力をしているのかもしれないが。

というか、そもそもそういう能力に長けた人が集まる場なのに、中途半端なこころざしで修行のように参加するから妙に浮いてしまうのだ。
その証拠に我が家みたいに影が薄く、薄いままの存在でいたい人はたとえ地元民であっても来ないし、ひとたび顔出しすると後々面倒なので敢えて顔出ししないと言うマッチョファミリーも少なくない。
もとより来る人より来ない人のほうがだんぜん多いイベントなのだ。

がしかし。
影の薄い家族でも子供が2人3人といれば自然認識されていくけど、わが家はそうはいかない。
我が家と地域とのつながりは結局、一粒種のトラちゃんだのみ。
年老いてからいきなり社交的になれるはずもなく、せめてトラちゃんが小学生のうちは顔出ししないと老後の居場所がなくなってしまうんじゃ・・?
などと案じては、来年もこの場に居るであろう痛い自分を想像するのでした。


ところでかつての職場で、同じ新興分譲地に仲間同志で家を建てるというのが流行った?ことがありました。
まだ独身を謳歌していた私は彼らを冷ややかな目で見ていたけれど、今ならあれは賢明な選択であり羨ましいとさえ思えます。
プライベートで気まずくなれば仕事に支障を来しかねないリスクはあるものの、うまくやればこれほど心強いことはない。
私だって、トラちゃん繋がりのママさん達と上手に付き合っていく自信はいまだに無いけど、同僚の奥様方となら何とかなりそうな気がする。
それでなくともマイルドヤンキー率の高いお土地柄。
何かと面倒な町内会や子供会行事、さらには学校行事にも気ごころの知れた同僚ファミリーがいれば、たとえ影の薄い高齢一人っ子母でも幾分か気が楽だったろう。

そんな選択肢も、同世代の同僚らと足並み揃えて結婚すればあったかもしれないと思うと、これもまた晩婚の仇だな、と思うのでした。

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2017年10月07日

女は愛嬌

トラちゃんの同級生女子を見ていると、そろそろ思春期?といった感じのおませタイプもいれば、まだまだ無邪気な園児タイプもいて、同じ2年生でもずいぶん違うものだと感じます。
もちろん生来の気質もあるし、早い子は3年生で初潮という話も聞くので、バラつきがあって当然なのですが。

そしてトラちゃんは言うまでもなく園児タイプ。
トラちゃんは精神年齢も身長も低いので、分不相応?にかわいがられて役得だな、と思うことがよくあります。
たとえば先のスポーツ教室では、ギャラリーの見知らぬママ達が「かわいい、かわいい」を連発。
体格としぐさ(落ち着きの無さ?)から、1年生と勘違いされたものと思われます。
また私とは目を合わせようともしないのにトラちゃんには話しかける、なんてママさんもたまにいる。
これはひとえにトラちゃんの人望で、もしトラちゃんが私の子供時代みたいに辛気臭い子だったら私の立場はもっと悪かったと思うので、我が子には随分助けられていると思います。

もっとも、無愛想な子より愛想のいい子のほうがかわいげがあるのはみな同じ。
私だってそう。
いつだったか、話の流れで「おかあさんはトラのお友達の中で誰が好き〜?」とトラちゃんに聞かれたが、とっさに思い浮かんだのは愛嬌のある園児タイプばかり。
何番目かにYちゃんが思い浮かんだものの、いかにもひねてるHちゃんやFちゃんはかすりもしなかった。
同じように、トラちゃんはとっつきにくい高齢母の子というハンデを差し引いても、ママさん受けは結構良いんじゃないかという妙な自信がある。

いっぽう、最近気になるのがトラちゃんの学童友達Uちゃん。
Uちゃんは顔立ちが綺麗なのにちょっとへそ曲りなところがあって、「その服かわいいね」とか「お絵かき上手だねー」とか話しかけても、素直に笑顔を見せてくれた試しがない。
ほとんどの場合、ムスッとして「別に〜だし。」とか「どうせ〜だから。」とか。
2年生らしからぬネガティブモードな口答え(へりくつ?)を言うのだ。
それは母親の普段の口調がそうなのか、あるいはもうプレ思春期なのか・・?
とにかくいつもそんな風なのであまりかわいいと思えず、話しかけるのをためらってしまう。
そしてつくづく思うのだ。

何を置いても、 ”女は愛嬌” に尽きるなと。

そのUちゃんはパパもママも多忙なようで、学童のお迎えはいつもおばあちゃん。
上に高学年のお姉ちゃんと下に小さな弟がいる。
勝手な憶測だが、Uちゃんのへそ曲りは真ん中っ子特有の愛情不足のサインのようにも見える。
このままだとUちゃんは、やがて女友達に煙たがられてしまうんじゃないか。
いや私が心配することじゃないんだけど、どうも私の子供時代と似てるような・・・。
(とはいえ私は根っから小心者ゆえ友達のママに口答えなどできなかったが)

わが身を振り返ると、私に対して無関心か全否定しかなかった母の態度がこの生きづらさの原因だと感じるので、その連鎖を断ち切る意味ではトラちゃんにきょうだいがいなくて結果オーライだと思っている。
私も母の子ゆえ、これ以上忙しかったらとても笑顔ではいられなかったと思うから。
2人目待ちの頃は、どんなに雑に育てたとしても子供の数が多いほうが幸せと信じていた私だが、今は子供にとってはそうとは限らず、母親の力量によりけりだと思う。

そんなわけで、トラちゃんには「女は愛嬌が一番だよ!」と教えつつまずは自分から、と思うのでした。



ところで、Uちゃんのママには一度だけ会ったことがある。(もう顔も忘れたが)
あれは去年の夏だったか、近くの公園に遊びに来ていたUちゃんが友達と一緒にわが家になだれ込んできたことがあり、そこへUちゃんママが迎えにきたのだ。
その時のことは忘れもしない。

外からUちゃんを呼ぶ声が聞こえたので玄関に出て行くと、ポーチの少し手前に若くて綺麗なママさんが立っていた。
Uちゃんのママだということはすぐにわかった。
しかし彼女、挨拶はもちろん会釈もしない。(まじで)
少し離れたところからただひたすら「U! U!! 帰るよ〜!」と叫ぶだけ。
こちらは「こんにちは〜」と言ったので、私が目に入らなかったとは思えないんだが・・。

面識がない人とはたとえ家の敷地内であっても挨拶不要というマイルールなのか?
それとも、私が家政婦にでも見えただろうか?
あるいはわが家を児童館か何かと勘違いしてるとか

冗談ではなく、そう思わずにいられないほどの衝撃だった。
子供をわが家へよこしても後で何のフォローもないママさんはザラにいるけど、サシで鉢合わせて無視とは・・
私自身まだ毒ママらの免疫がついていなかった頃のことで、しばらくひきずった記憶がある。

ちなみに私は、たとえなりゆきでもトラちゃんがよその家に上がったと知れば、行事の時にそのママさんを必死に探し出してお礼を言うタイプ。
知らないフリなんて気持ち悪くて出来やしない。
そうやってペコペコしてばかりだと下に見られがちだけど、常識的なママさんにダメ親認定されるほうがよほどリスキー。

あのシーンを思い出すと、Uちゃんのへそ曲りは愛情不足うんぬんよりも単にあのママのコピーなんじゃないの!?と思いたくなるのでした。

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