アラフィフ

2018年07月04日

夏祭りの憂鬱ふたたび

もうすぐ毎年恒例の夏祭り。
クラスは既にお祭りの話題で持ち切りらしい。
4年生からは子供同士で行けるルールなので、保護者同伴のお祭りはこれが最後。
あと1回きりの辛抱なのだが・・・

いったい誰と約束してくるのか?
そのママさんとは、果たして連絡を取り合えるだろうか?
昨年みたいに苦手なHママと一緒に行動するのは避けたいし。
かと言って天敵のFママはもっと無理。
苦手だらけの母は、今年も相変わらず憂鬱なのだ。

いっぽう家族で行き(家族だけで行くことにトラちゃんが納得するとは思えないが)、園時代よりも更に結束力の強まったママ友親子グループを見るのもつらい。
3年ともなるとあらかた顔がわかるだけに、それが他園出身グループだったとしても疎外感。
下の子繋がりのわが子の出身園グループならば更にダメージ大だろう。
いっそ小旅行の予定でも入れてしまおうか・・。(って昨年も言ってたような

もっとも子供同士でお祭りに行くようになると、先に約束してたのに反故にされたとか、○○ちゃんはいいけど△△ちゃんはダメとか。
そういった摩擦やトラブルは、ずっと避けられない。
人間関係が広がるというのは、たぶんそういうことなのだ。
それを2人分も3人分も乗り越えてきている先輩ママさんには、経験の質も量も到底敵うはずもなく・・・。

ひとりっ子母が下に見られるのも止む無しか、とつい弱気モードになる母なのでした。

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2018年06月17日

アラフィーのリーマム?

美容院で出される雑誌がWithやLEEからSTORYやeclat(エクラ)に変わってはや数年。
ふと調べてみると、STORYとかeclatの読者層ターゲットは見事にアラフィフ世代なんだそう 


ところで、これらの女性ファッション誌では、アラフィフのことを"アラフィー"と呼ぶらしい。
ワーキングマザーもまたしかりで、ワーママにあらず。
 "リーマム"と呼ぶそうだ。

単に響きがいいから?? 
それとも読者に連帯感を持たせるためのスラング? 
実は流行語大賞狙いとか・・!?

 "アラフィーのリーマム"にドンピシャでな私ですが、何故あえて呼び換えるのか? つくづく謎です。


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2018年06月08日

雑草魂

この季節、週末ごとの草むしりが日課になっている。
というか、もはや趣味と言っていいかもしれない。
検索してみると、草むしり愛好家は意外に多く、"草むしりは奥が深い"とか"無我の境地になれる"と熱く語る人も。
かつてレイキのセラピストも言っていたが、草むしりをすることで知らず大地のパワーを享受する、つまりグラウンディング効果なのだろう。

スピリチュアルな視点を抜きにしても、草むしりにはさまざまな気づきがある。
たとえば、大きめの石やプランターの下には決まってダンゴ虫の棲家があることとか。
一昨年植えていたヒマワリが、昨年は出てこなかったのに今年はひょっこり芽を出したこととか。
どこから種が飛んできたのか、いつの間にか植えた覚えのない花が幾つも増えていることとか。
雑草はどんな環境にも柔軟に適応して生きようとする、まさに雑草魂の持ち主であることとか。

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草むしりをすることでご近所との会話も生まれる。
我が家の裏手には老夫婦が住んでいるのだが、私が裏庭で草むしりをしていると、時々おばあちゃんが野菜をくれる。
いつも貰ってばかりですみませんと言うと、いえいえこちらこそ貰ってくれてありがとうと返される。
聞けば近所の年寄りは皆畑を持っているし、息子の嫁は調理済みなら受け取るが生の野菜は受け取ってくれないしで、採れ過ぎた野菜のやり場に困るのだと言う。
以来、草木の名前を教えてもらったり花の種や苗の交換をしたり。
すっかり庭友達である。

トラちゃんが草むしりを手伝ってくれることもある。
抜いても抜いてもへこたれない雑草は偉いね、などと他愛ない話をしながらの草むしりは珠玉のひととき。
大人になってふと思い出すのはTDLでもUSJでもなく、意外とこんな場面なのではないだろうか・・。

草むしりをするにつけ、わが子の懐かしい記憶となるかもしれない庭があってよかった、庭を全面コンクリートにしなくてよかったとつくづく思うのでした。




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2018年05月19日

耳が痛い

夫とトラちゃんの入浴中に買物に出た時のこと。
家まであとわずか数百mという交差点で、なんと警察に捕まってしまった
理由は一旦停止違反。
罰金7,000円の切符を切られ、高い買物になってしまったとため息をつきながら帰宅した。

家に戻ると、ちょうどトラちゃんがお風呂から上がってきたのでこう言った。
「お母さん、スーパーの帰りに警察に捕まっちゃった。
"止まれ"のところでちゃんと止まってなかったって言われてさー。
久しぶりにパトカーに乗っちゃったよ・・。」

「えー! ケーサツ
お母さんどうなるのっ?
警察に連れて行かれちゃうの!?」

トラちゃん半泣きである。
そこで罰金を払えば許されることを説明し、ようやく落ち着きを取り戻してくれた。

「お父さんに言ったら、叱られるだろうねぇ。
だってお父さんが捕まった時も、お母さんすごく怒ったからね。」

「お父さんに言うの? 言わないの?」

「うーん、内緒にしてもたぶんバレないんだけど。
やっぱ隠し事は良くないから、言うよ。」

「ほんとに言うの!?
じゃぁわたし、その話聞きたくないから耳塞いでるね!!」

そう言って両手で耳を抑えた。
母の繊細さを受け継ぎ、ハラハラドキドキが大嫌いなのだ。

そこへ夫が登場。
「パジャマも着ないで何やってんの?」

「なんでもない! ちょっと耳が痛いの。
お母さん、言うなら早くお父さんに言って!!」

たまらずトイレに逃げて行った。
夫に事情を説明すると、案の条ブツブツ小言を言われた。

「おとーさん、もうやめて!!
おかーさんかわいそうだよ。
お金払ったらちゃんと許してもらえるんだから、もういいよ!」

トイレからトラちゃんが叫んだ。
子供はいつだって母の味方なのだ。

「あのさー、これがもしお父さんが捕まったんだったら、お母さんどうなるか知ってる!?
お父さんの100倍ぐらい怒るんだよ?」

「いいからそのお話もうやめて〜

トラちゃんのおかげで、小言だけで済んだのだった。

そして後になり、ハタと気がついた。
あれは繊細というより、両親のいさかいを恐れていたのではないか?
だとすれば耳を塞いで当然である。
夫婦喧嘩は児童虐待と同じで、子供の脳にダメージを与え、その後の人生を生きづらくさせてしまうという、耳の痛い本を読んだばかりだった。


かく言う私も、幼い頃は両親の喧嘩によく泣かされた。
時には父が母に暴力を振るうのを見ることもあった。
もちろん子供は全員母の味方だったが、それが更に父を激昂させていたように思う。
大人になり、あれは母の毒舌にも原因があったのだと思えるようになったが、あの忌まわしいシーンは脳裏に深く刻まれ、けして忘れることが出来ない。
そして私は、とうとう父を嫌ったまま大人になった。

耳が痛いのはトラちゃんではなく、私のほう。
何度もハラハラさせてしまってごめんねトラちゃんと、反省しきりなのでした。



■著書「子どもの脳を傷つける親たち」の内容はクローズアップ現代でも詳しく紹介されています。
クローズアップ現代 夫婦げんかで子どもの脳が危ない!?

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2018年05月15日

お膳立て?

前回のことがあったからというわけではないのだが。
少々言い訳をすると、いわゆるママ友づきあいをしない私でも、我が子の遊びを仲介してやることがたまにある。

4月には、トラちゃんと共にとあるハンドメイド系イベントに参加した。
というのも、トラちゃんの習い事友達であるDちゃんのママに「こんなイベントがあるんだけど、トラちゃんと一緒にどぉ?」とたまたま声をかけられたのだ。
聞けばDさんはそれの認定講師なのだという。
彼女の雰囲気から、勝手に勤め人とばかり思い込んでいた私はビックリ。
その参加費の高さにもビックリだったが、「会場にはキッズコーナーもあるしトラちゃんが来てくれたら遊び相手ができてDも喜ぶわぁ〜♪」と屈託なく言われ参加を決めた。
わが子のためには"人づき合いは腹六分"とばかりも言っていられない。
もちろんトラちゃんは飛び上がって喜んだ。

こんな性格ゆえ、イベント当日までは"カモにされたのでは"という気持ちと"声を掛けてもらえるだけありがたい"という気持ちが半々。
しかし参加してみると意外にじんわり楽しく、来て良かったと思えた。
ハンドメイドセラピーというのだろうか、手先を使う反復作業は無心になれて、どこか癒されるのだ。
Dさんのコーディネート力もあるが、雑談をしつつの作業風景はまさに主婦サロンさながら。
参加者は皆初対面だったが、子の同級生のママ達よりよほど気楽だった。
何より(たとえカモだったとしても)、サロネーゼのお手本みたいなDさんと近しくなれたことと、トラちゃんがDちゃんと丸一日楽しく遊べたことは収穫だった。

またある日はMちゃんが遊びに来たので、Mちゃんママの了解を得て車で15分ほどの親水公園に連れて行った。
これは住宅密集地の宿命だが、Mちゃんのように近所友達じゃない友達を家に呼ぶと、近所の子らの突撃訪問で2人の関係を壊される・・たとえばHちゃんがノーアポで割り込んで来たくせにトラちゃんを独り占めして先約のゲストをのけ者に、なんてことがままあるのだ。

そのゲストがやんちゃな近所の子らとうまく渡り合える子なら放っておくのだが、Mちゃんはやや人見知りタイプ。
そしてトラちゃんに双方をうまく取り持つほどの技量はない。
子供らにとってそういった経験も学びであることは重々承知だが、数少ないまごころママさんの子であるMちゃんに不快な思いをさせるのはどうも忍びなかった。
ややお膳立てし過ぎの感はあれど、善良な人の子にわが子と仲良くなって欲しいと思うのは親心である。

さてその翌日、フラリとFちゃんがやって来た。
暇を持て余していたトラちゃんは大喜び。
かたや私は愛想笑いしか出ない。
Mちゃんに対するようなホスピタリティ精神がFちゃんにわかないのはF親子の性格ゆえであり、私の問題ではないと呪文のように唱えるのだった。
その辺の微妙な母の態度の差は、トラちゃんも薄々勘付いているのかもしれない。

ところでこの日は暑かったので、トラちゃんがおやつにアイスをくれと言ってきた。
そこで私は、ついうっかり「昨日も○○公園でソフトクリーム食べたし、食べ過ぎじゃない?」と言ってしまった。
失言した!!と思うも既に手遅れ
チェック魔のFちゃんがそれを聞き逃すはずもなく、すかさず「○○公園行ってきたの? 誰と〜!?」と聞いてきた。
私は冷凍室をゴソゴソやって聞こえないフリ。
すると背後でトラちゃんがこう言った。
「お母さんとだよ。水あそびしたらパンツまでビッショリになっちゃった。」

まさに神対応である。
Mちゃんと行ったとは言わないが、しかし嘘ではない。
8歳らしからぬ洞察力を見せつけられ、ホッとするというより少しショックなワンシーンだった。

それにしても、つくづくFちゃんは母親ともども要注意。
誰と遊んだかなんてのはまだ序の口で、うちに来ると必ずと言っていいほど「トラちゃんのパパはどこの会社なの?」とか「近所の○君のママはXXなんでしょ?」とか、まるで詮索好きの主婦みたいにずけずけ聞いてくる。
だいたい8歳がそんなことを聞くなんて、ズバリ母親が気にしている証拠。
入手した情報は全てあのFママに直通かと思うとゾッとする。
トラちゃんと遊ばせるという選択をする以上は仕方ないと割り切るしかないのかもしれないが・・。

そんなわけで、子をとりまく人間関係の摩擦をしっかり甘受している私は、世捨て人というほどでも、かろうじてポツンでもないらしい。
さすがにHママみたいな親子団体行動は無理だが、こうして振り返ってみると地味で高齢、一人っ子親という三重苦の割にはまぁまぁ頑張ってるんじゃない?なんて思うのは独りよがりでしょうか・・・。


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2018年05月10日

コソコソ話

もうすぐGWというある日のこと。
家族で夕飯を食べていると、急にトラちゃんが耳元で囁いた。
「あのね、お父さんにはもうお風呂で話したんだけど。」

お父さんには話したのになんでコソコソ話??と思いつつ耳を傾けると、更に声をひそめてこう言った。
「Mちゃんがね、今度のお休みに○ちゃんと△ちゃんとママ達でお山に登るんだって。
今日Mちゃんがプールでそう言ってたの。」

なるほど小声になるわけだ。
正直、私も心がざわめいた。
そのグループにF親子がいないのは救いだったが、Mちゃんをはじめとするメンバーは皆トラちゃんと同じ園仲間。
H親子(他園出身)のリア充自慢のようには聞き流せないのも無理はない。

嫉妬はおろか嫌悪や憎しみもまだ知らぬ我が子だが、小さな胸にわきあがったざわめきをストレートに伝えるのはどうもはばかられたのだろう。
あるいは聞かされる私の胸中を気遣ってのことなのか・・。
ともあれ、教えたわけでもないのに過剰同調なところは親譲りである。

仮に気丈なFちゃんやHちゃんがトラちゃんの立場なら、きっとこう言い返すに違いない。
「私だってこんど◎ちゃんとXXに遊びに行くもんねー!」
と。
これもまた親譲りなのだ。

いつの間にかそんな子供らしい自慢返しの一つもやらなくなったわが子に、成長を喜ぶよりも将来の生きづらさをつい懸念してしまう母なのでした。


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2018年05月01日

園芸係数

実家の母は無類の花好き。
その母はよく私に、"花はゆとりを表すモノサシ" であると言う。
いわく、
そもそも忙しい人や悩みを抱えている人は、花に気が向かないもの。
そして庭を見栄えよくするには手間暇かかるしお金も結構かかる。
だから花を育てるということは、お金と心の両方にゆとりがある証拠なのだよと。

さらに言うと、
女はファッションや車、夫の収入、子の出来不出来などあらゆる場面で張り合う生き物だが、子育てを終え暇になってくると庭でご近所と張り合う。
特に高齢者は、いくらお金や時間があっても健康でなければ庭いじりはできない。
もちろん花を育てること自体素晴らしいことだが、そういったリア充を誇示するマウンティング要素も実はあるんだよ、と。

そういえば名作「赤毛のアン」では、慎ましく暮らしながらもガーデニングで密かに張り合う田舎の主婦達の姿が描かれていた。(閉鎖的な地域柄、張り合うのは庭だけではなかったが)
"隣の芝生は青い"とか"隣の花は赤い"ということわざもあるように、庭で見栄を張りあうのは古今東西万国共通なのかもしれない。


ところで近頃は、ガーデニングのお金の掛け具合のことをエンゲル係数ならぬ"園芸係数"と呼ぶんだそうで。
母のような花好きは、その園芸係数で庭の主の懐具合だけでなくライフスタイルまでをもつい推し量ってしまうという。

「だから下らないことで張り合うより花を植えなさい。
家がどんなに散らかってても料理が下手でも(どうせ見えないんだから)、庭さえきれいにしておけばいいのよ!」

なかば強制で花の苗を押し付けてくれる母である。

ベニシアの庭づくり ハーブと暮らす12か月 [ ベニシア・スタンリー・スミス ]
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おかげでわが家の庭はただいま花真っ盛り。
マメに世話をしているのかと聞かれたらNoだが、それでも近隣子育て世帯の中では手をかけている(フリをしている)ほうではないか。
コンクリート塀に囲まれているF家の庭はどうだか知らないが、オープン外構のH家やY家には鉢植えの一つも置いてない様子。
彼女らに限らず、核家族共働き世帯ばかりの新興住宅地には庭の世話まで手(気?)が回らない家が多く、中には見かねた祖父母が除草をしにわざわざやってくる家もある。(ゴミの回収や洗車までしていくじじばばも
それを思うと、母の言うとおり私が彼女らに一歩リードできるとしたらガーデニングなのかな、と。
もっとも「お宅は歳食ってるし一人っ子だし」と言われたらぐうの音も出ないが・・・

そんなわけで、このGWはホームセンターで98円の花苗を物色し、なんちゃってガーデナーになろうと思うのでした。





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